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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
迷走する仲人
221/494

〇〇〇の正体

 問:虫眼鏡で収束した光で焼き殺される蟻の気分を答えよ。

 答:最悪ですこんちくしょう。


 恐らくあの光は聖騎士ミカエルが演劇で放ったそれと同質のもの。あれは威力を伴わない見かけ倒しの代物だったが、きちんとエネルギー量を調節すれば人間を殺傷することができるらしい。

 それにしても馬鹿みたいに眩しい光だった。危うく失明するところだった。


 咄嗟に飛びのいて直撃は避けたものの、手酷いどころでない被害をこうむっている。

 頭部と手足に関してはほぼ無傷。先代の銀装様様といったところか。金属部分が熱を持って火傷しそうなところを除けば、動かす分には問題ない。

 ただ、胴体部分は結構な火傷を負っている。昨年倒した白頭のグリフォンの革を用いた軽鎧も、あんなものを食らえばただでは済まない。表面は真っ黒に焦げ付き、身じろぎした部分からぼろぼろと細かい炭が落ちていった。

 ぶすぶすと煙が上がる。身体のどこかが焦げているのだろうか。まだ壊れてもらっては困ると、他人事のように考えた。


「――――――」


 インベントリを展開し、黒槍を取り出した。石突きを地面に突き立て、縋りついて肩から寄りかかるように身体を支える。……そうでもしなければ本当に意識が飛んで倒れそうだった。

 牙刀は小童の腋に突き刺したまま放置してきた。クロスボウはあの女神官に撃たれた際に取り落し、


「へぇ……面白いもん持ってんじゃん」


 ――このクソ餓鬼に拾われている。


 カルマは破損し用をなさなくなった重弩を矯めつ眇めつ眺めやり、辛うじて生きていた回転機構に魔力を注いで動きを見ると、これ見よがしににやりと笑った。


「……ここを回転させて弦を引くのか。なかなか考えてるじゃん。どうせ素人の扱う武器だって馬鹿にしてたけど、見直したよ。――まっ、色々粗はあるけどな。使ってやってもいいぜ、おっさん?」

「――――」


 知るか、糞が。

 内心毒づき息を整える。気付かれないよう光魔法を発動し、火傷を癒していった。……治りは遅々としている。まるで走り回れる気がしない。


 そんな俺に頓着する様子もなく、少年は重弩に気を取られたのか弦の切れたそれを空で構え、引き金を引いて撃つ真似をして見せる。

 無防備な姿だ、敵の前とは思えないほどに。すでに俺は死に体だといいたいのか。もはや恐れるに足らずと言外に示し、少年は俺に声を投げかける。


「おっさん、クロスボウのレベルはいくつ? ――いや答えなくていいよ、自分で鑑定するし。……へぇ、17? そこそこ鍛えてるじゃん。つーかなにこれ、飛び抜けてるのはクロスボウと隠密くらいで無駄に多彩にスキル取ってるし。なに? おっさんその歳で自分の方向性をぎりぎりまで決められなかったクチ?」


 武器を選ぶのは二流だ。銃でも剣でも瓦礫でも、支障なく使って敵を殺せるようにと昔から教えられてきたまでのこと。

 ……そんな風に俺を鍛えた元上司は、普段からどんな状況でも取りあえず手斧を振り回していたが、あれは武器を選んだうちに入るのだろうか?


「――カルマ様、巻き添えにしてしまい申し訳ありません」

「いいっていいって。気にするなよ、クレア。同士討ちに備えて事前に作ってあった護符が役に立ったよ。さす俺だろ?」


 金髪の聖女が少年に駆け寄って深々と頭を下げた。カルマはそれに鷹揚に首を振り、片手を女の頭に乗せて髪を梳くように撫でる。女はそれに聖職者とは思えない蕩けた顔で微笑み、感極まった溜息をついた。

 ……言いようもなく虫唾が走る。


「――さて、と。相手してやれなくて悪いな、おっさん。でもいいだろ? その分余命が増えたんだしさ」

「…………げふっ」


 本人的には大物ぶっているのだろうが、言動の何もかもがチンピラのように空ぶっていて滑稽だ。ビデオに撮ってネット上に晒してやりたい。……そう憎まれ口を叩こうとしたが、咳が喉に絡まってうまく言葉にできなかった。


「……御大層なものだ、敵が目の前にいながらとどめも刺さずに聖女もどきと乳繰り合うとは」

「もう勝負は決まってるからな。強者のヨユーってやつ? ……あんたプレイヤーだろ? 逆転なんかできないんだから、諦めてログアウトしちまえよ。今なら見逃してやるぜ? ニアのことはムカつくけど、あんたらは殺してもベッドの上に戻るだけだし? 俺、無用なセッショーとか嫌いだからさ」


 『あんたら』? 奇妙な言い草だ。口ぶりからしてこの餓鬼はプレイヤーだろう。外見年齢がやけに幼いが、二十歳以下のログインは不可能なはず。だからこいつもそれなりの年齢のはずなのだが。

 キャラクターメイキングは自由度が相当に高いと聞くし、『そういう』ロールプレイを目的にここに降り立ったプレイヤーも絶無ではあるまい。

 ……そのあたりが攻めどころか。


「――――はっ。言動にチンピラ臭が漂ってるぞ。さてはあれか、成人式デビューしようと痛い格好で出席したら、周囲から浮きまくってドン引きされた口か?」

「……は? そんなわけねえだろ」

「あぁそうだな。見たところ、言動からして人付き合いの軽薄さが透けて見えるようだ。……典型的なヒキオタニート。承認欲求ばかりが強い引き籠りが、成人式になど出るわけがないか」

「おい、おっさん……」

「実際のところどうなんだ? 三十代? 四十代? ベッドから起きて部屋の扉を開けたら、作り置きの料理がラップに包んでおいてある? このゲームを買ったのも親の金か? 更生目的の三十年だとすれば、今頃お前の両親は泣き崩れてるだろうよ」

「高校生だ! 中堅だけどそれなりの高校に通って、受験勉強に必死こいてた十代だっての!」

「そういう設定はいい。自分の理想像になりきるのは結構なことだが、度が過ぎれば痛々しいだけだぞ」

「てめえ……!」

「いい加減になさい、この不信心者が!」


 驚いたことに、俺の挑発で先に撃発したのは隣の聖女だった。

 女は肩を怒らせて俺を睨みつけ、声を張り上げる。


「何も知らない『客人』風情が、身の程を知りなさい! この方のことを何も知らず、自らの狭い見識が全てだと思い込むその愚昧さ、捨て置けませんっ!」

「なにが――」

「あなたにはわからないでしょうね。本当の神の奇跡というものがどんなものなのか、目にすることもなかった憐れな羊には。

 所詮は束の間のまろうどに過ぎない『客人』。仮初にこの世界に居座り、戯れで世を掻き乱すあなた方と、このカルマ様は立ち位置がまるで違うのです! 紛い物ごときとは違い、カルマ様こそがこの世界に真摯に向き合える本当の神の使徒!」


 ……おい、まさか、それは。

 嫌な予感に鳥肌が立つ。背筋から湧き上がる怖気に体が震えた。槍を握る手に力が籠り、ぎしと音を立てた。


「――この方こそ、神の遣わされた『転生者』なのですから……!」

「――――」


 一瞬、思考がなぜか凍り付く。

 理由はわからない。……ただ、胸の奥深くで、何かが軋むような音を聞いた。

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