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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
迷走する仲人
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〇〇〇の懸念

 少年に与えられた異能は四つ。


 一つは魔法習得にかかる制限を取り払い、スクロールの所持を不要とする万能魔法。

 一つは倒した敵の戦力値をポイントとして入手し、自らのステータスに加算するステータス管理。

 一つは倒した敵の所有するスキルを剥ぎ取り、自らのそれに加算するスキル奪取。

 一つは上記の異能を自らの設定した仲間にも適応する、パーティ編成。


 一つ一つがディール大陸の常識を逸脱し、ともすればそれを巡って戦争すら起きかねない代物である。彼はそれを四つも所持している。これらを少年は特典(チート)と呼び、自らのためのみに使うと決めていた。



   ●



 初期MPを持たず、瞑想の仕方もわからない。――それが初めてカルマと出会ったときのクレアだった。

 懸命に信仰を捧げて生きようとしても神は応えない。目に見える結果など十六年生きて絶無だったという。日本ではありがちなその嘆きにカルマが心を動かされるはずもなく……むしろ彼女の持つたわわな果実に釣られて手を出した、というのが正しいだろう。

 田舎の礼拝堂で燻っていたクレアに光魔法関連のスキルを移譲し、暗殺教団での訓練中の事故で足首から先を失い、奴隷として絶望を味わっていたニアをクレアに癒させて仲間に迎え入れた。

 当然、ニアにもカルマの持つ『特典』を使用して隠密関係のスキルを上昇させてやり、かつて教団の落ちこぼれとして不遇をかこっていた少女は、闇夜の死神じみた凄腕の暗殺者に変貌を遂げた。


 力を貰った二人は随分と恐縮していたが、カルマとしてはそう大したことをしたつもりはなかった。どうせどれも殺した魔物や死んでもいいプレイヤーから剥ぎ取ったものだし、これから旅を進めていくうちにまたスキルを得る機会はあるはずだからだ。

 そう言うと、クレアとニアは俄然敵を殺してスキルを奪う行為に意気込むようになった。……それが恩返しになるのだからと、魔物の群れ相手に無謀な突撃を繰り出したときは流石に叱りつけたが。


 三人で旅を進めるうちに、イニティフと出会った。クレアが慈善として行っていた傷病人の治療のことを耳に挟んだらしい。

 イニティフは手合わせと称してカルマに勝負を挑んだ。少年はは悠然と余裕をもってそれに応じ――ボロボロに叩き伏せられた。


 この世界に来て初めての敗北。屈辱に内心臍を噛む少年を呵々と笑い飛ばし、その女は当たり前のように一行に加わった。

 転生者という身分と、カルマの持つ将来性に興味を持ったのだと彼女は言った。しかし時折こちらに向ける思わせぶりな視線からして、それ以外の理由もあるのではないかとカルマは睨んでいる。……その日が来たときは身綺麗にしておこうとニヤつきながら。


「――今更どうこうしようというわけではないが、あまり褒められた話ではないのう」


 クレアとニアがカルマの『特典』によって力を得たと聞いたイニティフが、苦い表情で少年にそう諭したことがある。野営地での夜中のこと、もうほかの二人が寝静まり、カルマとイニティフが二人で焚火を囲んでいたときのことだった。

 自らに作用するそれだけでなく、他者に影響を与える『パーティ編成』の方こそ問題なのだ、と彼女は言った。


「カルマよ、お主のその力は規格外に過ぎる。この世界の法則を逸脱し、極まれば神域にすら達しよう。――しかし、あくまでそれはお主個人に留まった話じゃ。お主がどう『個』を突き詰めようと、所詮は個人。そこで完結しておる限りそう大した話ではない」


 しかし、と女は眉をひそめた。


「お主の持つ法則を他者にも適応させる『特典』。あれはいけない。才能だの適性だのを書き換えるその力は、相手の価値観、ひいては人生まで捻じ曲げ得るであろう」


 片や田舎の礼拝堂で祈ることしかできなかった、純朴さが取り柄の女神官。

 片や碌な人生を積むことなく奴隷に落とされ、自己の定まらない女暗殺者。

 はたしてこの二人が、与えられた力に溺れず自らを見失わずにいられるだろうか、と。


 それを聞いたカルマはもちろん反発した。……二人ともいい子だ。きっと新しい力も正しく使っていってくれる、と。

 反応は、何か微笑ましいものを見るような苦笑だったが。


「カルマよ、お主は価値観が揺らぐという一大事を軽く見過ぎておるきらいがある。

 ――それまで夢にも思わなかった、叶わないと思っていた願いが、狂おしく求めた理想が叶えられた。それもまるで、路傍の物乞いに銅貨を投げ与えるかのような気安さでじゃ。

 ……これぞまさに青天の霹靂。今までの苦難をまったくの無意味にする所業であろう?」


 パチパチと音を立てて爆ぜる薪を眺める童女の顔は、陰鬱な陰影を刻んでいた。


「――自らの大望が自らの実力によらず、他人によって呆気なく叶った場合、凡人が取る行動はおおよそ二つに分けられる。

 一つはその望みが大したものではなかったと見切りをつけ、そんなものに血道を上げていた過去の自分、そして今なおその道を進む同胞を見下すもの。そして一つはその望みを叶えてくれたものを、恩義と称して神のごとく信奉するもの。――こんなところかのう。

 実はこの二つ、違うもののように見えてほとんど変わりがない。かつてのおのれの根幹を、眼中から逸らす行為であるからじゃ。それはそれまで懸命に追い縋っていた己が望みを、自らの手で貶める行為に他ならぬ。

 信念を、信条を、生き様を、己が過去の全てを否定して、改めて進もうとするようなものじゃ」


 そこまで言われれば、いくら鈍いカルマでも彼女が何を言いたいのか察しが付く。

 この女は、カルマが力を与えた二人がそれに溺れ、道を踏み外すことを懸念しているのだ。


 ……何も心配はいらない。二人に限って大丈夫だ。――そう言い切ると、目の前の女は面白そうな顔つきで口を歪めた。


「……はてさて。実際カルマの言う通りなのやもしれぬ。田舎育ちの聖女は純朴さを失わず、あどけない元奴隷が血に酔うこともないのやもしれぬ。

 しかし考えてもみよ。お主が期待する揺るがぬ自己意識とは、そもそも豊富な人生経験に基づいたものではなかったかの?」


 あの二人にはそれがまるで足りていない、と女は言った。自分の持つ力に流されぬように重石に据えるものが、決定的に欠けていると。


 カルマは反論した。あの二人は特別だ。きっとそんな壁、簡単に乗り越えてくれる、と。

 それを聞いたイニティフは……あの顔は、一体何を思っていたのだろうか。


「無用な心配なのやもしれぬ。カルマの言う通り、生まれつき強固な自意識を持つ傑物は稀ながらいる。力に驕らず、富貴を嫉まず、逆境に挫けぬ、そんな価値観の化け物(・・・・・・・)ともいえる存在が。

 もっとも、そういう存在は何も手を加えなくとも大成するがの。王ならば名君となり、将ならば仁勇の将として名を馳せ、商人ならば商機を逃さず財を成すであろう。

 ――――さて、カルマよ。お主は自身に、その傑物の原石たる奇貨を見抜く眼があると、そう断じられるかの?」


 カルマはそれに応えられず、黙り込んだ少年を前に興味を失った女はごろりと横になって寝入ってしまった。

 ……いずれ時が来れば判じられることだ、と不吉に言い残して。

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