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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
迷走する仲人
217/494

剛弩の一撃

 青白い閃光。抜き出されたのは各所の真鍮色が特徴的なクロスボウ。

 装填を済ませてあった弩弓を照準し、猟師は躊躇いなく引き金を引いた。

 しかし馬鹿正直な正面からの射撃など恐れるに足らない。ニアは余裕をもってボルトを回避し、無駄弾を撃った男を嘲笑した。


「あはははっ! 何それぇ!? そんなの当たるわけないよ!」

「――――」


 猟師は無言。象牙色の短刀を口に咥え、弩弓に次弾を装填しようと弦に手をかけ――


「ばぁーか! させるわけないじゃん!」

「――――っ!?」


 闇に紛れて襲い掛かる。隠形と気配遮断は少女の姿形を完全に掻き消し、容易く猟師の背後を取らせてくれる。

 そのまま毒塗りの短剣を腎臓目がけて突き込むと、勘がいいのか男は身を翻して躱してみせた。

 振り返りざまの回し蹴りを悠々回避し、ニアは再び姿を闇に消す。


「知ってるよ。その武器、クロスボウっていうんだって? お兄ちゃんが言ってたもん、射程が短くて矢をつがえるのが遅い、欠陥だらけの素人向け武器だって! だからこうやっておじさんを叩き続けてたら、もう何もできなくなるんでしょ!?」


 距離を取って木々の狭間を行き交いながら短剣を投擲する。妙な動きを見せる隙を作らないよう、間断なく。

 木の幹を蹴り枝に着地し、しかし木の葉の揺らぎすら生じさせない完璧な隠密。標的の猟師はなす術もなく、篭手の付いた腕を振るって短剣を打ち落とすのが精々だ。

 あれだけ大見得を切っておいてこれとは、拍子抜けに程がある。これならわざわざ近寄って斬りかかるまでもない。


「――――ッ!」

「どこ行くのぉ!? 逃げるなんてみっともないよ、おじさん!」


 男が何か意を決したように走り出した。前方には生い茂る木々と茂み。入り組んだ地形に潜り込んで盾にする気か。

 あまりの馬鹿さ加減に笑いたくなった。だってあの猟師、脇目も振らずに真っ直ぐに走り抜けようとしている。まったく無防備な背中を晒して、狙ってくれと言わんばかりに!


 ニアは枝を足掛かりに高々と跳躍した。男の背中を射線に捉え、もはや遮るものも存在しない。ニアは隠密による不可視を維持したまま存分に相手をいたぶれるのに対し、無様に逃げ回るだけのあの男は何処から攻撃を受けるかもわからず死んでいくのだ。

 見るがいい。猟師が頼りに縋るクロスボウのなんと貧弱なことか。一撃の威力が優れていようと、弦を引くことも出来なければただのゴミだ。ぎちぎちに張られた弦は真鍮色の鏃を光らせ――――


「え?」


 クロスボウを見た。

 黄色がかった金具、木製の重厚な銃把、滑車を両端に備え、複雑な機構をしている。

 一体どんな魔法か、弦は既に引き絞られていた。

 ボルトの装填も済み、振り返った男は落ち着き払った仕草で弩弓を構え、


 ニアの隠形などまるで無意味とでもいうように、当然のように目を合わせた。


「そこに、いるな――――!」

「――――!?」


 はやくしね、と絶叫しながら投擲した短剣は、頭を傾けた男の頬を掠め、


 撃ち放たれたボルトは空気を引き裂き、身をよじったニアの右腕、肘から先を易々と引き千切った。



   ●



 ドワーフ製合金の滑車式自動型クロスボウ 品質:B 耐久:B-

 攻撃値:54

 リムに板バネを用い、張力を向上させた重弩弓

 耐久性と弾性に富んだ特殊な合金を使用し、威力は小型のバリスタに匹敵する。

 滑車を用いて弦引きの効率化を図っている。

 特徴は本体部分に据え付けられた自動型巻き上げ機である。

 注がれた魔力を回転力に変換する機構からワイヤーを伸ばし、フックを弦にかけて巻き上げを行う。

 これにより装填のため体勢を崩す必要もなく、より強力な矢弾の発射が可能となった。

 消費する魔力量に比例するが、平均的な装填時間は約八秒。

 欠点は手動での装填作業がほぼ不可能になった点と、弦引きに魔力を使用するため感知される恐れが生じる点。さらに機構の追加とリムの強化のため全体の重量が増加している。

 巻き上げ機構の整備は専門の機材が必要であり、破損したとしても現地での修理は困難。

 歩兵携行武器の域を逸脱しており、ワイバーンの鱗と骨格を完全に貫通して余りある威力を誇る。



 背中を見せれば必ず追い打ちをしてくると予想していた。

 この手の輩のことはよく知っている。相手のことを嘲るのが大好きな割に、何かと理由をつけては近づいての接触を避ける臆病者。しかし根本的に相手への恐怖があるために、その姿を視界内から外すことを極端に嫌う。なにがしかの劣等感の表れだろう。

 ゆえに、この桃色髪は敵の正面に出ることはない。隙を突くため、とかなんとか自らに言い訳をしつつ、多少の無理をしてでも敵の背面に陣取ろうとする。

 自らの隠形に絶対の自信があるなら、別にどこにいようが関係がないというのに、だ。


 よって、俺のとる戦術はいたって単純だ。開けた場所に誘き出して狙い撃つ。ただそれだけである。

 この自動型クロスボウは装填にかかる動作が最小で済む。従来のものを知っているなら逆に動作に気付けないほどに。特にこの小娘からは俺の背中が陰になって、まるで見破ることができなかっただろう。


 エルモが馬鹿買いした全自動芋剥き機。あの回転機構のみをギムリンが取り外し、弦の巻き上げ機としてクロスボウに取り付けた。

 ただ、そのまま機構をポン付けしただけでは張力を増した弦を引くにはトルクが足りず、その不具合を今度はガルサス翁が回転機構を二つ並列に取り付けることで解決したのだ。おかげでシャフトの部分が色々とごつごつして取り回しに難が生じるようになったが。


「あ……あぁぁあああああああ!? 痛い、いたい、いたいいたいぃ……!」


 耳障りな悲鳴が聞こえる。右腕の肘から先を失った女が蹲り、泣き声を上げていた。……特に何を感じるわけでもない。構わず殺しにかかるとしよう。


「う、ううぅぅううううう……!」


 歩み寄る俺に気付いた桃色髪は、苦鳴を押し殺しながら急速に気配を薄れさせ始めた。……隠形と気配遮断とやらか。まるで闇に同化するかのように輪郭がぼやけていき、しまいには完全に姿を見失った。

 気配察知も魔力感知も完全に欺く姿隠し、現代の光学迷彩すら上回る透化の技術。これに対し何の手段も講じなかった俺に、見破ることは叶わない。


 そう、()()()ことは。


「――――そこだな」

「ぎ……!?」


 見当をつけた場所に打ちかかり、薙ぎ払うように蹴りを放った。確かな手応え。華奢な肋骨を圧し折る不快な感触。あまりの痛みか驚愕か、隠形が解けた小娘の身体が冗談のように吹き飛んだ。盛大に地面を跳ねながら転がる姿からは、先ほどの戦意など見られない。

 残った左腕で身を起こし、こちらを見る小娘の目は未知への恐怖に満ちていた。


「どうしてぇ? どうしてニアを見つけたの? これは、お兄ちゃんがくれたスキルなのに……!?」

「――あぁ、そんなことか」


 まったくもって反則じみた隠密だった。未だ打開策など思いつかないほどに。仕切り直してもう一度やり合えと言われたら、恐らく結果は真逆だっただろう。


 ただ今回に限り、俺はこいつの居場所を見つけ出せる。判別することができる。

 仕掛けは、いたって他愛ないものだった。


「臭うんだよ、お前は。その服からぶすぶすと、火に燻られて焦げ付いた臭いだ」


 それは、あの狼が最期に残した、たった一つの目印だった。


「いやぁ……! いやだよ、お兄ちゃん……! いたい、いたいよ。たすけてよぅ……!」


 クロスボウの装填を終えた。おもむろに構えて照準する。狙いは泣き叫ぶ娘の眉間。この距離、この威力なら痛みを与えることなく頭蓋を粉砕するだろう。

 ……だからといって、何か感慨が湧くというわけでもないのだが。


 引き金に手をかけた。引き絞られた金具は固く張られた弦を解放し、つがえたボルトを猛然と射出し――



「て、めぇ! 俺のニアに何しやがる!?」



 衝撃。

 横合いから猛速で突っ込んできた何者かの蹴りを食らい、俺の身体はなす術もなく吹き飛ばされた。

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