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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
迷走する仲人
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奇怪な隠密

 フード付きの黒ずくめの衣装に、これまた黒いブーツ。特徴的な桃色の髪の毛と相まって、その少女はむしろ目につく外見をしていた。

 人混みの中でも見つけやすいだろうし、闇に紛れるなどもってのほか。暗殺師を志すなら、まずは髪の毛を染めるところから勧めただろう。――それほどに目立つ風貌をしていたのだ。

 だというのに――


「それーっ!」

「こ、んの……!」


 ――だというのに、あの小娘の姿を未だ捉えきれないのはどういうことか。


 死角から投擲された二本の短剣。片方は牙刀で弾き、もう片方は裏拳を振って叩き落とす。とっくの昔に先代の銀装は装着済みで、かち合った短剣と篭手が耳障りな音を立てた。飛び散った毒液が地面に落ち、じゅうじゅうと異音と白い煙を上げる。

 まるで矢のような速度で放たれる投擲短剣。速度もそうだが、あの黒塗りの刀身が曲者過ぎる。視認もままならない凶器が、人間の肩から放たれたと思えない速度で飛来してくるのだ。対処はほとんど直感任せ、あえて隙を見せて攻撃箇所を限定させ、ようやく均衡を保っている。


 ひどく歪な感覚があった。あの少女が短剣を擲つ瞬間、物陰から姿を現したのを視界に捉えたとき、その違和感は途端に膨れ上がる。

 そう、たとえば今も――


「どうしたの? 何か悩み事?」

「く――――っ!」


 視界の端に宙返りする娘の姿。再び襲いかかった短剣を、今度はインベントリから取り出した盾で防いだ。上半身を丸ごと隠す円盾は護りとして優れている。動きにくくなることを除けば現状最善の選択だろう。

 こちらから攻める手は捨てた。俺がここから離れれば、あの娘は迷わず瀕死の黒狼を狙う。


 俺の出した盾を見て攻めあぐねたのか、断続していた投擲短剣の飛来が止んだ。これ幸いと俺は空いた手を伸ばして光魔法を発動、黒狼の治癒を再開する。

 ……状況はよくない。あちらが攻めかかるたびに俺は手を止めて迎え撃たなければならず、治癒の手が空くたびに黒狼の容体は悪化していく。どうにかして攻撃の手を留まらせなければ。


「――随分奇妙な動きだな、小娘」


 手は塞がり、足は封じられた。なら動かせるのは口くらいか。

 ――――それに、答えてくれるのなら知りたいこともある。


「足取りは無造作、息を殺すというには騒がしい。やたらと無駄に飛び跳ねるくせに、短剣を投げる瞬間を除けばまるで消え去ったように気配を潜める。

 言ってはなんだが、まるで素人。段階を踏んで隠密を身に着けたならまずやらない体捌きで、どうやってそんな風に隠れていられる?」


 先ほどから感じていた違和感がそれだ。この娘、気配を殺すのに長けている割に動き自体が雑すぎる(・・・・)

 たとえスキルがあるとしても、動きの根本は変わらない。脚を忍び息を潜め動きを最小に抑え、極まれば心音すら抑制するのが隠密の術理。スキルはあくまで動きを補助するものであって、発動すれば完全に見えなくなるというわけではない。

 きゃらきゃらと騒々しく嘲りながら跳び回るくせに、こちらからその大元を探りきれないその異様。一体これはどういった手品だ。


「……ふぅん」


 俺の言葉に反応してか、少女が声を漏らした。面白そうな顔で暗闇から姿を現し、油断なく構える俺を眺める。


「やっぱり、ニアのこれって才能のない人にはそう見えるんだ」

「才能?」

「そう! おじさんの隠密スキルはどれくらい? 15? 16? ――全然足りないよ、そんなのじゃ。だからニアのやってることが理解できないの」


 一瞥して悟る。この小娘、童女のような笑顔を浮かべながら、しかしその内面は怖気がするほどの愉悦に満ちていた。外見から乖離した幼い口調からして、狂気すら感じさせられる。


「ニアのスキルはね、『隠形』と『気配遮断』! 闇魔法と複合した上位スキルなの」

「上位スキル」

「理解できないよね。ニアもそうだったよ。お兄ちゃんがニアの才能を開いてくれるまで、何もできない役立たずだったんだ。

 でも今は違うんだよ。ニアを捕まえられる人はいないし、ニアを見つけられる人はお兄ちゃんだけ。だからニアはニアに才能をくれたお兄ちゃんにお返しをしないといけないの。その黒い犬を殺してポイントを届けるんだ!」


 誰だそのお兄ちゃんって。妹に殺しを推奨するとか頭がおかしいのか。


「ここで狼に手出しはするなと、立て看板があっただろう。この辺りの狼は人間を襲わない」

「狼じゃないもん。それは黒いお犬さん。殺してもいい魔物だよ」

「狼だ」

「犬だよ! ヘルハウンドっていうんだ。お兄ちゃんが言ってたもん!」

「見当違いだ。犬を殺したいなら芸術都市の西に行け」

「犬だもん! でも…………別に、いいよね」


 ……なんだ、いきなり。

 むずがる子供のような言い草で反論していた小娘は、唐突に感情をひっこめて嘲笑を浮かべた。

 壮絶に嫌な予感が背筋を走る。


「そのお犬さんと一緒におじさんも殺しちゃえばいいんだ! ばれなきゃ犯罪じゃないって、お兄ちゃんも言ってたし!」


 消えた。

 隠形とやらを使ったのか、小娘の姿は前触れもなく消え失せた。予備動作の欠片もない、冗談のような消失だった。

 殺気が周囲の闇に充満する。隙を窺っているのだろう、舌なめずりするような音だけが耳を撫でた。


「――――――」


 短刀を握りしめる。盾を持って黒狼の身体に覆い被さるように構えた。……狙いは俺か、それともこの死にかけの狼か。どちらも庇える位置で待ち構える。

 どこから来る。木の陰か、地面の起伏か、単に闇に包まれて気配を殺しているのか。判別できない。


 こちらは手負いを抱えて待ちの一手、あちらは好きなタイミングで毒塗りの短剣を投げつけてくる。……この反則。ひどいプレッシャーに息苦しさを覚えるほど。一刻も早く治療に戻らなければならないというのに――――!


「――――!」


 微かな異音、微かな殺気。

 振り返れば投擲動作を終えたピンク髪の姿。間近に焦点を合わせれば迫りくる投擲剣。ボルトもかくやという弾速で、一直線に黒狼の額を狙い――


「し――――っ!」


 間に合った。牙刀を打ち落とし短剣を弾く。

 地面に転がった短剣を尻目に、小娘は再び姿を消していた。


 ――打つ手がない。その現実に笑いそうになる。

 盾の守りは外せない。不意打ちを防ぐのに取り回しやすい短刀以上のものはないだろう。現状以上の効果が望める装備はない。

 クロスボウは使えない。敵を捉えられるのはあの短剣を投射した瞬間だが、それを狙えば代わりに防御が不可能になる。敵を仕留めた代わりに相討ちかこの黒狼が死ぬのではまるで意味がない。

 そしてこの黒狼は、放っておいてもこの短剣の毒でそう遠くないうちに死に至るのだ。


 万事休す。――それでもどうにかして突破口を開こうと、目を皿のようにして敵の様子を窺って、



 ――――誰かに、腕を引かれた。

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