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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
迷走する仲人
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〇〇〇との邂逅

「――なんだ。聖騎士っていうからどんなものかと思ったけど、案外大したことないな」

「――――――」


 聖騎士ミカエルのサイン会に団長が順番待ちしている間、警護役の俺としてはやることがない。無聊を慰めるように観客席で偶然出会った瓶底眼鏡の座長と話し込んでいると、突然背後からそんな声が聞こえてきた。

 肩越しに後ろを窺う。いつの間にそこにいたのか、背後の観客席には一人の少年が薄い笑みを浮かべながら腰を落ち着けていた。

 見覚えのない少年だ。黒髪に黒い瞳。顔つきはアジア系で、あるいは日本人のように見える。上等な絹の服を着て、腰には曲刀を差していた。

 隣には金髪の若い女。全身を覆う服装からして、恐らく神官職にある人間だろう。団長の結婚式を下見した際、似たような服装の老人と何度か話したことがある。


 神官の女が言った。


「私には、見事な立ち回りに見えましたけど?」

「そう? 動きにキレはあったけどさ。やっぱり所詮は子供だましのお遊戯だろ? 敵役に怪我させないよう直前で動きが鈍るんだ。駄目だろ、そんなんじゃ。どうせ回復魔法があるんだから本気でやればいいのに。

 それにさ、あんなキラキラしたエフェクト撒き散らして戦うとか、現実じゃ有り得ないだろ? 見たところあの光に見た目以上の効果なんてないみたいだし、効率悪いよ」

「見世物は見世物。実戦とは違うということですね」

「そっ。……あんなのを外から持ち込むとか、ここの人間を馬鹿にしてるとしか思えない。プレイヤーは所詮お遊び気分ってことなんだろうな」

「デュフ……」

「座長」


 好き勝手論評する背後の二人に苛立ったのか、俺の隣の瓶底眼鏡が気持ち悪い笑い声をあげながら立ち上がろうとする。

 口元ははにやにやと歪んで先ほどと大して変わらないのだが、目元がひくついて膝元にある握り拳は力を入れ過ぎて白くなっていた。


 ……あー、これはまずい。


「――座長、いいから座ってくれ」

「おにーさん……」

「いいから」


 団長の結婚式が近い今、こんなところで乱闘騒ぎなど起こされてたまるか。

 眼鏡を妖しく光らせる座長を抑えつけ、俺は改めて後ろの席に振り返った。


「……大衆劇に野次が飛ぶのは様式美だがね。子供向けのヒーローショーにそれをやるのは大人げないんじゃないか?」

「…………あんた、なに?」


 少年の目が不快げに細まった。次いで俺の隣の瓶底と足元で蹲っている白狼を見て、ピクリと頬が震える。


「……この村の猟師だよ。コーラルという」

「女みたいな名前だな。俺はカルマ。カルマ・ヒイラギだ」


 キラキラしたお名前ですね――喉元まで出かかった台詞をやっとの思いで呑み込んだ。……しかしその、名前を出してからフルネームを名乗るやり方ってどこから流行ったのだろうか。日本人なら苗字を名乗って終いだし、さらに踏み込むとしても役職止まりであるまいか。「双葉商事係長の野原です」みたいな。


「……なるほど、百官名とはこうやって広まったのか」

「なに言ってるんだあんた」

「あーいや。ちょっとした歴史の妙に対する感慨を。――で」


 半眼になってカルマ少年を見つめる。


「随分と場の白ける台詞を吐き散らしてご満悦のようだが。そういうのは子供のいない酒場でやってくれないか?」

「は? なんであんたの言うことを聞かなきゃならないんだ? たかが猟師だろ?」

「その猟師も、来月の結婚式のあとは宮仕えの身でね。喧嘩の種を見たら仲裁くらいは考える」

「宮仕え……?」


 少年が訝しげに眉をひそめた。隣の神官が何かを思い出したのか、はたと手を打って口を挟んだ。


「聞き覚えがあります。『鉄壁』のイアンが引き連れる傭兵団に、狼を連れた猟師がいると」

「このおっさんが?」

「ええ。カルマ様も聞いたことがあるはずですよ。――傭兵団の最高戦力の一つ。確か異名は……『紅狼』」

「おいやめろ」


 スタンピード以来妙な広まりを見せるそのあだ名は、正直痛々しいので勘弁してください。何なんだ紅い狼って。俺は狼じゃないし紅い狼なんて連れてない。ノームからその噂が芸術都市まで広がっていると聞いたときは気が遠くなったものだ。

 これが団長やエルモのあだ名だったら嬉々として広めてやるのに……!


「狼連れの傭兵……あんたが」

「普通に猟師のおっさんでいい。――で、カルマ君。ショーのチープさに言いたいことがあるなら、あとで手紙でも出すといい。ここにいない(・・・・・・)座長も真摯に受け止めるだろう。だがここで騒ぐのは感心しない。子供の目があるんだ、夢を壊すことは言いふらすもんじゃない」

「……ああそうだな、悪かったよ」


 渋々と言った様子で少年が謝罪を口にした。ただそれも、どこか口ばかりで意識は別のところに向いているように見える。

 ――と、


「……なあ、猟師のおっさん」

「うん?」

「あんた、傭兵団で一番強いんだって?」


 なんだろうか、この瞳は。

 何かを試すような、値踏みするような視線。単に自尊心から張り合おうとしているのとは微妙に違うように見える。

 まるで、これから買い上げる車の性能を測るような……


 どうにも気味の悪さを感じながら俺は答えた。


「……状況による。正面からのタイマンなら副団長が強いし、魔法戦ならエルモの独壇場だ。俺が得意なのは物陰から隠れて矢を撃つことくらいだ」

「矢? 得物は弓?」

「いや、クロスボウ。猟兵は全員弩弓を装備している」


 残念ながら現物はない。爺さんが改造のために持って行ってしまった。代わりにドワーフ合金製の真鍮色をしたボルトを見せると、カルマ少年はあからさまにがっかりした溜息をついた。


「なんだ、クロスボウかよ。弓と違って連射がきかないし、射程も短い欠陥兵器じゃないか」

「それは心外な。威力だけなら長弓にも負けないお手軽兵器だろう?」

「素人向けの、だろ。腕に覚えがあるなら、今からでも弓に乗り換えるべきだと思うね」

「一つの意見として受け取っておこう」


 受け取りはするが参考にするとは言ってない。適当にお茶を濁すことにする。

 得意武器をいきなりディスられたら流石にいい気分はしない。少年の真意が掴めず困惑していると、気が済んだのか、カルマ少年が席を立った。


「……ここにいても迷惑がられるだけだろうし、俺は宿に戻るよ。――クレアはどうする?」

「私は近くの礼拝堂に寄ってみようと思っています。……ニアが表の露店で買い食いをしているはずなので、連れて行ってはいかがでしょうか?」

「そうするよ。あいつ手癖が悪いし、騒ぎが起きないよう見張ってなきゃな」


 そう言って、少年は振り返りもせずに去っていく。俺と座長はその後姿をただ見送っていた。


 ……どうにも、えもいわれぬ不穏な気配がする。

 あの少年は、何か鬱屈した感情を抱え込んでいるように思えた。



   ●



「……なんなんだ、あの子供は」

「さーあ? ひょっとしたらプレイヤーって可能性もありますヨ? アバターの外見は結構自由に弄れるワケですし? 精神的に成長しきれない主人公系プレイって奴ですかネ?

 それよりもおにーさん! 全身甲冑着てステージに出てみません!? 大丈夫、台詞なんてナシであーうー唸ってアクロバティックに暴れ回るだけでいいから! そこのわんちゃんにも大きな剣を咥えさせてサ!」


 それ闇堕ちするパターンじゃねえか。

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