低予算特撮ショー
「うちら三人、同じ大学の演劇サークルなんですよ」
特撮ショーを主に上演し、大陸各所を巡っている演劇団、『張り子のドラゴン』。その座長でブレットーリと名乗った瓶底眼鏡は、へらへらと笑って胸を張った。
脚本と演出、そしてウグイス嬢を兼任し、先ほどまでやっていたように今は聖騎士ミカエルの声を当てているのだという。
「いや、弱小サークルなのは間違いないんですけどね? コンクールとかだと割といいとこまで行ってたりして。特にほら、そこの怜人なんか卒業したらスタントマンで食っていくってくらいで」
そう言って指を差したのはカーテンコールを終えて出てきた出演者、その幻騎士ラミエル役をしていた男だ。ショーが終わればお約束の握手会やら撮影会が待っている。この世界に写真はないから、劇団所属の絵描きがクレパスを使って十分で描き上げるのだと言った。
団長? 速攻で飛んで行ったよ。お前はどこの小学生だと言いたくなるほど目を輝かせて。あれは装備品のどこかにサインを貰うつもりと見たね。
「三人?」
「イエスイエス! ウチと怜人と青治! 今回のショーでラミエルやってたのと怪人やってた魔族ですぜおにーさん!」
「なるほど、だから青か」
会う人間会う人間、名前を捻らない連中ばっかりだ。……とはいえ、♰呪われし暗黒の邪竜♰なんて名乗られたら反応のしようが無いのだが。
そういえば、なんだかんだでリアルキラキラネームなプレイヤーを見かけたことがない。……まああれが流行ったのも五十年以上昔の話だし、日本人の感性もまともに戻ったのだろう。
「セージなんかすごいですよ。あの腕、ぐにゃぐにゃして蟹鋏以外にもいろいろ形変えられるんです。ナイフにしたりランスにしたり、出せるキャラのレパートリーが増えたのなんの! おまけの蜥蜴の尻尾みたいに生えてくるもんだから、毎回毎回斬り飛ばしてもモーマンタイ! 特殊効果なしでリアルに四肢欠損が見られる演劇はウチらだけ!
いやほんとここに来て良かったわ。だって日本であんなキラキラドンパチした特殊効果使おうと思ったら、一体どんだけ高価な機材が必要か! その点こっちは魔法で色々誤魔化せるしネ!」
いやまて。四肢欠損を売りにするのはどうかと思う。さっきのあれでもかなりギリギリだったというのに、生々しく腕を飛ばしたらちびっ子たち号泣待ったなしである。
「……ん? でもあの男って魔族だろう? 人間に見られたら襲われて即アウトだろうに」
「イエース。そのせいでセージと合流するのに五年くらいかかりましたわ。待ち合わせ場所のことごとくに手配書が回ってる時はどうしたものかと。
ミカエルさんと出会ったのもその縁ですねー。魔族死すべし慈悲はない! って襲い掛かってきて、セージを庇ってレーニンがが全治一か月の大怪我負っちゃったんですヨ。あの時レーニン主演の『革命騎士ヨシフリン』が上演間近で、もう本気で頭抱えたっていうか」
「おい待てなんだその当て字は」
主演俳優が怪我を負って途方に暮れていたとき、当の聖騎士ミカエルが詫び代わりに代役を買って出たのだとか。
聖騎士の肩書は伊達ではない。演技力は底辺もいいところだが、その代わり運動神経がずば抜けていたのが救いだった。それとハッタリの効く光魔法を高レベルで習得していたのも大きい。要所要所でブレットーリやセージがフォローを入れれば、どうにか見られる演目をでっち上げることができたのだと彼女は言った。
人気は上々。むしろ普段より客入りがよかったのだとか。
「きっとあれですねー。『あのミカエルが主演してる劇』って触れ込みが効いたんだと思いますヨ。言ってみればスタローンやシュワルツェネッガーにライダーやらせてるようなもんですし? そりゃ集客力はダントツですわ。……うちら演劇人にしちゃ業腹なんですけどネ?」
「なんだ、気に入らないのか?」
「始めはねー! 映画吹き替えにしゃしゃり出てくるお笑い芸人みたいなもんですヨ! 客引き目的で素人を壇上にあげるとか糞みたいな企画でしょ? あれのせいで一話で切ったアニメがどれほどに昇ることか!
でもなんだかんだでミカエルさん真面目に練習取り組んでくれるし? 殺陣に関しては文句のつけようがないくらいですし?」
「お、おう……?」
テンション高いなぁ、この瓶底。
これはあれか、趣味のことになるといきなり饒舌になるオタクの典型か。
捲し立てる座長を尻目にステージを見ると、兜を外したミカエルが子供を抱き上げているところだった。
刈り上げた金髪に涼やかな碧眼、整えた顎髭は四十代にありがちな不潔感とは無縁に見える。あれでおっさんライダーと言われたら、なるほど主婦層のファンもさぞ多いだろう。
「――命だけでなく、心も救える騎士でありたい」
「それは、あのおっさんが?」
「デュフフ、笑っちゃうでしょ? あの騎士様の口癖ですヨ。
――いくら強くても、直接的な力は所詮その場しのぎの支えにしかならない。本当の正義とは弱き人々の心に、立ち上がる強さを湧き立たせることなのだ――――ってさ。
あの人がうちでこんな見世物やってるのも、きっとそう言う理由からなんでしょうネ」
そういってミカエルを眺める彼女の表情は、どこまでも穏やかだった。……いや、瓶底のせいで表情なんざほとんどわからんのですが。
……このファンタジー世界でヒーローショーに興じるいい大人か。はたから見れば滑稽以外のなにものでもない見世物だ。なにしろこの大陸は理不尽極まる世紀末、生き抜くのに精いっぱいで勇気だの慈愛だのを語る余裕など平民にありはしまい。
所詮はお遊び、他人事として彼らNPCを囃し立てる所業と捉えることすらできるだろう。
ただ――――まあ、その、なんだ。
あのステージで、ミカエルに抱き上げられている少年、彼が浮かべる笑顔に偽りはない。
この日見た茶番が、いつかあの子供が苦難に会ったとき立ち上がる糧となる日が来るのなら、それは随分と素晴らしい茶番とは言えないか。
「……ところでおにーさん、どちらさんでしたっけ? 自己紹介とかしてませんよネ? っていうかこの白いワンちゃんめっちゃモフモフやん!」
「今更それかよ……」




