飛び蹴りは基本
以前に話題になった通り、ディール大陸での結婚式は基本的に六月に纏めて行われる。夏至祭りと並行して行う集団結婚式である。
行事をばらけさせるよりも一度に執り行った方が予算も少なく済むし、何より今から初夜を迎えれば子供が生まれるのは春の頃。乳児が過酷な冬を迎えるリスクを避けられるという算段だ。
さて、そんな結婚式ではあるが、当然それは半島にとっても一大行事。重要度でいうなら収穫祭や新年祭に匹敵するほどである。
親戚連中が集いも集って酒を持ち寄り、馬鹿騒ぎできる数少ない機会だ。
そして今回はそればかりではない。今回の結婚式の主役が辺境伯ゆかりの娘と、今後大都市へ発展する街の取締役となれば、半島どころか王国の有力者が注目するほどの一大イベントに発展するのは無理のない話である。
団長と縁を持ちたい貴族や商人は山のように。そして騎士団領のように遠方からやってくる人間は式前夜に来るなどとも言っていられず、ひと月前からやってきて待機するなんてこともあるほど。
当然来客は普段の数倍に上り、宿屋は予約で満杯状態。ハスカールの従属村に宿屋を急造し、そちらに誘導しなければならないほどだった。
領都の食事処もハスカールの酒場も客が大挙して押しかけ、まるで対処が追いつかない。
ノーミエックたち商人もこれを見てただ指を咥えているはずもなく、大体的に露店を展開して集客に勤しみ、新たな上客を獲得せんと必死になる。
つまり何が言いたいかというと――五月に入ってから六月の結婚式まで、半島は過去例に見ないお祭り期間に突入した。
村の通りには香ばしい匂いを漂わせた露店が所狭しと立ち並び、道端では大道芸人が技術の限りを尽くして客引きに腕を凝らす。
領都は既に不夜の街となって久しく、建設途中のハスカールですら日が暮れてからも観光客がうろつく始末。警備担当として気が休まる暇もない。
そんな中、最近になって半島にやってきた流れの劇団一座がある。
大衆演劇を主に上演しているらしく、大陸での人気も中々のものなのだとか。
演劇団など、珍しいものに目の無い団長のことだ。当然興味津々で公務やら何やらを放り出し、一応の警護役に俺を引き摺って劇場に突入したのだが――
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「止めだアズール! ――――セイクリッドォ……インパクト――――ッ!」
「ぉぉぉおおおおおおお!? おのれミカエル! ラミエルゥ……!?」
「すげぇ……!」
「なんと……」
絶叫とともに蟹腕の怪人が光に呑まれていく。あまりの光景に団長と俺は溜息をついた。
煌めく光の翼、高々と空を舞う白い甲冑。流星のごとく撃ち落される必殺の一撃。
剣など無粋、騎士ならばキックで決めろ。
そして最後はしめやかに爆発四散。正しく特撮とはかくあるべき。こんな石器時代のファンタジー世界で、夢のようなリアルヒーローショーが繰り広げられているなどと、一体誰が想像しえたであろうか……!
いやいや、冗談抜きで素晴らしい特撮ショーでありました。
特に遊園地でよくある観客参加型を盛り込んでいた点が実にお見事。人質役として観客の一人であるマウノ少年を連れてきて、わざわざ怪人自らが「お名前は?」と誰何したあたりよくわかってらっしゃる。
ことあるごとに少年の名前を呼んで没入感を演出したのもポイントだ。マウノ君もいい思い出になっただろう。
「聖騎士ってスゲー……! 剣が無くともあんなことができるのかよ!」
「いや団長、あれはあくまでフィクションだから……」
そしてここに年齢も忘れて瞳を輝かせている馬鹿が一人。お前このイベントのメインキャストだろ、こんなところではしゃぐな、馬鹿。
「ワフ……!」
うん、お前もどうしてそんな上機嫌なんだ。
鴉よろしく光り物が好きなのか、あの聖騎士役が発光しはじめてから、この白狼の尻尾が千切れそうなほど大回転していた。
――と、そんな時だ。
『かくして、人質を用いてミカエルを陥れようとした卑劣な怪魔人アズールは斃れた! 観客席のちびっ子たちの勇気がミカエルを救ったのである!
しかし聖騎士の戦いはまだ終わらない! 敵はあまりに強大無比、アズールはその氷山の一角に過ぎないのだ!
ミカエルは決して屈さない! 何故なら悪を憎み正義を信じる君たちの思いが、なによりミカエルの力となるのだから!
往け! 聖騎士ミカエル! その輝きで、あの地平を照らすのだ……!』
「みかえるー!」
「せいくりっどー!」
やたらとイケメンな声で展開される煽り文句が劇場内に響いた。舞台の両脇にあるスピーカーから流れるそれに釣られて、観客席のちびっ子たちが歓声を上げる。……なんというか、実に芸が細かいというか。
しかしさっきの声、やけに近くで聞こえたような。というか、スピーカーを通したときのくぐもった雑音が少なかった気がする。
まるで、ナレーターがすぐ近くにいるような……
「次回予告! とある難病を治すため、一人の青年医師が新たな特効薬を開発した! しかしその薬は、健常者に投与すれば副作用として強力な疫病に変化する諸刃の剣! 公表するべきか、封じるべきか……思い悩む青年医師に魔の手が伸びる!
次回! 聖騎士ミカエル! 『回復魔法でよくね?』……セイクリッドォォオオオ!」
「おいなんだその適当極まる次回予告は」
いやがったよ、それも隣に。
無駄にいい声で次回予告を垂れ流す下手人。なんだなんだと見てみれば、やたらと怪しい女が鎮座していた。
青白い顔にぼさぼさの黒い髪、見るからに不摂生な面構えに瓶底眼鏡をかけている。
見るからに怪しさ大爆発なそいつは、何やらマイクらしき魔道具を手に取って声を吹き込んでいた。……ひょっとして、あまり考えたくないんだが……まさか関係者か?
「む? むむむむむ!?」
思わず突っ込んでしまった俺の声に反応してか、その女はぐるんと首を回してこちらに向き直り、ぐふぐふと気持ちの悪い笑みを浮かべて迫ってきた。
「デュフデュフデュフ、これぞ変声スキルの極意! スキルレベルが上がるたびに出せる音域が広がって、今やロリもダンディもお手の物ですぜ! どうですおにーさん!?」
「それは俺に言ってるのか?」
あとなんか体臭きつい。まるで締め切りに向けて四徹した漫画家のようだ。あまり近寄らないでほしい。
俺の心の声をまるっと無視し、怪しい女はぐいぐいと近づいてくる。
「あの主役のミカエルさん、兜で顔を隠してるのも理由があるんですよ! だってあの人殺陣は凄まじいくせに役者としては大根だからネ! むしろウチがここから声を吹き替えてやった方が効率がいいってもんですよ!」
「あーなるほど、道理で台詞の時に身じろぎ一つしないわけだ」
相手の怪人やライバルキャラが身振り手振りで躍動する感情を伝えてくるのに対し、あの聖騎士は台詞回しの際は棒立ちになるかポージングするかのどっちかだったのだ。体捌きは達人じみてるくせにもったいないものである。
「……それにしても、聖騎士ミカエルか……」
なんの捻りもせずにそのまま個人名を出してきたが、肖像権的にどうなのだろうか。あとで本人が出てきて厄介なことにならなければいいんだが。
――と、ささやかな憂慮の念を抱いていたときだ。
「むむむむむ!? 何やら不穏な思考の気配! これはプレイヤー独自のあーこれパロ元の本人にばれたらヤバくね? 的な思考とみた!」
どうして俺の思考がこいつに受信されるんだ。電波神はもっと仕事をするべきだと思う。
「…………まあ、確かに心配になるな。聖騎士ミカエルっていったら相当の有名人だろう? 勝手に名義を使って関係者に訴えられないか?」
「デュフフフフ! 心配ご無用! そこらへん対策はばっちりですぜおにーさん!」
やたらと自信満々な瓶底眼鏡は、ふんすと胸を反らして言った。
「だってあれ、正真正銘本物の聖騎士ミカエルだからネ!」
…………は?




