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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
迷走する仲人
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とある猟師の手記より

 ――自分の非才を弁えるように。


 学生時代の恩師の言葉である。


 彼女は当時四十路でありながら可憐な美貌の持ち主で、その温厚な性格も相まって、男子どもの初恋を根こそぎ掻っ攫っていくような人だった。

 時折口から漏れる辛辣な言動を除けばいたって常識人で、どうしてこんな人が親父の知り合いなのかと不思議に思ったものである。


 さて、そんな彼女の残した台詞の中で特に印象に残っているのがこれだ。

 あれは確か……総合学習の一環だったように思う。本来音楽教諭の彼女が教室の教壇に立つことなど、そうあることではなかったから。

 授業内容なんてほとんど覚えていないけれども、にっこりと微笑んだ彼女から飛び出た箴言は、夢と野心に溢れた少年少女の心を折るには充分な代物だった。曰く――



 ――政治に興味を覚え始める年頃の君たちのことです。この停滞気味な国際情勢や経済状況に対し、『自分ならこうするのに』という一種の理想を抱いている人も多いと思います。

 しかしよく考えてみてください。生まれてからたかが二十年にもならないあなたたちが発案する、ぼくのかんがえたさいきょうのないせいが、本当に過去で一度も検討されたことがないのかどうかを。

 答えはノーです。海外大学はおろか東大にすら進学できるか怪しい大半のあなたたちが考える理想論など、実際に東大を出てエリート街道を邁進している高級官僚たちが、とっくに吟味しているのです。


 それでも実行されなかったものには理由があります。原因があるのです。


 資金が足りない、資材が足りない、人材が足りない、地形や気候が合わない、倫理や宗教と相容れない。……あげられる要因はそれこそ土地や時代に応じていくらでも変化します。さながら五歳児が負の数や無理数を理解できないのと同様に、時代の節目には適切な(とき)があります。時機が合わない(・・・・・・・)ということは往々にあるものなのです。


 あなたの考える思想がどれほど画期的であったとしても、どれほど希望に満ちたものであったとしても、まずはそれが既存であるかどうかを調べるべきです。

 既存であったならさらに調べましょう、『それ』が現在に至るまで実行に移されなかった理由を。

 万物に原因は必ず存在します。そしてそれを解消する手段も同様に。手段とは、単純に時間かもしれない。人材の教育レベルかもしれない。そこにはなかった産物かもしれない。


 先人が直面し、挫折せざるを得なかったボトルネックをいかにクリアするのか。あなた方にはそれが求められています。



 ――その授業を受けた連中に、政治屋を志す人間はついぞ現れなかった。

 そりゃそうだ。口さがなくいってしまえば『お前の提唱する画期的な政策なんぞ、とっくに既出だわ』といわれているようなものなのだから。やる気が削がれることこの上ないだろう。


 とはいえ、彼女の暴言もある意味機知に富んでいる。

 というのも、実際これに当てはまるケースがこのディール大陸にも存在したのである。


 さて、本題に入ろう。

 こういった内政物で、傍目から見てお手軽かつ効果的な農政改革の一つに、ノーフォーク農法がある。別名輪栽式農業とも呼ばれ、十八世紀ヨーロッパの躍進の基盤となった歴史的にも重要な政策だ。

 農法そのものに関する説明は端折るが……内政物で主人公を気取る人間が真っ先に飛びつく代物に違いない。

 当然、そんなものをプレイヤーが見逃すはずもなく、ノーフォーク農法は第一紀の頃から実績を上げてきた。


 ――――と、思うだろう?


 実のこと、ノーフォーク農法が実を結んだのは第四紀の都市国家時代(・・・・・・・・・・)の頃からだったりする。それまでは記録を確認する限りでは、農地改革のノの字も見当たらない有様だった。


 土地と人と農作物、そしてクローバーに類する植物があれば、試すくらいは簡単な内政チートである。少なくともけったいな肥料や新開発する機械も必要ない、枯れた技術の水平思考で賄えるプロジェクトのはず。それが西の騎士団領が勃興するまで、陰も形も見当たらなかった。

 第三紀以前、エルフ支配時代の記録は不思議と残されていない。エルフの大陸撤退は相当な計画性をもって行われたらしく、記録媒体のほとんどは大森林へと持ち去られ確認のしようがない。


 ところがどっこい、ここは交易都市ハスカール。エルフとの交易を大々的におっぱじめようという新興勢力である。大森林のとの交易を進めるうち、雑多な情報も入り込んでくる。

 そのなかで、俺はエルフの商会で売られていた書籍の中に興味深いデータを発見した。


 パルス大森林における、エルフの人口の変遷データだ。


 ぱっと見ではどうということのない、だからどうしたという程度の数字でしかないのだが――その中で、実に興味深い部分を見つけたのだ。

 いや、『部分』と称するのは正しくない。何しろその推移に目立った変遷は(・・・・・・・)存在しなかった(・・・・・・・)のだから。


 そう、数値をグラフにして視覚化しても、エルフの人口は緩やかな平行線をたどり続け、これといって劇的な変化は見受けられなかった。

 その記録期間に、第三紀の大陸撤退を挟んでおきながら、である。


 土地が増えれば作物も多く実る。上流階級であったエルフが手に入れる麦は、第四紀より第三紀の方が圧倒的に多かった。大陸撤退という逆境は飢餓を生み、人口減という形で数字に表れるはず。

 だというのに、大陸撤退後のエルフの人口は以前のそれと大差がなかった。


 食糧生産の増加は段階的に、人口の増加は乗数的にというマルサスの人口論に喧嘩を売っているとしか思えない状況。これに、ある一つの仮説を立ててみることにする。

 すなわち――――エルフの出生率に限界が存在したのではないかというもの。


 いくら贅沢をして暮らそうが、下半身丸出しで猿のごとく腰を振って毎日を過ごそうが、そんなものまるで関係がないとばかりにエルフの出生率が極端に低かったとすれば?


 この仮説をもとにすれば、第三紀以前にノーフォーク農法が実践されてこなかった理由も説明がつく。

 つまり――――エルフ統治下時代、人間はエルフによって人口抑制政策を取られていたというものだ。


 出生率という面において、人間はエルフに対し大きく優れていた。そんな彼らに農地改革を許せばあっという間に数を増やすだろう。そうなればエルフ対人の人口比が大きく偏り、いざ反乱が起きたときにエルフ一人当たりの負担が増大する。管理しきれなくなる(・・・・・・・・・)


 この仮説から、エルフたちは大陸の農地での改革を、それを行おうとするプレイヤーを弾圧していたのビリビリビリビリ



   ●



「ええい何をするかお前はーっ!?」

「グゥゥ?」


 紙を裂く音、牙を剥く唸り声。

 サトウキビ紙の試験運用兼学術系スキルのレベル上げのため、ぶっちゃけ手慰みに書き込んでいたレポートもどきを横から破り取られた俺は、たまらず悲痛な叫びをあげた。


 ここは灰色達の棲みつく山の中。その日の狩りも早々に終え、白狼を枕にして適当に微睡んでいたらこれだ。それなりに頑張って書き連ねていたレポートなのに……!

 突然の暴挙に出た下手人はいつものようにアホ面提げたそこの白狼――ではなく、


「ゥゥゥゥ?」

「おい、なんだそのワタシ何か悪いことしました的なきょとん顔は」


 馬のように巨大な体躯。真っ黒の体毛は、毛先にいくほど赤みがかっている。破り取った紙片を咥え、箒のようにふかふかした尻尾をぱたぱたと振り立てて、その狼は軽く喉を鳴らした。


 ――何年か前に巣立っていった、ウォーセの姉の一人だ。もっとも、姉といっても同年の生まれなので特に上下関係があるわけでもない。ちなみにいまだ独り身で、縄張りがひどく狭いのが心配どころだ。

 いつの間に何を食ったのか、久々に里帰りしてきた狼は装いを大きく変えていた。というかそんな赤黒い体色なんて見たことねえよ。


 もう一人立ちして何年も経っている。いい加減落ち着きというか威厳というものを身に着けてしかるべき年齢だというのに、いつまで経っても子供の頃のように構え構えとぐいぐいぐいぐい痛だだだだ


「痛い痛い痛い、腕を噛むな血が出る引っ張るなわかったから遊んでやるから……!」

「オン!」

「クェッ!」


 俺の悲鳴に応えるように背後の白狼が吼えた。こっちも忘れるなと言いたいらしい。するとどこからともなく成犬サイズの黒いグリフォンまで現れて、バタバタと背中の翼を羽ばたかせ始めた。お前までもか。


 ……よしわかった、まとめて相手をしてくれよう。太めの枝を拾って投げる構えを取る。


 さあ行くぞ、日々斧を投げて鍛え上げたこの投擲力、今振るわずして何が猟師か……!


「いざ、勝負――――っておいこら!」


 いや、投げた直後にキャッチするのは反則ではあるまいか。せめて距離を取れ距離を。

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