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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
迷走する仲人
202/494

お約束は無理やりにでも遵守すべき

 役場に姿を現したエルフの言動は、ハンナから見ても常軌を逸していた。


「…………」


 無言で顎に手を置き、ハンナの置かれている状況を読み取ろうとするエルモ。視線の先には口論になりかけていた少年と、受付台にどんと置かれた革袋。

 一つ一つを指差しながらじっくりと検分するように観察し、彼女は悩ましげに鼻を鳴らした。気圧された少年が無意識に後ずさる。


「な、なんだよ……?」

「――――――」


 少年からの問いかけをエルフはさもなかったかのように無視した。

 そして背後を振り返り、村の入り口のある方向をじっと眺め、


「なるほど」


 ぽん、と手を打ち鳴らし、はたと頷いて、


「状況は把握したわ。悪かったわね、邪魔して。まさかこんなところで出くわすなんて思わなかったものだから。

 というわけで今のナシ! やり直し! テイクツー! そこの君もいいわね!? じゃっ!」

「はぁ!?」

「ちょ、エルモさん……!?」


 あっけに取られた周囲を置き去りにして、颯爽と出口に向けて歩き去っていったのだった。



   ●



「――村に魔物の死骸を持ち込んできたのは、あなたね?」

「エルモさん……」


 何事もなかったかのように仕切り直して入場してきたエルフは、一体何を考えているのだろうか。


 こめかみで脈打つような頭痛を感じて、ハンナは疲れ切った溜息をついた。

 まるで寸劇でも始めたような大仰な口ぶり。しかつめらしい顔つきを装っているものの、微かに頬のあたりがひくついている。

 振り返れば、話しかけられた少年は状況についていけないのか、顔を強張らせて硬直していた。そんな彼の様子に頓着する素振りも見せず、エルモは尊大そうな身振りとともに言葉をつづける。


「見たところ人間族で、それほど歳も重ねてないようね。一体どうやってあれだけの魔物を殺して持って来れたのかしら?」

「普通に殺して引き摺って来ただけだよ」

「なんですって?」


 大仰に身をのけぞらせるエルモ。対してハンナは胃痛のせいで前屈みになってきた。


「死骸を見たけど、中にはオークの変異種が混じっていたわ。討伐ランクBに相当する魔物よ。――あれをあなたが、たった一人で?」

「そんな格付け、初耳です」

「ハンナさん、今いいところだから。――ねえキミ、名前はなんていうの?」

「……カルマだ」

「……そう、カルっマく――――ぐふっ」


 今一瞬、堪え切れずに噴き出さなかったか。


「……に、にわかには信じられないわ。ひょっとしたら、道端に転がっていた死骸を拾って持ち込んだだけかもしれないし」

「喧嘩を売ってるのか?」

「とんでもないわ。ここでの荒事は原則禁止。揉め事は両成敗で一週間の監察房行きよ。喧嘩がしたいなら賭場に行かないと」

「エルモさん、賭場も揉め事は禁止です」

「不可抗力よ。いかさまに現地で即応できるのは迅速な暴力だわ。文句はサイコロに細工した馬鹿に言ってちょうだい。

 ――とにかく、本当にあの魔物を倒したのがカルマ君なら、それを証明してもらいたいものね」


 そう言って、エルフは意味ありげな視線を少年に向けた。自らの力量にケチをつけられたと感じたのか、少年はむっとした表情で睨み返す。


「証明だって? 表に出て誰かと戦えとかいうんじゃないよな?」

「その必要はないわ。別に戦いだけじゃなくても力量を示す術はあるもの。空に浮かんでみたり、剣を素手で握り折ってみたり、尻から火を噴いてみたり」

「それはただの大道芸です」

「とにかく! ……あなたの実力が本物なら、それを示すことができるはずよ。違うかしら?」


 とってつけたような言いがかりだった。普段の彼女なら面倒がって絶対に口にしない台詞を吐き、エルモは少年に試練を吹っ掛けている。


「…………」


 少年は無言。――いや、観念したのかうんざりした表情で溜息をつき、右腕を虚空へ伸ばして、


「――サモン・ビーストコントラクテッド……ユニコーン」


 その瞬間、役場の床面に人間大ほどの魔法陣が現れた。

 明滅し舞い上がる紫色の燐光。ここではない『どこか』へ空間がつながったような、異様な空気の変化。

 魔法陣は時とともに発する光を強め、次第にその輪郭すらぼやけるほどに眩しさを増していく。

 白く、白く、ただ白く。強烈な発光は視界を染め上げ、あまりの光に目の痛くなったハンナは耐え切れずに手で目を覆った。次いで鼓膜を震わせる、バキバキと薪を圧し折るような強烈な異音。

 そして、


「これは……」


 あまりの光景に言葉を失う。

 光の中から現れた、堂々たる雄姿に思わず圧倒されてしまった。


 穢れを知らぬ純白の体毛。

 白銀の鬣は魔力の風を受けて緩やかにたなびき、銀糸のように光を放つ。

 隆起した筋肉は力強く、ひとたび躍動すれば一日で千里を走るのも夢ではないという。

 それの象徴である額の角は下手な小刀よりも長く、螺旋の筋を描いて真っ直ぐに伸びていた。


「これを見て、まだそんな舐めた口を聞けるか?」


 ――一角馬(ユニコーン)。ペガサスと並んで有名な幻獣を召喚し、少年は自慢げに口を歪めた。


「ふふ、やるじゃない……!」


 そんな光景を見せつけられるも、エルフの顔に浮かぶのは不敵な笑み。

 瞳に戦意を滾らせながらも、彼女は目の前の少年を素直に称賛した。


「…………」


 そんな中、この二人に置いてけぼりにされているハンナを始めとした役場職員たちの心境やいかに。


 ――――否、何を考えているかなど分かりきったこと。

 召喚の際にそこのユニコーンが踏み割った床板、修繕どうしよう。


 彼らの瞳に浮かぶ感情は共通して死んでいた。

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