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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
迷走する仲人
200/494

おばさんなんかお口臭い

 仕立て屋に頭を下げて退出したあと、アーデルハイトと二人で昼食をとるくだりになった。

 なんでも一年前に解放された内海、そこで獲れた海産物を売りにしている食事処があるらしく、中でも生魚の造りが人気なのだとか。

 あくまで一般食堂ということで、俺も彼女も貴族のような目立つ格好はしていない。地味な外套を身に纏い、たまたま領都に訪れた旅人といった風体で、これならいらぬ波風を立てることもないだろう。


 ……風采の上がらない赤髪のおっさんと、若草色の髪の可憐な風貌の少女。日本なら通報されてもおかしくない組み合わせではあるまいか。

 人の目を気にして、ついつい周りに気を配ってしまうのも仕方ないことだと思う。


「……で、この辺りで合ってるのか、ハイジ?」

「――え、ええ。確か、この通りで合ってるはずです」


 先導してくれるはずの少女は、どういう理由か俺の左腕を抱え込んで離さなかった。

 ぎゅっと繋いだ掌に手汗が滲んでいるのを感じる。まだ四月の終わりだというのに、伝わる体温のせいかやけに暑苦しい感覚がした。


「それにしても、活造りなんてずいぶん久しぶりだ。ここに来てからは火を通したものばっかりだったしなぁ」

「――その、コーラルは生の魚が好きなのですか?」

「煮魚も焼き魚も平等に好きだよ、俺は。ただ生は長いこと食べてないから、その分恋しさはあるかな」


 酒蒸しやホイル焼き、蒲焼きに天麩羅。鮮度がいいほど美味いのはどれも同じだ。あら煮は作るのも食べるのも手間がかかるが、それに見合うだけ箸が進む。

 基本的に、どんな調理をしようが美味しければ何でもいいというのが俺の基本スタンスです。


 ――だがスターゲイジー、テメーは駄目だ。料理とは認めねえ。


 知り合いに無理矢理喰わされたゲテモノ料理の記憶を振り払い、傍らの少女に話を振る。


「そう言うハイジはどうなんだ? 好きな魚は何かあるか?」

「そもそも魚を食べる習慣がほとんどありませんでした。知っての通り内海がグリフォンに閉ざされていたので、その分魚料理は高価だったのです。

 週に一度食卓に並ぶアジは……正直、生臭くて苦手で……」

「あー、青魚は痛みやすいから……」


 もとは貴族家の出のお嬢様だ。釣りたての新鮮な魚を捌いてハイどうぞ、なんて料理とは縁遠かったに違いない。

 新鮮なうちに食べてしまえば、それほど臭みは気にならないんだが。


「今から行く店が当たりであることを祈ろう。それで、何かひとつハイジの好きな魚を見つけられればいい。

 なんなら、いつか一緒に目当ての魚を釣りにでも行くか? 釣ってすぐは食感がまるで違うんだ、きっと気に入るぞ」

「――――――はい」


 俺の言葉に、彼女はなぜか言葉に詰まり、ぎこちない仕草で頷いた。首に巻いたマフラーに顔をうずめてしまって、表情はよく窺えなかったが。


 ――さあ、そうと決まれば近いうちから用意を進めておかなければ。

 釣りなんて何年振りだろう。この娘の前で無様を晒さないよう、事前に練習を重ねておいた方がいいかもしれない。

 なに、坊主を避けたいってだけで別に釣り名人っぷりを見せたいわけじゃない。釣り糸を垂らしながらだらだらと日向で駄弁るのも醍醐味の一つなのだから。


 柄にもなく浮かれた思考で予定を組む。揃えるものを思い浮かべて、自作するか買い求めるか悩みながら――


 ――――だからだろう。その瞬間、とっさの判断がつい遅れた。

 いつの間にか目の前にいた、黒いフードの人物に気付けなかったのだ。


「おっと?」

「うぬうっ?」


 どすん、と音を立てて肩が何かとぶつかった。驚いた声とよろめく身体。目の前で倒れ込む何者かの腕を掴み、引き寄せて支える。


 ……驚いた。つい思考に耽っていたとはいえ、行き交う通行人と衝突するなんて日本でもそうなかったというのに。


「――済まない。つい余所見をしていた」

「いや、構わんよ。儂も不注意であったわ」


 掴んでいた腕を離し謝罪を口にすると、フードの人間は気にした様子もなく応じてみせた。

 仰々しい口調に反し、その声色は高く澄んでいる。掴んだ腕の感触からして、若い女性と察せられた。

 小柄な体躯で年寄りのような言葉を操るさまは、しかしどこか堂に入っていて不自然な感じがしない。


「気配の察知には自信があったのじゃが。美味いものを食って気が緩んだのかのう……」

「どこか体調が悪いのか? どこか座って休める場所は――」

「よいよい。お主も逢引のさなかであろう? 水を差す無粋は勘弁じゃ」

「あいび……!?」


 どうしてだろう、隣のアーデルハイトが絶句している。


「そもそも、儂は種族的に疲労とはほぼ無縁で――――む?」


 意気揚々と何かを説明しようとしていたフードの女は、何かに気付いたようにこちらを凝視してくる。……正面から見えた顔は整っていて、黒髪と紅い瞳が印象的だった。

 というか、見た目が若いどころか幼くすら見える。十代半ばなんじゃないのか、こい、つ――――っ!?


「ふむ? ふむふむふむ? これはこれは、なるほどのう……!」

「――――おい」


 ぐふぐふと漏れる含み笑いにドン引きしそうです。

 一体何を考えているのか、女はいきなり身を乗り出すと俺の顔をペタペタと無造作に触り始めたではないか。ひんやりとした感触は心地よいというよりむしろ寒気がする。袖口から漂うつんとした薬草の匂いが鼻を突いた。


 ……いや、問題はそんなものではなく。なんというか、ヤバい。

 何がやばいって、具体的にいうと左側にいる少女から漂ってくる気配がひたすら不穏だ。黙りこくったまま一言も発さないところなんかがさらに危機感を煽ってくる。

 これはもう、一刻も早くこの女を引き剥がさないと――


「……失礼だが。貴女の故郷では初対面の異性の顔を撫でる挨拶でもあるのだろうか?」

「む? これは失礼したのう。少々珍しい骨相だったものでな、つい手で触って確かめてみたくなったわ」


 言葉で咎めると、女は拍子抜けするほどあっさりと身を引いた。


「骨相? 占い師の方だったか?」

「副業の一つじゃよ。骨と向き合う機会が多くてのう。――お主も気が向いたら詳しく視てやろう。先ほどの無礼の分じゃ、初回はまけてやる」

「悪いが、そういう八卦は信じないことにしてるんだ」

「うむ? よく当たると評判なのじゃが?」


 俺の拒絶にきょとんと首を傾げるフードの少女。言葉遣いといい外見と釣り合わない仕草といい、どうにも胡散臭さが拭いきれない。

 それに、


「骨相は人間の性質を測るものだろう? そんなもので運勢を決められるのは納得がいかないものでね」


 ――――それに、この女からわずかに漂う死臭が、どうにも忌避感を湧き立たせていたのだ。



   ●



 面白い男を見た。

 十代ほどの若い少女を連れた男が背中を向けて去っていくのを眺めながら、女は口元が歪むのを抑えきれずにいた。


 ……気配に敏感な自分が気付けずに衝突してしまうほどの希薄な気配。見目麗しい顔を見せてやったというのに逆に警戒心を深める勘の良さ。

 そして何より――知り合いが話していた男の特徴に、当てはまるものを見つけたのだ。


「奇遇――とは言えんなぁ。何しろここは半島じゃ。いつかは出くわすとは思っておったわ」


 ひとりごちる。先ほどまで昼食の食べ過ぎで感じていた不快感が、いつの間にか消えていた。


 ――と、そこに、


「あー、いたいた! こんなところで何やってるんだよ、イニティフ!」


 背後から掛けられる男の声。それに女は表情を取り繕い、微かな笑みを浮かべて振り返る。


「少々食べ過ぎてしまってのう。外の春風に当たっておったのじゃ」

「そんなの、言ってくれれば胃薬でも出したのに。効き目は抜群、俺の調薬スキルがどれくらいか知ってるだろ?」


 若い少年だ。黒髪に黒い瞳、肌はディール大陸の人間と違った色合いで、一目で異邦人とわかる。……たとえば、『客人』のように。


「――あまり魔法や薬に頼るのは好ましくないぞ、カルマ? 行き過ぎた手入れはそれの持つ自己能力を損ねることもある」

「ふーん。……せっかく手に入れたスキルだし、試してみたかったんだけどな」

「機会はある。そう焦る必要もあるまい」

「焦ってないって」


 否定するも、少年はどこか不満そうな顔をしている。なにかしら理由をつけて自分のものとなった力を振るいたいのだろう。

 そんな少年に苦笑して女は彼の背後に目を向けた。


「確かこのあとは、辺境伯に挨拶へ向かいのじゃったな、クレア?」

「ええ、その通りです。神殿に向けて、居場所の報告を届けてもらわなくてはなりませんし」


 返事をしたのは、神官服に身を包んだ金髪の女だった。傍から見ても目立つほどメリハリの効いた身体つきで、胸元を押し上げる膨らみは本来清楚なはずの服装の印象を変えてしまうほどだった。

 これでまだ十八歳になったばかりだというのだから、一体どんな生活でそんな身体になったのか大いに気になるところではある。

 神官の少女は少年のすぐ背後に控え、穏やかな微笑を浮かべている。


「聞けば、近々辺境伯のご親類が結婚式を挙げるそうで。これもまた神の思し召しでしょう」

「ただの偶然じゃろう?」

「光神様のお考えは深遠で、定命のものには計り知れません。これを機会に何かをせよという啓示かもしれません」

「そのあたりを決めるのは教会についてからだな。もしかしたら、神父役をやれって話になるかもだし」


 ありうる話だ、とイニティフは考え込んだ。……この半島に規模の大きな神殿は存在しない。光神教がこれを機会にこの交易都市に影響力を持とうとしても不思議ではなかった。

 ともすれば、目の前の少年も似たようなことを企てているのかもしれない。


 内政チート――それを行って衆人の関心を集めたいという彼の欲求は、未だ果たされたことがなかった。


「……そういえば、ニアはどうしたのじゃ? 早々に食卓を平らげて真っ先に消えてしまったのじゃが……」

「露店を見て回りたいそうです。最近ここは、砂糖の輸入が増えてお菓子作りが盛んになっているそうで――」

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[一言] カルマ君さっそく絡んでくるかな??
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