キャラクターメイキング
視界が暗転し、場面が切り替わった。
辺り一面は味も素っ気もない白風景が広がり、俺の目の前にはどこかで見たような風貌の男が、まったくの無表情で直立していた。
……っていうか、どこかで見たどころか、まんま俺じゃねえか。
どうやらこの男がこのゲームにおける俺のアバターであるらしい。自分の顔を鏡越しでなく立体的に見る機会はないので、つい無遠慮に眺めてしまう。当然ながら男はそれに何の反応も返さなかった。
中肉中背の、特に美形なわけでもない日本ではありふれた顔だと思う。ただ昔にこさえた古傷や、いつからか取れなくなっていた眉間の皺やらがないぶん、いくらか端正な印象になっているのではないだろうか。
……自分で言っても世話ない話か。
≪PHOENIX SAGAの世界へようこそ! これよりキャラクターメイキングへ移行します≫
突然、視界の端から半透明なウィンドウが浮かび上がった。
≪プレイヤー名を登録してください≫
「いきなり面倒なフェーズだ……」
世界観に触れる余地もなく命名を求められた。
事前説明では中世欧州風ファンタジーと聞いていたが、よもやそんな場所で武田信玄やらジョン万次郎やらと名乗るわけにもいくまい。
確認すると、漢字は使用できない設定になっていた。意地でもヨーロッパ風の名前を使わせたいらしい。とはいっても、急に言われたところで思いつくわけでもなく……
「ええい、ままよ」
いろいろと億劫になったので適当に決めることにする。現実世界で身近にあるものの名前を失敬することにしよう。
≪プレイヤー名:コーラル≫
ふと、いつかお邪魔した上司の自宅の神棚に据えられていた、珊瑚を思い出した。どういった由来で珊瑚がご神体になったのか、詳しくは伝わっていないのだという。
ちょうどいいので、珊瑚の英名を登録することにする。
≪種族を決定してください。現在、以下の7種類の種族が選択可能です≫
≪基礎能力を表示します。なお括弧内はレベルアップ時の成長値を示しています≫
そんな文面がウィンドウに並び、続いて各種族の説明文が表示された。
●
人間
HP:20(↑5)
MP:0(↑0)
攻撃:5(↑2)
防御:5(↑2)
技量:5(↑2)
敏捷:5(↑2)
魔力:5(↑2)
抵抗:5(↑2)
地形特性:中庸の民
保有スキル:
『ディール大陸の広範に生息する人類種中7割以上を占める、最も繁栄し最も人口数の多い種族です。
その能力は良くも悪くも中庸・平均的であり、それだけ環境に適応しやすいことを示しています。
魔法に対して特に優れているわけではありませんが、伸びしろは十分であり、現役の賢者4人中3人が人間族です。
この大陸で人間として生活していくなら、軍事・経済・行政あらゆる面で恩恵を受けることが出来るでしょう。
現在ディール大陸の覇権を握るルフト王朝は他種族に対し融和政策をとっていますが、いまだ辺境では他種族・他部族との小競り合いが続いている状況です』
●
エルフ
HP:10(↑2)
MP:10(↑3)
攻撃:3(↑1)
防御:2(↑1)
技量:6(↑2)
敏捷:6(↑3)
魔力:7(↑3)
抵抗:6(↑3)
風魔法:D
地形特性:森林の民
保有スキル:火属性弱点 風属性耐性Lv2 軽業Lv1 走行Lv1 登攀Lv1
『ディール大陸南東の果てにあるパルス大森林に暮らす、弓と魔法に長けた少数民族です。
寿命は千年を超え第一紀のことを記憶する長老も多く存命しています。
発達した文明・芸術を誇り、第三紀に人間族が製鉄技術・騎馬技術を得るまで大陸の東半分を席巻していました。
その事実から種族全体的な特徴として、プライドが高く他者を見下す傾向があるようです。
長命ゆえに世代交代が起きにくく、誇りの高さも相まって保守的思想に偏るため時代の革新について行けず、時流に取り残された種族でもあります。
石頭と陰口を叩かれたとしても年月に裏打ちされた実力は本物で、歳経たエルフの長老は皆優れた弓兵・魔術師でもあります。
生まれながらに風魔法に適性を持ち、森林を自由に駆ける術を心得ています。反面森を焼く火魔法には嫌悪を示し、必要以上に関わろうとしません。
肉体的に脆弱と評され気味ですが、鍛錬を積み強弓を引くエルフは屈強であり、ごく稀ながら剣士として大成した者もいます。
ドワーフほどではありませんが手先が器用であり、彼らの手による工芸品はその優美な装飾や魔術的価値により貴族の間で根強い人気を誇っています。
エルフの暮らすパルス大森林と大陸中央とは間に毒沼を含む湿地帯を挟んでいるため、流通は盛んではありません。
現在大森林を治める族長は第二紀の末期の生まれで、閉鎖的ながらも平穏な現状を維持することを望んでいます』
●
ドワーフ
HP:30(↑7)
MP:0(↑0)
攻撃:8(↑3)
防御:8(↑3)
技量:7(↑3)
敏捷:1(↑0)
魔力:1(↑0)
抵抗:3(↑1)
地形特性:山岳の民
保有スキル:火属性耐性Lv1 地属性耐性Lv1 加工Lv1 工作Lv1
『大陸北西のガムド火山を主な住処とする鍛冶と石工の種族です。
寿命は400年ほどで、子供ほどの体躯で成長が止まります。
非常に優れた鍛冶の才能を持ち、大陸全体の技術進歩に常に貢献してきました。
そのため先進的なものに目がなく、時として時代を逸脱した発明をもたらしもします。
彼らの手による作品は高い性能と耐久性を誇り、大衆に高い人気があります。
職人気質ゆえか気難しくなかなか他人に心を開きませんが、一度心を許した相手には家族のように接します。
山岳で生まれ育つドワーフは山地での行動に優れ、峻険な山々を疲労もなく踏破します。
鍛冶と細工を極めるうえで鍛えられたのか、逞しい身体つきで武器の習熟に秀でます。
反面脚の短さゆえに移動に難儀するでしょう。
そしてその矮躯のため彼らに適した装備は大陸で一般的に流通しておらず、自分の装備は自作する必要に駆られるでしょう。
物事を常に物理的・科学的に解決しようとするためか魔法的なものを敵視する傾向があり、彼らの中から魔術師が育つのは極めて稀です。
ガムド火山地下は豊富な地下資源に恵まれ、小規模ながらも王国として繁栄しています。
現王のウォランは寡黙ながら温厚であり、大陸中央のルフト王朝との交易による共存を望んでいます』
●
リザードマン
HP:35(↑6)
MP:0(↑0)
攻撃:9(↑4)
防御:9(↑4)
技量:2(↑1)
敏捷:7(↑3)
魔力:0(↑0)
抵抗:0(↑0)
地形特性:沼地の民
保有スキル:水属性弱点 地属性耐性Lv1 毒耐性Lv5 走行Lv1 身体強化Lv1 硬化Lv1 毒爪Lv1
『ディール大陸とパルス大森林を隔てているウェンズ湿地帯には、蜥蜴に似通った種族が蠢いています。
彼らは自らをドラゴンの末裔と称し、その威を示すかのように獰猛かつ残忍な性向をしています。
雑食ではありますが肉を好み、人肉も抵抗なく口にし、特にエルフの肉は珍味として扱われます。
そのためエルフからはドワーフ以上の天敵として忌み嫌われています。
寿命は個体差があり、最長で百年以上年齢を重ねた者もいます。
しかし弱肉強食の気風が強いためか自然淘汰される比率が多く、平均寿命は50年程度に落ち着きます。そのため多産な傾向が強いようです。
リザードマンはディール大陸で最も戦闘に優れた種族であり、恐れを知らず敵に背を向けることはありません。
彼らの住む湿地帯は毒沼が多く点在しますが、それを意に介さず平然と動き回る生命力を誇ります。
リザードマンの強力な腕力から放たれる一撃は強烈無比であり、爪に仕込まれた毒をもって敵を蝕みます。
剛よく柔を断つを信条とし、また種族全体が少数であるためか、技術面を軽視しがちで、系統だった剣術や槍術が発展する余地がありませんでした。
関節の位置、毒爪や尻尾の存在などほかの人族とは異なる身体構造を持つのも一因です。
彼らの身を覆う鱗は強靭な鎧として機能し、戦うごとにその堅牢さを増していきます。
歴戦の勇士の鱗は竜鱗と称され、ドラゴンのブレスにすら耐える代物です。
リザードマンの生活は主に狩猟と採集、そして略奪によって成り立っており、何かを作り出すという面においては身体的特性もあって全く不適当です。
彼らにとって防具とは体を彩る装飾品以上の価値を持たず、逆に魔術的能力を持つ装飾品は重用されます。
そして彼らがそれを得る手段は主に、近隣の森林にすむエルフを襲撃することです。
魔術的素養は皆無です。
しかしリザードマンに伝わる秘術によって魔術適性を得る儀式があるとされますが、詳細は明らかではありません。
現族長は領土的野心にあふれる勇猛な戦士ですが、南東にエルフ、北西にルフト王朝と両面に敵を抱え膠着状態に陥らざるを得ず、小競り合いを繰り返しています』
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ゴブリン
HP:25(↑2)
MP:0(↑0)
攻撃:3(↑1)
防御:1(↑1)
技量:2(↑2)
敏捷:8(↑4)
魔力:3(↑1)
抵抗:9(↑6)
地形特性:流浪の民
保有スキル:走行Lv1 逃げ足Lv3 毒耐性Lv1 疾病耐性Lv5
『ディール大陸全域に点在して生息する少数民族です。
寿命は40年程度で10歳を超えたら成人として扱われます。
ディール大陸人類種の中で最もしぶとく、最も繁殖力にとんだ種族です。
特筆すべきはその繁殖力で、群れから逸れたつがいが繁殖によって新たに50体以上からなる群れを築くまで数年程度とされます。
環境に適応することに特化しており、同じ場所に50年も住めばその土地に適合した特性を持つゴブリンが生まれます。
深くものを考えることに向いておらず、人間でいう義務教育修了程度の知識があれば賢者として尊ばれます。
人間の子供程度までにしか成長せず、ドワーフのように筋肉に恵まれているわけでもないため、ゴブリンの戦士としての資質は高くありません。
彼らの戦法は例外的に高い敏捷さで相手を攪乱し逃亡するのが常です。
群れを作ることはできても、それを維持するために効率的な狩りや農耕を行える知能がないため、人家を襲うことでその場をしのぐ群れも多く、大半の国家、都市で討伐対象となっています。
彼らが今なお種として存続しているのは、危険となれば一切の執着を捨てて一目散に逃げ散る思い切りの良さと、生まれながらの敏捷さに任せた生き汚さによるところが大きいでしょう。
現在ディール大陸にゴブリンを大規模に統率する個体は発見されていません。
それはつまり大陸のどこにでも彼らが大発生し、蝗のごとく周辺を食い尽くす余地があることを示しています』
●
魔族
HP:?(↑?)
MP:?(↑?)
攻撃:?(↑?)
防御:?(↑?)
技量:?(↑?)
敏捷:?(↑?)
魔力:?(↑?)
抵抗:?(↑?)
(注)ステータスはキャラクター生成の際にランダムで決定されます。
闇魔法:D
地形特性:魔界の民
保有スキル:光属性弱点 闇属性耐性Lv5
『ディール大陸とは異なる世界―――魔界から召喚門によって襲来してきた、人類種の敵です。
彼らが現れた第二紀から、人類種と魔族は熾烈に争ってきました。
魔族は人間の魔術師の手によって召喚されるか、偶然自然界で発生した魔力溜まりから門をこじ開けてディール大陸に現界します。
そのため種族としての規模は極小で、彼らが百人以上の“軍”として人間と争ったことはありません。
それは逆に魔族が数十人規模で数千単位の人間の軍隊と拮抗してきたことを意味しています。
個体差の激しい種族であり、ドワーフより筋力に優れるもの、エルフ以上の魔力を誇るものなどは序の口で、爪で岩を切り裂くもの、魅了の魔眼を駆使するもの、岩石のような皮膚に覆われたもの、鋼を溶解させる毒液を分泌するものなど千差万別であり、人類種との共通点は二足歩行で五本指なところくらいだと揶揄されるほどです。
身体的個体差の激しい種族であるため、統一的な武術が存在せず、各々が独自に極めていく必要があります。
全体の共通点として闇魔法に高い適性を持ち、光魔法を苦手とします。
魔界と名の付く場所を故郷とするだけあって、魔力の扱いに長けるようです。
現在魔族を率いる存在はなく、彼らは姿形を偽って人類種の暮らしに紛れ込んでいます』
●
魔物
HP:?(↑?)
MP:?(↑?)
攻撃:?(↑?)
防御:?(↑?)
技量:?(↑?)
敏捷:?(↑?)
魔力:?(↑?)
抵抗:?(↑?)
地形特性:?
保有スキル:?
(注)ステータスは詳細種族の選択の際に決定されます。
『スライム、オーク、クラーケンなど、ディール大陸に生息する多彩なモンスター達です。
彼らは人類種に友好的な例外以外漏れなく討伐対象であり、金銭を得たところで使い道はほぼ皆無でしょう。
この種族を選んだ場合、自然界の厳しい弱肉強食にさらされ、天寿を全うすることはほぼ不可能です。
職に就くこともできず、物を作ることもできず、装備を身に纏うこともままなりませんが、彼らは一定以上に成長すると進化と称してより強力な個体へと姿を変えます。
余談ですが一羽の小さな鴉が龍王に姿を変えた例もあり、人間種の間で鴉は立身出世の縁起物として扱われています。
詳しくは種族選択で”魔物”を選択した後、詳細種族のコーナーをご覧ください』
●
「ネタでやるなら魔族か魔物を選ぶべきなんだろうな、きっと」
“成り上がり”とか“逆境からの復讐もの”とか“完全ランダムで自分だけのユニークなステータス”とか。そっち系の人に受けそうな設定である。というか、運営もそれを狙って説明文を書いている気がする。
だがちょっと待って欲しい。確かにユニークやランダムには興味をそそられるけれど、そこには大抵、特大の地雷が埋められているものなのではないだろうか。
遡って全種族中最も簡潔な人間族の説明を見返すと、
「『軍事・経済・行政であらゆる恩恵を受けられるでしょう』……」
あった。きっとこれが地雷だ。
あらゆる恩恵、とは何だろうか。
ここはとある竜退治を模した国民的RPGを例にとって考えてみよう。
世界を救うため国王に召集された勇者に支給されたのは、『ひのきのぼう』『ぬののふく』『なべのふた』そして100Gである。
これを今の説明文の『恩恵』に当てはめるなら、他の種族にはそれがない、あるいは不十分であると仮定できる。つまり、下手をするとゴブリンでスタートした場合、初期位置に無一文裸一貫で置き去りにされる可能性もあるわけで……
「投げるわそんなゲーム」
人間族を選択。ぬるゲーマーと笑うがいい。
こっちにだって言い分はある。何せ3時間を10万倍にしてゲーム内で30年過ごさせようというゲームだ。当然主幹となるのは冒険や戦闘ではなく生活になるべきだと思うし、それを必要最低限の保障もなく飛び込んで初っ端から挫けてみろ。後に残るのは物言わぬ積みゲーと、無意味にサインした20枚にもわたる同意書である。
捨てプレイにしたって世界観を知るためにも数か月単位でプレイしてみたい。つまりは選択の余地なく人族一択なのです。
≪人間族が選択されました≫
≪貴方はこれよりディール大陸への第一歩を繰り出します≫
≪貴方を待ち受ける苦難は決して楽なものではなく、その人生は英雄とはほぼ遠いものでしょう≫
≪むしろ、途中で道半ばに斃れる見通しのほうが高いほどです≫
≪―――それでも我々は、貴方の人生に幸多きことを祈るのです≫