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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
迷走する仲人
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引き籠りの理屈

 何が理由でなのか、肩を怒らせたアーデルハイトに手を引っ張られてこの店にやってきたはいいものの、理由についてはまったく納得していない。


「そもそもだ。どうして俺がこんな堅苦しい衣装なんぞ着なけりゃならない?」

「結婚式まであとひと月に迫っているからです。……まだ何も用意ができてないと聞いて気が遠くなりましたよ」

「いやいや待て待て。いつから俺が式に出るなんて話になったんだ?」

「は?」


 きょとんとした顔。いつものしかめ面なんかより、そうしていれば歳相応に可愛らしい顔なんだが。


「…………コーラル、聞き違いかもしれないのでもう一度聞きますが。――結婚式に出席しないのですか?」

「村でやる披露宴は出る予定だがね。領都の方はどうにも顔を出しづらいというか。ぶっちゃけ辺境伯と顔を合わせるのに抵抗がある」


 何しろ最後に会ったのがスタンピード後の謁見の場である。あれだけ仰々しく脅しをかけておいて、何食わぬ顔で結婚式で談笑できる気がしない。


「……まあ、だからあんまりきっちりした服装は不要というわけだ」

「……そのことをイアン団長はご存じなのですか?」

「知ってるんじゃないか? こっちからは特に出席すると言ってないんだ。来て欲しいならあっちから誘うだろう」


 ……うむ、我ながら完璧な理屈だ。気分は招待状に気付かずに同窓会の出欠提出をばっくれた引きこもりである。

 いや、あのときはほんと忙しかったのよ。むしろ届いたことすら知らなかったというか郵便受けを覗いたときには何もかも終わっていたというか幹事の奴どうして直接電話で確認しないんだあの物臭――失礼、少々取り乱した。


 こちらの言い分を聞いたアーデルハイトは複雑そうな表情で考え込み、


「……コーラル。ひょっとするとですが……村の役場に張り出した掲示版を見てないのですか?」

「掲示板?」


 なんだそれ、と首を傾げる。

 確かに村の役場には掲示板が張り出してある。主に団の予定だったり村の催し物だったり、工事現場で起きた事故の詳細だったりと、早い話が日本の市役所でもよく見るあれだ。

 最近はエルフの大森林からサトウキビ紙が安価で手に入るようになったので、子供の落書きみたいなものまで壁に貼り付けられるようになった。副団長がコンクールがどうとか企画していたっけ。

 俺はどちらかというと運営側なので、注視する必要もないとろくに気に留めていなかったのだが。


 …………ん? 待て、団の予定……?


「少なくとも小隊長以上の役職のものは出席が義務付けられている、と書いてあったはずです」

「なんっ――ばかな……!?」

「馬鹿はあなただ。礼服をひと月余りで仕立てることがどれだけ無理難題か、知らないのですか? 通常なら二か月以上かかるところを、店主に無理を言ってひと月で頼んでいるのですよ?」

「お気になさらずぅ。他ならぬアーデルハイトお嬢様の頼みならぁ、この程度どうということではないですよぅ?」

「いいえ、オスクル。この人は服飾の仕立がどれほど手間がかかるか、その知識にすら欠けているのです。ここできちんと注意を促さないと何度でも繰り返すでしょう」

「いや、いやいやいや! 待て待て待て!」


 横の繋がりに不備あり! 今回の事件は村の広報が周知を怠ったところに原因がある。ここはちゃんとした連絡網の構築を進言します教官!

 ……ところでうちに広報課ってあったっけ?


「そ、そうだ! こうしてみるのはどうだろう? ……式に出席はする、しかし限界まで気配を薄めれば特に注目もされないはずだ。だから別に着飾る必要は――」

「話にならない。華の結婚式にボロ着で出席する気ですか、あなたは。王都では結婚式のたびに服装を新調するのが流行になっているくらいなのですよ」


 ぐぬう……なんだその無駄遣いの極地は。まるで食っては吐いてを繰り返してはゾンビのごとく宴を続行するローマ人ではないか。


 歯噛みする俺を尻目に、猫のような仕立て屋が心配そうな声を上げた。


「うーん……そこまでこの店の商品が気に入りませんかぁ?」

「単純に、派手な意匠が苦手なんだ。……それに中世ヨーロッパ風の服飾センスというと、どうにも鳥肌が立つようなものばかりで……」


 たとえばカボチャパンツとぴっちりタイツを合わせた漢の脚線美スタイルだったり、ど派手なストライプとアシンメトリーを全身に施したドイツ傭兵(ランツクネヒト)風だったり。

 ハイヒールの起源なんかもそうだが、とかく中世ヨーロッパのセンスというやつは、どうしてそうなったといいたくなる方向に走り抜けてしまうきらいがある。

 現代人とこの時代のセンスを一緒くたにしてはいけない。下手に自分の好みに合わせるととんでもなく浮いてしまうし、この時代のそれを着ると何もないのに独り羞恥に憤死したくなるのである。

 そう言い訳をすると、眼前の二人は呆れた表情で首を振った。


「流石にぃ、そんな悪趣味なデザインが大陸で流行った記録はないですねぇ……」

「破廉恥すぎる。あなたのいたところではそんなものが流行っていたのですか」

「俺のところじゃない。百歩譲って存在したのは認めるが、断じて俺の国で流行ったわけじゃない」


 謂れのない中傷には断固として抗議する。一体何を考えてあんなぶっ飛んだ服装が流行ったのか俺が訊きたいところだ。

 なおも言い募ろうとする俺に、仕立て屋が言った。


「大丈夫ですよぅ。『ご客人』が好むデザインについては当方もよく研究を進めていますぅ。きっとお気に召すものを縫い上げますのでぇ」

「いや、しかし――」

「コーラル」


 横合いから掛けられた声。見ればアーデルハイトは手に持つ羊皮紙――サンプル図案の描きこまれたカタログをぱたんと閉じ、底冷えのする瞳でこちらを睨み据えた。


「いいから、大人しく――――着飾りなさい」

「はい」


 いかん、年長者としての威厳が……

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