とある〇〇〇の場合
「これでも食らえ! ――ファイア!!」
気合いの入った掛け声に応じるように魔法陣が展開。中央から赤い炎が放射される。
正確に温度を測ったことはないが、人間の腕ほどの太さの丸太を数秒で消し炭に変える火炎は、瞬く間に目標の魔物――拳大の芋虫を焼き殺した。
「ふぅー……」
とりあえず目についたから、という理由で初陣の標的にされた魔物が完全に死亡したことを確認し、魔法を放った少年――柊軽馬は溜息をついた。
身体の中から失われていく『何か』の感覚にはいまだ慣れない。神様の説明によれば、この世界で普通に運用されている魔力というエネルギーなのだという。
前世では漫画やゲームの中の存在だったファンタジー要素。MPを消費して超常的な現象を引き起こす、現実ではありえないマジカルマジック。……説明を受けたときにはどうやって使えばいいのかと戦々恐々としていたものの、使ってみればどうということはない。
なにしろ魔法というやつは実にオートマチックな代物なのだ。小難しい瞑想も、恥ずかしい呪文の詠唱も不要。ただ単に魔法名を唱えるだけというのが素晴らしい!
神様の言葉によると、使用する呪文ごとに巻物を保持する必要があるという話だが、そこはそれ。気前のいいことにあの転生神は一度使用した魔法を登録し、いくらでも習得が可能となるチートを授けてくれたのだ。そして最下位のDランク魔法については初期から習得済みという至れり尽くせりっぷり。
これはもう、自分に対して賢者を目指せと言っているのも同然だ。
「おっと、浮かれてる場合じゃない。――ステータスオープン!」
少年の眼前に半透明なウィンドゥが浮かび上がる。そこには『カルマ』という個人名と年齢、彼の保有するステータスが列記されていた。
――その程度ならば問題はない。この世界の住人は自身のスキルやステータスを無意識に把握する術を持っているし、プレイヤーならメニュー画面を開けば少年と同様のウィンドゥを呼び起こせる。
しかし、柊軽馬の表示させたウィンドゥには明確にプレイヤーと異なる部分があった。
ステータス画面の最後尾。通常なら『Exp』と表示される部分。そこに、
獲得戦力値:106
「おお? さっきの芋虫、戦力値が30もあったのか」
思わぬ収穫ににやつきながら、少年はポイントの使い道に思いを馳せる。……これまで動きの鈍い虫の類を殺してきたが、どれもこれも得られるポイントは雀の涙でどうしようか途方に暮れていたところだった。
「……でもさぁ、神様もしょっぱいことするよな。戦力値100につきステータス1上昇とか、どんな作業ゲーさせる気だよ……」
口で不満を垂れつつも、何だかんだで手応えは感じていた。
今の芋虫を殺しただけで30ポイント得られる。百匹殺せば3000ポイント。ステータスを30も上げられる計算だ。
カルマが降り立ってきた今いる森は生き物が多い。そんな虫などすぐにでも見つかるだろう。
目指せ一日に百匹。一年続ければ平均的に振り分けても各ステータスは120を突破する。あっという間に超人ステの出来上がりだ。
当然、ステータスが上がれば倒す魔物のグレードも上がるだろうから、ステ上げはさらに効率化する予定である。
「ただし! 一定以上強い敵とは戦わないぜ! 少なくともステータスが200超えないうちはな。これはゲームじゃないんだ、ホイホイ無茶してたら死んじまうしな」
しばらくはこの森で過ごすつもりだ。それこそ一年や二年は腰を据えるつもりで。
拠点も食料も転生神からの加護で得ている。特にセーフハウスと名付けられた拠点は風呂ありベッドあり自動空調機能付きの高性能住宅。そして魔物の類が寄り付かない結界付き。
五年で機能を停止すると聞かされているが、それだけあれば自力で生きていく力を身に着けているだろう。
……待ちきれない。わくわくする。これから何が起こるだろう。誰に会うだろう。どんな冒険に出くわすのだろう。
千歯扱きやら手押しポンプやらを作って技術革新? ノーフォーク農法を広めて食糧問題を解決してみる? 火薬を開発して剣と魔法の世界にパラダイムシフトを引き起こしてみようか?
傑作なのは、この世界がゲームとして地球とリンクしているという点だ。
<PHOENIX SAGA>――始めは信じられなかった。つい先日売り出したVRゲームが、異世界と接続するための憑依型転送装置だったなんて。
そのゲームのプレイヤー達はこの世界で用意されたアバターに憑依し、疑似的に物事を体験しているに過ぎない。
だが自分は違う。ゲーマーとは違い、アバターではなく生身――それも神様の加護付き強化を受けた状態でここに降り立った。
何も知らない馬鹿なゲーマーはここがどういう場所かも知らずにアホ面提げて遊んでいるだけだが、自分はこの世界で実感をもって生きていく。意気込みがまるで違うのだ。
……まったく。帰宅途中に電車のホームから転落した時は最悪な気分だったが、それもあの白い空間で転生神に出会ったときに全部吹き飛んだ。
こんな頭の悪いネット小説みたいな奇跡が本当に起きるなんて! 人生何が起こるか本当にわからない!
――――カルマよ。これから送る世界で好きなように生きるがよい。
ただしひとつだけ使命を与える。倒さねばならない者がいるのだ。そやつは異界の外法を用いてディール大陸に干渉し、破滅へと導こうとしている。
そのものが何者なのかは判然としない。隠蔽に長けた敵なのだ。神の力をもってしても見通すことができないほどに。
だがしかと捉えた特徴がある。赤と銀だ。必ずこれを滅ぼせ。
何もお主に直接倒せとは言わん。滅ぼすきっかけになればよい。
倒せるものを育てる。倒せる勢力を支援する。倒せる武器を鍛え上げる。何をやっても構わん。
奴を滅ぼした暁には、お主の願いを何でもひとつだけ叶えよう――――
「――といっても、どこにいるかもわからないんじゃな……」
手掛かりゼロ。赤と銀って何の意味なんだ一体。見つけられる気が一切しないのも当然だ。
少年はガリガリと頭を掻いて悩みに悩み…………まあいいかと放り投げた。
見つけられないものは見つけられない。無理して捜してせっかくの異世界生活を棒に振るより、流れに任せていればそのうち目にする機会もあるだろう。
……どちらにせよ、すぐに見つけろと言われたわけじゃない。五年はもつ拠点を与えられたのだから、その間はだらだらと過ごしていても文句は言われないはずだ。
今はとにかく強くなりたい。この森にいる虫を殺しつくしてステータスを上げる。そうでもしないと安心して外を出歩けない。
「さあいくぞ。目指すはでっかく世界最強! 虫やスライムだけでどこまで行けるか試してやる……!!」
気合を入れて大きく伸びをし、柊軽馬は再び作業に戻るために森の中に踏み入っていった。
「…………あ、ステ上げ忘れてた――って何だこのスライム!? おいこら服溶かすなオレ男だぞそういうの薄い本でやれって! 待って待って待ってなんか肌から煙出てるなんか溶けてるムダ毛が溶けちゃう!? いやぁああああっ!?」




