ユリイカ!
圧迫面接なんて二度と受けない。
領都ジリアンから憔悴しきった顔つきで帰還した我らが副団長の第一声である。
元々リアルでは腹芸なんて縁のない二十代の平社員だった若造だ。一国を差配する狸連中に囲まれてトラウマをこさえるのも無理はない。そこは素直に同情しましょう。
ただし、それに続く台詞が問題だ。竹刀か何かでも握ってたら別に何とも思わないのに、とはどういう意味なのか。
彼曰く、得物を持ってたら意識が切り替わるし、あの程度の威圧なら富山の師範相手にしたときの方が肝が冷えるとかなんとか。……ううむ、分かるような分からんような。あやつ生まれた時代を三百年ほど間違ってはいまいか。あとその師範一体何者だ。
何はともあれ、若き副団長は見事にこのお使いミッションを完遂してみせた。結果がどうなったかというと――まぁ、こちらのほぼ完勝である。
ハスカールはコロンビア半島、ミューゼル辺境伯直轄領として改めて編入される。執政官として任命されたのは、現村長クラウス・ドナート。
団長が任命されなかったのは、ある日突然玉の輿に乗ってきたごろつきに権力を与えれば周囲の反感を買うだろうからという、ある意味当然な判断による。
反面、クラウスの場合は元が執政補佐官付という、上から数えた方が早い役職についていた経歴が物を言った。
早い話が、経歴詐称を行いやすい立場にいたのだ。
クラウス・ドナートが十年前、スタンピードののち職を辞したという記録はなかったことにされた。
代わりに、片脚を失うほど奮戦したという戦功をもって執政補佐官へと昇進。辺境伯の意向を受け特務官としてそのままハスカールへと単身出向し、都市計画の支援を今の今まで行っていた、というのが事のあらましなのだとか。
……おお、なんと誂えたような偶然だろうか! 肝心の当人が苦虫をダース単位で噛み潰した顔をしてなかったら納得してしまうところだった。
ちなみにクラウス子飼いで同時に役所を辞めたゲイル氏も、クラウスの補佐としての役職が経歴を遡ってでっち上げられ、この十年分の給金が支払われる。彼もそろそろ結婚したいと言っていたし、いい資金ができたと祝ってやろう。
今後のハスカールの行く末は彼ら二人にかかっていると言っても過言ではない。辺境伯と良好な関係を築き、傭兵団とハスカールの繋がりを堅持し、食指を伸ばしてくる政治家どもと丁々発止にやり合わなければならないのだ。彼らの胃壁と頭髪が何年もつことか……ご愁傷様です。
悲しいかな、俺たちには見守ることしかできない。所詮俺たちなんぞ荒事が得意な礼儀知らずの無法者に過ぎず、腹芸なんてもってのほかな素人である。俺たちは無力感に打ちひしがれながら酒盛りするしかないのだ……。
――さて、肝心の団長の結婚式の話である。
結婚式は来年の六月に決定した。実に一年以上の猶予があるのだが、それを長いと見るか短いと見るかは各々の立場による。
二十代に到達する前に挙式してしまいたい新婦としては一日千秋の思いだろうし、期限を切られた独身貴族が自由を謳歌するには短すぎるともいえる。
まぁ、せっかくの婚約期間だ。甘酸っぱい恋人気分に浸るのもまた一興だろう。チキチキ☆破局予想トトカルチョはエルモ主催なのでお忘れなく。
挙式まで一年の間があるとはいえ、やることがなく暇を持て余すということはない。
花嫁衣装は一生モノ。母親から代々譲り受けるにしても、手直しに半年近くかかる場合もあるのだとか。……それもこれも、なるべく多くの知り合いに針を入れてもらう必要があるとかで……あぁいや、その辺は俺には関係のないことか。
団長も礼装や作法習得のためにこれからは多忙になる。そして『鋼角の鹿』の連中も、式を盛り上げるために今から何かしでかしてやろうと画策しているのだが――
●
「ねえコーラル。結婚式の引き出物に興味はないかしら?」
「お前は何を言ってるんだ」
何やら血走った目つきで、エルモが突然声をかけてきた。……この目は知っている。ギャンブルで有り金スって飯代に困った時の目だ。
時はまさに昼飯時。グリフォン戦の傷も癒え、ようやく俺も真っ当な食事にありつけると喜び勇んで酒場に顔を出した、その日のことである。
身を乗り出して得体のしれない提案をしてきたエルフの傍らには、それこそ得体のしれない『何か』がぎっしりと詰まった木箱があった。
「だーかーらー! 引き出物よ引き出物! 式の出席者に新郎新婦が渡す粗品。ほとんどの場合使い道のない集合写真のプリントされた小皿とか、記念日の印刷されたマグカップとか渡されて、捨てるに捨てられなくて物置の肥やしになる引き出物!」
「引き出物が何かくらい知っとるわ。俺の知り合いのときはパウンドケーキだったりギフト券だったりで、処分に困ることはなかったが」
「何それ羨ま――じゃなくて味気ない! あんたの知り合い淡白すぎるわよ」
おい、本音が漏れたぞ今。
「……知らんよ。下手な記念品贈ると呪詛でも送られると思ったのかねぇ……? ――まあ過ぎた話だ。
で、エルモは俺に何の用なんだ? 察するに引き出物と……その、みかん箱? が関係してそうだが」
なんというか、その箱から言いようのないどす黒い気配を感じるのだが。
言外に警戒してますよと示しつつ続きを促すと、エルモは若干俺から目を逸らして、
「……ちょっと副業のつもりで買い込んだ商品があるんだけど、せっかくだからこれを提供できないかと思って。…………もちろん、原価で提供するわよ?」
「お前マルチ商法に引っかかったな!?」
「即バレ!?」
わからいでか、この馬鹿エルフめが!
副業、買い込んだ、原価提供。これだけ揃ってエルモのこれまでの所業が加われば、それこそ一瞬で答えに行き着くわ。
おおかた儲け話に乗せられて買ったはいいものの、売りつける相手がいなくて騙されたことに気づいたんだろう。
目を怒らせて怒鳴りつける俺に、借金エルフはだらだらと脂汗を流して弁明する。
「ちょ、ちょっとした投資のつもりだったのよ。絶対儲かるって触れ込みだったから――」
「義務教育からやり直せ! 大体なんでそんなもんに引っかかる!?」
「万年金欠なのよ! 安定した収入が欲しいと思って何が悪いの!?」
「この間マフラーの刺繍で結構な額を払っただろ!」
それに俺は知ってるぞ、エルモ。
あの刺繍、俺が描いて依頼したアイヌ文様のデザインを、こいつはそのままパクってエルフの商会に売り飛ばし金を二重にせしめてやがったのだ。
アーデルハイトに贈った刺繍は見事な出来だったから文句はないが、それでもこんな使い方をされたと知ればいい気分はしない。
俺の指摘を受けたエルモは、その言葉の何かが琴線に触れたのか目元をひくつかせた。
「あんなあぶく銭! 速攻で借金取りに持って行かれたわ! デザイン料だって鏃の加工で足元見られてほとんど残ってないわよ!」
「はんっ! 残念だったなぁ、役職持ちの追加費用は各人の持ち出しだ。精々増える出費に苦しむがいい!」
「ちょっ!? 弓兵にそれは殺生でしょ!? ……お願いだからこの通り! どうか私を助けると思って! この小物買い取るように団長に掛け合って!?」
土下座するほど追いつめられてるのか……。
神様仏様猟師様と拝み倒してくるエルモを尻目に溜息をつく。……本当にどうしてくれようこのギャンブル狂い。
……それにしても、こいつが引っ掛かった商品とは何なのだろう。それほど一獲千金の夢が刺激される代物なのか。
怖いもの見たさに後押しされ、恐る恐る木箱の蓋を開けてみる。本当にちょっとした小物なら、引き出物とは言わずとも何らかの粗品として使えるかもしれない。
緩衝材として藁を敷き詰めた木箱の中。そこにあったのは――
「……全、自動……芋剥き、機……?」
「ver3.12。山芋もいけるんですって」
「この、馬鹿……っ」
どこかで見たような魔道具を手に、がっくりと膝を折る。何かに反応したのか、芋剥き機はウィンウィンと音を上げて高速で内部の皿を回転させ始めた。
どうしよう。ほんとどうしよう、この馬鹿。今回の戦いの功労者に対して言うのは非常にアレだが、もう……どうしよう。
もはやつける薬はない。紙一重を地で行くこのエルフに、常人がついていけるはずがなかったのだ。ほんとキワモノだなあエルフって!
半ば放心しつつ現実逃避を始めていると、突然酒場の扉を開け放って救いの主が現れた。
「あー、あー、あー。もうなんなんじゃ、いきなりグリフォンの発着場も追加して設計しろとか、ふざけとるのかあの団長は。いきなりの仕様変更がどんなにめんどくさいか理解しとらん! 段取り八分の意味を叩きこんでやらねば。
――ん? どうしたんじゃコーラル? パンでも床に落ちたのかのう?」
ギムリンがそこにいた。何やら徹夜でもしたような胡乱げな気配を纏い、勝手な注文を押し付けてくる団長への陰口を叩いている。
「爺さん……」
「床に落ちたもんは食うでないぞ。ばっちいし、なによりお主は病み上がりじゃ。もっと養生せん、と……」
怪訝な視線は俺に向かい、次いで手元へと移った。俺の手にはいまだにグィングィンとパワフルに回転する魔道具の姿が。
ドワーフの視線は魔道具に釘付けとなり、筋肉質な矮躯がわなわなと震える。
「……爺さん? どうした一体?」
「ゆ……」
「ゆ?」
「閃いた……ッ!」
突然の歓声だった。わけのわからない俺とエルモを置いてけぼりにし、ドワーフは何やらぎらついた目つきで哄笑を上げる。
「そうじゃ! そうじゃった! 魔力! 回転! それだけあればすべて解決! 儂って天才じゃのう!」
「爺さん!?」
「その魔道具! 儂が全部貰っていいかの!? なあに金は払うで心配はいらん! それに上手くいけば経費で落ちる!」
「何の話だ、爺さん!?」
駄目だこいつ、話を全然聞かねえ。
徹夜テンションでゲタゲタ笑いながらギムリンは木箱を担ぎ、颯爽と酒場を去っていった。あとには呆然と立ち尽くす酔客達のみ。異様な光景を目にして、ほとんどが酔いを吹き飛ばされた顔をしていた。
「一体何なの、あれ……?」
「知らんよ……」
まあ、なにはともあれ。
今後俺たちの目標は、とりあえずは定まった。
一年後に迫るイアン団長の結婚式。それを盛大に祝ってやるのだ。
何を用意してやろう、なんて悩みは今は横においておこう。なにせ一年も余裕がある。おいおい考えていけばいいさ。
願わくば、この結婚が誰にとっても幸福なものでありますように。




