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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
飛びあがる魔物狩り
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あかるい都市計画:優れたリーダーを選ぼう

 問1

 とある国の生産能力はそのどれもが他国を凌駕している。特に優れているのは小麦の栽培だが、鍛冶の腕はドワーフを超え、製作する魔道具の機能はエルフ以上。肥沃な平原は畜産にも適していて、採掘される鉱石は使い切れないほど。国民はみな真面目で勤勉である。すなわち、その国は他国に対しあらゆる面で絶対優位にある。

 働き手は十分ではないが生きていくために足りないということもなく、その国は単体で完成しており、自給自足が可能な環境にある。

 その上でこの国が、技術、生産力、人口、土地面積に劣る他国と交易を行って得られるメリットを、なぜそうなるのかの理由も含めて答えよ。


 問2

 財に対する課税は市場における売り手と買い手、双方の厚生を減少させる。この減少分を死荷重と呼ぶが、死荷重が最小化されるために最適な税制とその規模を述べよ。


 問3

 限られた生産力を活用し、厚生を最大化させるために最も効率的なのは自由貿易である。この原理が健全に機能するための前提条件を答えよ。

 その上で、この前提条件をクリアするために行うべき適切な政策を述べよ。


 問4

 貧困の拡大は市場規模の縮小をもたらす。その理由を述べた上でこれを解決するために政府が行うべき政策を答えよ。


 問5

 街道や船着き場など、利用者が特定できなくとも――――



   ●



「――この問題に解答が可能な人物をハスカールに派遣してください。ドナート村長とイアン団長、それと数人の代表が同席したうえで面接を行い、適正と判断した人物を執政官として受け入れます」


 領城ジリアンの執務室に淡々とした声が響く。

 どさり、と羊皮紙の束を執務机に置き、『鋼角の鹿』副団長ウェンターは取り澄ました顔で臆面もなく言い放った。

 執務室には辺境伯とその側近が数名。彼らに囲まれ威圧されながらも、副団長はまるで動じた気配を見せない。

 羊皮紙には彼が条件として提示した試験問題が書き込まれ、ご丁寧なことに解答用のスペースまで備えてある。確認した限りではそれぞれ三セットほど用意したらしく、それ以上の解答者は自前で用紙を写すようにとのことだった。


「別に裏で隠れて数人がかりで解答を作成しても構いませんが、面接で解答内容について質問します。答えられない場合は違反行為者として落第扱いにしますので悪しからず。

 あぁ、別に我こそはという人物がいなくても構いません。その場合はこちらの推薦する人物を執政官に任命して頂きます。候補としては、イアン団長、クラウス・ドナート村長、ハスカール顧問のミンズ氏といったところでしょうか。

 もちろん、竜騎士を任命させろというなら候補者にアーデルハイト・ロイターを加えても――」

「ふ……ふざけるなぁっ!」


 副団長の声を遮り、領城に勤める執政補佐官の一人が怒鳴った。髭を整えた顔は怒りに赤く染まり、わなわなと拳を震わせている。


「今貴様が挙げたのはどいつもこいつも貴様らに縁故の連中ばかりではないか! 辺境伯閣下に帰属すると言いながら肝心の都市を私物化するなど言語道断! 恥を知れ!」

「お言葉ですが、この候補はあくまでそちらが適当な執政官を派遣できない場合の備えです。我々の稼ぐ財にも限度があります。私欲にまみれた教養に欠ける豚を養う余裕などありません」

「豚だと!?」

「今後交易都市として発展していくハスカールです。治める人間にも相応に、経世済民に対する素養が求められます。それを見るための試験問題です」


 セーの法則だの共有地の悲劇だの、思い出すのに苦労しました、とウェンターは嘯き、そんな態度が補佐官たちの空気をさらに険悪化させていく。

 今後辺境伯に臣従する人間の態度とは到底思えない、というのが彼らの一致した思いであり、臣従にいい印象を持っていないウェンターにしても望むところの展開だった。


「……大体、あなた方は我々を何だと思ってるんですか? どうせ斧を振るうしか能がないごろつき風情だとでも思ってるんでしょう? 金のなる(むら)を偶然手に入れた物乞いから、村を取り戻して(・・・・・)やろうとでも考えましたか? 田舎武者に任せるよりも、生粋の役人が取り回した方が遥かに美味く(・・・)税を搾り取れると?

 ――ふざけた話だ。あの村をここまで興してきたのが、誰だと思ってるんだ」


 その瞬間、がらりとウェンターの纏う雰囲気が一変した。飄々と感情を交えず受け応えする冷静な副官といった印象から、煮えたぎった溶岩もかくやという怒りの形相へ。

 闘技場を生き残り、戦場において大剣を振るう悪鬼のような男を前に、文弱極まる役人がどう相対できるというのか。


 蒼褪めて黙り込んだ役人たちに、副団長は畳み掛けるように言った。


「あれは俺たちの村だ。俺たちの都市だ。俺たちが拓いた交易路で、俺たちが担ぐ団長だ。下らない横槍は許さないし、豚の餌にする無駄な資金なんてない。貴族が着飾るための増税など期待するな。

 ――もっとも、ハスカールや半島全体に利益のある政策の提言なら否やはありません。念入りな調査の上、前向きに検討させてもらいます。

 ……当然、田舎者な俺たちが考え付かないような、それは素晴らしい意見が貰えることを期待してます」

「貴様っ――」

「待て」


 挑発を繰り返す副団長に、再び激しかけた補佐官を止める声がした。

 ジークヴァルト・ミューゼル辺境伯。彼は不遜極まりない謁見者を前にこめかみを抑えつつ、彼が持ち込んできた試験問題に目を走らせているところだった。


「……ウェンター副団長。この問題は、『客人』である君たちが有する知識によるものなのだね」

「は。我々が四人がかりで作成し、ドナート村長が校正を加えたものです」

「そうか、あの男が……」


 何やら納得した様子で辺境伯は頷き、疲労を感じさせる溜息をついた。

 はたと視線を副団長に合わせ、彼は言う。


「ならばこの問題、問ごとに元になる思想(・・・・・・・・・・)が異なっているのは、故意の仕業なのだな?」


 確信を籠めたその言葉に、鬼の副団長はわずかに目を瞠った。

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