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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
飛びあがる魔物狩り
189/494

雨の日の不良のごとく

 ――――ぴ。


「……まずは寿ぎましょう。かの征服王ですら成し遂げられなかったグリフォンの討伐、おめでとうございます。これによって『鋼角の鹿』の武威はさらに高まり、半島と王朝に跨って存在感を誇示することになるでしょう。イアン団長の栄華は約束されたものとなりました。

 ――しかし、しかしです!」

「おごっほぉっ!?」


 ドス! と力任せに拳が肉を打ち付ける音。寝台に横たわったままでは木槌のように振り下ろされた握り拳を避けることも叶わず、腹筋を潰される激痛にたまらず俺も悲鳴を上げた。


 ――――ぴ。


「コーラル! 私は以前貴方に忠告したはずだ! いい加減その単独で突出する悪癖を慎むようにと! ……あれからまだ半月と経っていないのに、どうしてまた同じ無茶をやらかすのです!?」

「ハイジ、ハイジや。俺怪我人だから。こう見えて打撲とか治りきってないからもう少し手加減を――」

「話を逸らさないでくださいっ!」


 ふがっ!? 痛い痛い痛い!?


 容態を見透かしたように怪我の残る部分を的確に殴りつけてくるアーデルハイト。こちとらまだ猟師小屋から出られない身の上だってのにここまでやるか!? お父さんこんな子に育てた記憶はありませんよ!?


「わ、私もこんな父親を持った覚えはありません!」

「こ、こいつ心の声を読み取って――って痛い痛い!」


 ――――ぴぴ。


「大体、空を飛ぶ魔物を相手に歩兵だけで挑むなんて自殺行為です。せめて私に声をかけていれば、傭兵団も百人近い被害が出ることもなかったはずだ」

「そんなことをしたら手柄にケチがつくだろうが。竜騎士の参戦は不許可だよ。あくまでうちが単独で戦うことに意味があったんだから」


 今回の戦いに辺境伯の兵は欠片も関わらせるわけにはいかなかった。たとえ一騎のみとはいえ竜騎士なんて参戦させれば、領城の役人たちがどんな言いがかりをつけてくるか。

 領主に納める税金が増えるだけならまだましだが、下手をすれば現在建設中の都市にまで横槍を入れてきかねない。

 そう説明すると、アーデルハイトは理解はできても納得しきれていないという顔で頬を膨らませる。


 ――――ぴっ。


「言い分は理解しました。確かに傭兵団は被害を承知でグリフォンに挑む必要があったのでしょう。

 しかしそれを抜きにしても貴方の行動は向う見ずに過ぎる。勝算があったとはいえ、数百年を生き抜いた内海沿岸の主にひとりで挑む理由にはならないでしょう」


 ううむ、確かにそれは軽率だったと反省している。どうにもあの時は血がのぼって冷静さに欠いていたというか。

 次があるときはもっと入念な準備を施して、それこそ完全な奇襲を決めてやるのだが。


 ――――ぴぃ。


「……あぁ、その眼だ。全く反省してませんね、コーラル」

「…………。何を根拠に」


 ―――――ぴぴぴ。


「目を逸らさないでください。私が何を言ってるかわかりますね? あなたは人の心配を何だと――」


 ――――ぴー、ぴぴぴ、ぴぃぴぃ。


「あぁぁもう五月蠅い! 一体何なんですかさっきからのこれは!?」

「見てわからないか?」

「わかるわけがないでしょう!? どうしてあなたの家の前に、あんなもの(・・・・・)が群がっているのです!?」


 そんなに苛つくかねぇ? 慣れれば結構可愛らしい鳴き声なんだが。


 心底苛立った様子の竜騎士が窓の外をびしりと指差す。そこには、


 ――――ピピっ。

 ――――ぴぃぴぃ。

 ――――ぴー、ぴっぴっ?

「あーもうそんな群がるなって! ちゃんと全員分兎肉用意してっからよ!」

「オウン……」


 兎肉を手に佇む傭兵団長と大柄な白狼、そして彼らに群がるグリフォンの幼体の姿があった。数にしてなんと二十匹以上。

 ……グリフォンって匹で数えていいんだっけ?


「……うん、まぁその、あれだ。……話はそんなに長くはならないんだが」


 あれはそう、グリフォンの討伐が成功した直後に話は遡る。



   ●



 統率個体が落雷で絶命した途端、生き残っていたグリフォンたちはたちまちに算を乱した。悲鳴を上げて逃げ惑い、まともな反撃もままならないまま討ち取られる。

 どうにか空に飛び立った個体も、再び傭兵たちの元へ突撃を試みようとする様子は見せなかった。……すでに勝敗は決している。黒い鷲獅子がいたなら無理にでも抵抗を試みていたかもしれないが、そんな気概は空を飛び散る配下たちから見て取ることができなかった。


 敗走し散り散りに飛び去っていくグリフォンたち。どこかで野垂れ死ぬか、新たな群れを興すか、それはわからない。ただはっきりしているのは、この内海沿岸で彼らが群れを再び形成することはないだろうという一点である。


 重傷のために身動きが取れず、白狼の背中でうつ伏せに倒れ込んで移動を任せ、本隊と合流した俺は、逃げ延びるグリフォンたちの将来について思いを馳せる。

 …………目の前の光景から現実逃避するために。


「……団長」

「おう!」


 副団長の氷点下の呼びかけに当の本人は元気に応える。つい先ほどまでの激戦などなかったようなエネルギッシュさで走り回るさまは流石というところか。

 問題は、その若造が満面の笑みで差し出してくる一抱えほどの物体なのだが。


「…………それ、なんです?」

「グリフォンの卵! 時々中から音が聞こえるし、そろそろ孵るかも――」

「元の場所に返してきなさい!」


 副団長、魂の絶叫である。

 というか、グリフォンって卵生だったんだ。


「何考えてるんですか!? 今の今まで殺し合ってた魔物でしょうが! そんなもの持ち帰って何する気なんですかこの馬鹿!」

「いやせっかくなんだし持ち帰って孵してみたいんだって。うまく育てれば背中に乗って空飛べるかもしれないしさ! 巣穴の方にはまだたくさん卵があったし、数が揃えばドラゴンナイトよろしくグリフォンナイト! なんつって――」

「飼い慣らせるわけがないでしょうが! あんたブリーダーの資格でも持ってるのか!? そんな猛獣、世話する余裕なんかうちにはない!」

「ちゃんと面倒見るからいいだろ!? 空に夢見る男の浪漫がわからねえのか!?」


 ちょっとだけ共感してやろう。風を切って空を飛ぶあの快感は、ちょっと病みつきになるくらいのものだったから。

 …………もちろん、副長が怖いから口を挟むことはしないが。


 目の前の口論を眺めながらそんなことを考えていると、二人はどんどん白熱していく。


「ああそう! ああそうですかそうですか! だったら団長の希望だった騎兵科は諦めて下さいよそのための予算だったら回してあげるんで!」

「おいこらどうしてそうなるんだよ!?」

「作戦前に配った資料読み返せ! グリフォンの好物は馬! グリフォンなんて運用してたら馬が怯えて使い物にならなくなるでしょうが! だからグリフォン使うか馬使うかは二つに一つ! そこのところ弁えた上で決めてくださいこの馬鹿!」

「馬鹿馬鹿ってうるせーや! だったら馬と掛け合わせてヒッポグリフでも育てりゃ済むだろ!?」

「いつからうちは畜産業者になった!? 大体馬を襲う魔物と馬を掛け合わせるなんて、そんなメルヘン生物出来上がるわけないでしょう!?

 ああもう! いいからその卵を寄越しなさい……!」


 業を煮やした副団長が団長に掴みかかる。それを防ごうと団長は卵を高く掲げて後ずさり、


「おいコラ何しやがる危ねえだろがやめろって! 腕掴むな足引っかけるな投げようとするな! 倒れる倒れる卵割れるってやめ――あああああぁぁー!?」



   ●



「――と、どうやらあの卵、孵化が間近だったらしくてな。倒れた拍子にぱかり、と。

 村の中で面倒を見るわけにもいかないから、猟師小屋の近くに巣穴を移築して世話してるわけだ」

「…………」


 ちなみに刷り込みもばっちり。現場に居合わせた団長と副長、そして俺とウォーセに雛(?)は懐いている。……知能の高い魔物だから、そのうち意味のなくなる本能ではあるのだが。


「あの時割れた卵から生まれたのが……ほら、そこの馬鹿の頭に乗っかってる黒い奴。あれの孵化に釣られたのか、巣穴を覗いてみたら次々と卵に罅が入って……」

「はぁ……」


 あの時の光景を臨場感たっぷりに説明していると、アーデルハイトが深々と溜息をついた。……なんというか、まだ十代の女の子にさせてはいけない類の顔つきで。

 これもすべて、鉄壁のイアンってやつの仕業なんだ。今回ばかりは俺は悪くねえ。


「いててっ!? 頭に爪立てるなって! 肉はあるって言ってるだろ!?」

「オウ……」


 子猫ほどの大きさのグリフォンたちに群がられてイアンが悲鳴を上げた。傍らでは鬣をついばまれて困り果てたウォーセが耳をぺたりと寝かせている。

 ……そんなに嫌なら雛など置き去りにして小屋に閉じこもればいいのだが、それをしないのはこの狼の子供に弱い性分ゆえだろう。

 あんまりやり過ぎると溜まった鬱憤を晴らしたいのか、後で俺にじゃれつきまくってくるのだから、そろそろ引き剥がした方がいいのかもしれない。


「――まぁ、そんなわけで今回の作戦の結果、半島は面倒事がひとつ消え、うちは面倒事を一つ抱え込むことになったわけだ」


 うむ、まったくもっていつも通りである。


「とはいえ、本題はむしろここからだよ。この戦果を盾に俺たちは辺境伯との交渉を有利に進めなくちゃならない。俺たちの戦いはこれからだ、ってやつだ」

「不穏ですね。相手は利権を食むことになれた政治屋です。腕っ節一辺倒の傭兵が相手取るには荷が重いかと」

「まあ、()は播いた。『あれ』ができなければ所詮その程度だし、理解できたら理解できたで波乱は必至。辺境伯がどんな答えを出すのか、お手並み拝見というやつだよ」

「コーラル? 何の話をしてるのですか?」


 話に追いついて来れないアーデルハイトが怪訝な顔で問い質してくる。……そりゃあ、例の件は彼女に何の説明もしてないしなぁ。

 だが敢えて説明してやらん。ヒントだけはくれてやるから、自分で悩んでみるがいい。


「帰順に際しての条件だよ。辺境伯がハスカールに相応しいか、ちょっとした試験をね。

 ――比較優位って、知ってるか?」

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