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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
飛びあがる魔物狩り
184/494

磔刑にて踊る

 死体や重傷者の転がる場所に突っ立っている男がいれば、それは目立ったことだろう。上空からならなおさらである。

 上空を飛行していた黒い鷲獅子は、俺が立ち上がったのを一瞥するやまっしぐらに襲いかかってきた。

 急降下からの鉤爪による襲撃。飛行の加速と体重を乗せた斬撃は、人体なら脳天から股間まで両断するに余りある。


「――ぐ、ぬ……ッ」


 絡めとる。槍を払い爪の軌道を逸らし、出来た隙間に身体を入り込ませた。一瞬受け止めた爪撃の重みに脚が萎えそうになる。胸の革鎧をわずかに掠め、鉤爪は一瞬の停滞もなく傍らを過ぎ去った。打ち付けた地面が盛大に土煙を上げ、着地の衝撃がこちらの腰に響くほど。


 返す刀で穂先を突き込む。狙いは前脚の付け根、猛獣なら大動脈が通る箇所。この槍の付呪込みの刺突なら掠るだけでもそれなりに通るはず。

 ――と。


「ケェ――――!」

「この……!」


 じろり、と。

 猛禽の瞳。獲物を逃さない狩猟者の括目。

 まるでこちらの狙いを見通していたような視線で睨み据えられた。

 爪は未だ地面に埋まっている。嘴は肩が邪魔をして稼働域外にある。翼もまた同様。

 鉤爪が動かない限り絶対の安地にいる俺を捉える眼は、未だ攻撃を諦めていなかった。

 物理的な攻撃が届かないとなれば、これのとる手段は恐らくひとつ。


 収束する魔力の気配。蠢動する死の鼓動。

 足元から迫る正体不明の殺気は、迷うことなく俺に向かって――


 地中から獲物を突く土の槍が、跳びあがるようにせり上がった。


「――――――はッ」

「キ――――!?」


 驚愕の声は酷く甲高かった。

 外套の残骸を引きちぎって掠め過ぎる土槍に背筋が寒くなる。僅かに半歩。それだけ立ち位置を誤れば、俺の尻穴は二つに増えていただろう。


 だが見える(・・・)。見えるぞ、黒んぼ。


 お前が放出する魔力も、変換され収束する緑の魔力も、俺を射殺さんと形をつくる土の槍も、この眼が全て実像をもって捉えている。

 初動は見切った。起点は足元。どれだけ伸びる(・・・)かも一瞥あれば暴くに足りる。

 これだけ材料を与えられて、躱せない道理などあるものか――――!


「ケェェ――――!」

「――――――」


 ステップを踏んで左右に動く。追うように連続して突き上がる槍は全て空を切った。

 舞うように腰を捻り、目前までせり上がった土槍を叩き折る。


 無数に生え視界を埋め尽くしていく褐色の槍。ダカダカと生え伸びる音は断続し銃声のよう。足を貫き腹を破ろうとする槍撃、その悉くを回避し尽す。

 笑みが漏れる。絶え間なく足を捌き紙一重で身を躱すさまは、自分で見てもまるで踊っているみたいだ。

 土がうねり砂礫が砕ける音を背後に控え、舞台を跳ねまわる演目はさながら死の舞踏(ダンス・マカブル)か。観客が猛獣一頭のみとは興がない。


 剣山のようになった足場に踏み場をつくるため邪魔な土槍を蹴り砕いた。不安定な足場に乗り上げて僅かに重心を崩す。

 既に人の背丈ほどに生え伸びた土槍、その尖端に魔力が灯った。


「ぁ――――」


 仰け反った顎先を土槍が掠めた。

 土槍の穂先から茨のように別の槍が生えている。口づけでもしそうな距離のそれを、右手で振り上げた槍の石突で砕き飛ばした。


 その時、俺に紛れもない死角が生じた。

 顔が背後を向きそうなほど仰け反った身体。振り上げた右腕。背中はブリッジでもしそうな角度で地を向いている。

 ――そう、無防備に背中が地面に向いていた。


「キァ……ッ!」


 猛禽の瞳が殺意に煌めいた。たまさか生まれた隙を逃す気はないと言いたいのか、鋭く伸びた声は魔力を伴い地面に浸透し、俺はこれからやってくる激痛に耐えようと歯を食いしばり、


「――――――っ!」

「キ…………!?」


 打ち上げられた(・・・・・・・)

 恐らくは渾身の魔法撃。地面より生じ敵を下から串刺しにする必殺の土槍は、その鋭利さにもかかわらず獲物を貫けず、空に向けて打ち飛ばした。

 浮遊感。勢いよく打ち上げられた俺の身体は、一瞬で数メートルの高みに到達する。

 背後に回した左手から、青白い光の残滓が宙を舞った。

 背中を守るのはドワーフ合金の強化円盾。グリフォンの爪を凌ぐこの盾が、たかが土の穂先に貫かれるはずがない。盾は見事突きを防ぎ切り、その勢いは盾の持ち主を上空に弾き飛ばした。


「――ぉぉお――――!」


 跳んだぞ、黒んぼ。

 今や上方の利はお前にはない。翼を躱し嘴を躱し、俺の身体は無防備なお前の背中を見下ろしている。

 隙を突くとはどういうことか、身をもって教えてやる――――!


 蒼い燐光を残して右手の槍が霧散する。新たにインベントリから取り出したのは、これまで数多の魔物を突き殺してきた象牙色の牙刀。

 落下とともに鷲獅子の背中がみるみると迫ってくる。猫のように手足を振って態勢を整えた。

 落ちていく。短刀を逆手に握り、狙いを定めて振りかぶり――


 ――――牙を突き立てる行為を食らいつく(・・・・・)と称するのなら、これはまさしくそれ(・・)だった。


「ゲェエエエエエエ――――ッ!?」

「んの、暴れんな……!」


 背中に突き立てた短刀を手掛かりにしがみつく。狂ったように暴れ回るグリフォンの背中はロデオマシーンなんぞ目じゃないくらいの悍馬っぷりだ。短刀の柄と鬣を握りしめ、抱き着き人形のごとく脚でホールドしてなおも振り落とされそうになる。

 背中に深々と突き刺さった短刀を、さらにぐいぐいと押し込んで傷を広げた。ごりっとした手応えはこいつの肋骨か。むしろ嬉々としてさらに押し込んだ。


 ――だが、死なない。

 心臓には届いていないのだろう。象を上回るこの巨躯だ、後ろから刺して届かないのは理解していた。

 しかし位置的に肺に穴は開けているはずだ。いまも溢れている鮮血の色からして傷つけているはず。それでもまだ動きに衰えが見えないのはどうしたことか。

 ……まさかこいつ、片肺でこれだけの動きが出来るのか……!?


 焦りを覚える。短刀を押し込む。柄頭を殴って一際深く刺さり込ませた。噴き上がった鮮血で手がぬめる。

 まだ死なない。衰えない。激しさを増す抵抗に跳ねる身体。猛禽の頭部を限界まで捩じってこちらを睨み、鷲獅子は未だ戦意に満ちていた。


「いい加減に、な――――!?」


 唐突に、抵抗が止んだ。

 鷲獅子は翼を広げ、掲げるように背筋を伸ばしていた。何かを待ち構えるように、備えるように。

 見れば両翼のすぐ下、地面とのはざまに、ふたつの奇妙な空間の歪みが現れていた。微かに流れる風が歪みに向けて吸い込まれるさまが魔力感知に引っかかる。


 重力場。

 形成すれば周囲の動きを拘束し、解き放てば爆薬じみた炸裂を見せつける。

 この鷲獅子は、つい先ほどそれを使ってなにをした……?


「お前――――!」

「ケェ――――!」


 カタパルト。

 初速は恐らく、亜音速に到達していただろう。

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