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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
飛びあがる魔物狩り
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慙愧の妄念

 恩義があった。

 だがそれ以上に、清算しきれない引け目があった。



   ●



 一瞬、気を失っていたらしい。

 気が付けば俺は地面に倒れ伏していた。

 周囲を見渡せば傍らに槍が転がり、遠くには傭兵だった(・・・)物体があちこちに散乱している。……重力場に拘束されたあと、間近であの爆発を受けたのだ。生存は絶望的だと思ってはいたが。


「うぇ、ぶ……」


 胸からせり上げる感覚のままに吐瀉すると、口から出てきたのは真っ赤な液体だった。……鮮やかな色合いから見て、肺のどこかが破れたか。先ほどから感じる息苦しさの原因が知れたのはひとまずの前進といえる。

 肋骨が何本か折れているらしい。胸だか背中だかがひどく痛む。


 息苦しい。胸が痛い。身動き一つで激痛が走る。うまく酸素が取り込めないのか、酸欠でこめかみがずきずきと痛んだ。

 やっとの思いで光魔法を発動し、取り急いで胸の治療に当たる。呼吸もままならない状況というのは肉体以上に神経をすり減らしていた。


「ぁ……い、がぁ……」


 左腕の感覚が鈍い。腕を下敷きに寝て痺れたときのような、自分の身体でないような感覚。

 見下ろせば、左肩の形が歪に変形していた。


 ……脱臼してやがる。


 思い出したように主張してくる激痛を噛み殺し、力の抜ける左腕を右手で掴んで押さえつける。膝立ちになって蹲り、目標(・・)の地面をじっと見つめた。

 大丈夫、関節の嵌め直しは昔やったことがある。物凄く痛いが一人でもできるはず。いちにのさんで嵌め直せ。こういうのは引き延ばしたぶん辛いだけだ。


 さあ行くぞ。いち、にの、さん――――!


 思い切りよく、体重を乗せて勢いよく。

 意を決して肩を振り、俺は自分の肩を目の前の地面に叩きつけた。

 ごきん、とまるでギャグ映画のような音を立て、肩の関節が正常に整復し、


「が、ぁあああああああああああ……!?」


 何度やっても慣れねえんだよなこの痛み……!

 激痛にのたうつ。恥も外聞もなく泣き喚いて痛みを誤魔化した。涙とか涎とか垂れ流しでみっともないのは勘弁してほしい。というかこれを当たり前のように嵌めたり外したりできるリッ○ス刑事は頭がいかれてるに決まってる。ジェット・リーに殴り殺されろ。


「こん、の……ぅぅぅぁぁあああああ……」


 意味の通らない呻き声と喀血を撒き散らしてようやく立ち上がった。死体のような足取りで槍を拾い上げ、荒い息のまま空を見上げる。

 厚い黒雲に覆われようとする春の空には、悠然と飛行する鷲獅子の領主がいた。一体いつの間に飛びあがったのやら。


 そういえば、あれが飛行のために助走した姿を見ていない。あれと戦闘した場所に目を走らせても、大型肉食獣が離陸したような跡がなかった。あれほどの巨体なら、蹴り足の跡や翼の生む強風の痕跡が残ってもおかしくないはずだが。


「――――あぁ、そうか。あの重力場」


 重力を操るなら拘束ではなく反発も可能ということなのだろう。傭兵を吹き飛ばしたあの一撃に、自らは羽を当てることでカタパルトのように自身を上空へ弾き飛ばしたのだ。

 知識の魔物の面目躍如というやつか。相手をする身からすれば迷惑なことこの上ない。


「ひらひら飛びやがって、忌々し――げぅっ」


 こらえきれなかった。立っていられずに再び膝をついてえずくと、べったりとした血痰がひと塊。

 一際でかい波が引くと多少は気が楽になった。多分光魔法による治癒がひと段落したのだろう。さっきの嘔吐は景気づけ。血を吐くのはこれが最後だと思いたい。


 ――――あぁ、行かないと。


 よろよろと立ち上がる。槍に縋って足を引き摺りながら。回復魔法は継続して動かしている。そのうち痛みも退くだろう。

 萎えた脚に喝を入れる。こんな怪我大したもんじゃないってのに何ヘタレてやがる。これなら人食い魚に太腿を喰いちぎられた時のがよっぽど痛かった。だったらこんなもん屁でもない。


 だから前へ。ひたすら前へ。

 息があるなら、また進まないと。



 ――――なぁ猟師。お前のその不屈っぷりはどこから来てるんだ?



「どこって、そりゃあ……」


 どこからか降って湧いた言葉に、思わず返して苦笑する。

 これは団長の声。きっと幻聴だろう。この言葉も、この抑揚も、かなり昔に聞いたことがある。

 あれは確か、いつの話だったっけ。


 ……そうだ、あのスタンピードが終わってすぐのことだった。団長が、俺の往生際の悪さを指してからかったのだ。

 戦いが終わっての俺の身体は傍から見てもボロボロで、いつ倒れてもおかしくないと婆様に診断された。それを受けての台詞である。


 どうしてお前はこんなになっても立てるんだ、と。


 あの時は適当にお茶を濁してその場を誤魔化したが、俺からすればお前が言うなと言ってやりたかった。

 あんな、仲間の大半が死んだり引退したりする中、それでも上を目指すと意気込む奴の言うことなのかと。


 それにしても、不屈……不屈、ね。

 そんな大した精神なんて持ってないんだが。精々が負けず嫌いなだけで。

 あの海を泳ぎ切ったのも、御大層な理由や資質がもとになったわけじゃない。

 いわば深夜テンションのようなノリが浜辺につくまで続いたというだけで、別にいつ辞めても構わないと頭の端ではいつも思っていた。


 ――ただ、かつてという話ではなく、今現在立ちつづける理由というなら、明確なものを答えられる。

 あえて挙げるとするなら、本人が目の前にいたなら気恥ずかしくて絶対に言ってやらないが。――――それはお前の占めるところが大きいのだろうよ、若造。



 恩義を受けた。

 それ以上に、汲めども尽きない負い目があった。



 村を守って仲間を失わせてしまった。

 吹けば飛ぶような塵芥のような廃棄村を救うために、あの男は未来のある若者をどぶに捨てたのだ。


 俺のつまらない八つ当たりのために、立身の将来を捨てさせた。

 スタンピードを退けた勲功があれば、立身出世は思いのまま。どこかに所属すれば貴族位将軍位も夢じゃなかったはずだ。

 それをあの男は笑って放り投げてみせた。


 十年。十年あの村に縛り続けた。

 それだけあればあの男は何処まで上り詰めただろう。領軍にでも仕官していれば、今頃千人くらいは率いる身分になっていたのではないだろうか。

 確信がある。あれは好い男だ。分不相応なまでに上を目指す野心とその根明っぷりに、不思議とどこか惹かれる男は多い。きっと放っておいても勝手に出世して、酒盛りのたびに大騒ぎする名将軍になっていたに違いない。


 それが、未だにこれだ。

 今は興りかけとはいえ、元は廃棄寸前の寒村。それを引き起こす手助けなどをさせられている。

 本人が望んだこととはいえ、俺が引き込んだようなものだ。

 ――――そう。俺が、あの男をこんな場所に引き留めている。


 慙愧の念は溢れるほど。後悔など飽きるほどに。

 鉄壁の男に足枷をはめたのは、誰あろう俺なのだ。


 だから退けない。断じて斃れるわけにはいかない。

 俺はまだ、縛った分に見合うだけの見返りを、あの男に返していない。

 単純な話だ。あの男が掴んだものが、上り詰めた場所こそが、傍らに控える俺たちの価値を示す。

 俺の価値だ。俺の真価だ。決して安売りなどしてたまるものか。

 ならば――――その掴みとるものとは、あの男すら面食らうほどのものでなければならない。

 それこそ、


「悪いなぁ、黒んぼ」


 ――――そう、それこそ。

 城の一つや国の一つ、ポンとくれてやるくらいでなければ、割に合わないというものだろう――――?


「――お前の首、搔き切り取って踏み台にさせてもらうぞ」

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