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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
飛びあがる魔物狩り
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頭が高い

 翼に叩き落され、砂を齧る無様を晒しても未だ追撃の気配は止まなかった。

 痺れる腕を叱咤して地面を掴む。膝を着き身体をたわませありったけの魔力を四肢に籠めた。

 飛びずさる。急激に振り回した頭が鞭打ちのように痛みを訴え、流れる視界が真っ赤に染まった。


 それでも無理をした甲斐はあったのだろう。四肢も砕けよとばかりに後退した鼻先を、鷲獅子の鉤爪が豪風とともに掠めていた。

 間一髪。一瞬でも反応が遅れれば、俺の頭など柘榴のように割られていた。


「――――――ぐ、ぁ……」


 がりがりとブーツが砂利を噛んだ。勢い余り、砂煙をあげてなおも後方に流れようとする身体を、手に持つ槍を地面に突き立ててアンカー代わりに抑えつける。

 ようやく制止した身体から視線を上げれば、目の前には穂先が刻んだ斬痕が一直線に通っていた。さらにその先には黒の鷲獅子。間合いから大きく外れた俺に何をするでもなく、悠然と構えてこちらを見定めている。


「やってくれる……」


 方針を変更。正面勝負は分が悪い。

 嘴、前脚、そして翼。あれの持つ凶器はこの三つだ。刃物が三つに鈍器が二つ。どれもが身体の前方に偏り、真っ向からかかるならその分厚い護りにずたずたにされる運命が待っている。

 後方がお留守だぜ、と突っ込みたい気持ちも山々だが、鷲獅子とは元々魔物の中でも猛獣、狩猟する側の生き物である。側面から襲われる心配などするだけ無駄だし、それなら武装は前面に揃えた方が効率的だ。

 ファンタジー生物の癖に、なにげに合理的な身体の作りをしているところが何とも忌々しい。


「突っ込むのは愚策。――なら、回り込むか」


 槍を構える。刺突を狙い上段に。散々地面を削ったにしては、切っ先は未だ鋭利なままだった。


 走れ、走れ、走れ。

 動かなければ死ぬぞ。進まなければ死ぬぞ。

 血を搾り肉を潰し、骨を砕いてなおも前へ。闘争を躊躇う意味はない。刻む肉の差異など、敵か己かの違いでしかないのだ。


 ――残る肉片に一片の価値なく、死して屍拾うものなし。


「ははっ……」


 時代劇じみた一節が頭に浮かんで、思わず笑みが漏れた。剥き出した歯はそのままに、どこか愉快な獰猛さを胸に秘め地を踏みしめて、


 ――グリフォンが、翼を大きく広げた。


「――――――ッ」


 踏み込んだ。踏み下ろした脚は跳ね上がる鼓動よりも速く、背後に陥没した地面と紅い粒子を残して疾走する。


 ――羽を広げたグリフォン。恐らくは飛翔の前段階にある。脚を折り畳みその場での羽ばたきに神経を割くその瞬間、紛れもない隙が生じるはず。

 これを見逃す手はない。


「―――――ァァ――――!」


 鷲獅子の視界から外れるように回り込んだ。爪と翼、両方の間合いから外れ、かつ最短で懐に潜り込める立ち位置に一直線に走り込む。

 あれの視界は限られている。構造上、後ろを振り返ろうとあの黒い巨大な翼がこれ以上ない障害になるはず。一旦視線から逃れられれば――


「ケ――――」

「は――――!」


 途切れた。

 目で見るわけでなく、敵の視線が断絶したことを肌で感じ取った。羽ばたく翼に遮られたか、理由はどうでもいい話だが。


 方向を急転換する。斬りつけるように脚を踏み抜き、槍の石突を地面に突き立てて強引に勢いの向く先を切り替えた。槍から伝わる反発を使って横っ飛びに突きかかり、


 眼前には、無防備な鷲獅子の後ろ足があった。


「ケェ――――――!?」


 鮮血が舞った。浅く斬りつけた槍の穂先に紅い血が付着している。稲妻のような軌道で離脱し振り返ると、鷲獅子の尻から冗談のような血飛沫が噴き出している。

 ……出血ダメージ付呪の槍。バアルの落とし物も多少は役に立つらしい。付呪自体は穂先に施してあったらしく、柄を作り直すことで再利用している。黒檀の杖は犠牲になったのだ……。

 どうやらあの槍、材質からして特製だったらしく、鍛え直しても十全な復活とはいかなかったが、斬り合う分にはそう気にならないのだからよしとしよう。


「ふ、ん……」


 改めて槍を構える。あくまで先と同じように、焼き直しを見せつけるように。


 ……さあ、どうする黒んぼ? 定石は見えたぞ。

 攻め寄れば躱す。飛ぼうと羽ばたけば、それを隙に突きかかる。――これを繰り返せばいい。傷跡から流れる血は留まることなく消耗を強いる。力尽きるまでこれを続ければ、いくらその巨体でも耐えられまい。

 敵から奪った武器の効果に頼るとは情けないが、俺もなりふり構っていられないのだ。


「――――――」


 鷲獅子は無言。俺の持つ槍を凝視し、敵意に満ちた形相でじりと地を踏みしめ、


 ――その時のことだった。


「コーラル! 加勢だ!」

「な……!?」


 意識外から誰かの声が聞こえる。見れば前方、十時から一個分隊が駆けつけてくるところだった。分隊長の顔は知っていた。四年前に入団したカイルとかいう若者。


「かかれ! かかれぇ!」

「こいつを殺せば群れ全体が弱体化する。囲んで殺せ!」


 本隊の団長が加勢に寄越したのか。八人の男たちは盾を掲げ剣を抜き、グリフォンの後方から斬りかかろうと飛びかかっていく。

 鍛え上げた傭兵たち。装備の重さ感じさせることなく俊敏に攻めかかり――


「――――――」


 囲まれてさえも、グリフォンは無言だった。

 険しい瞳は未だ諦観を映さず、受けて立つように戦意に満ちている。

 背後を顧みもせずただ俺のみを睨みつける形相は、まるで後方の男たちなど取るに足らないと言うかのよう。

 馬のように踏み鳴らした前脚が、がしりと砂を削り取り、


 ――――その一瞬、鷲獅子を囲む空間が歪んだ。


「駄目だ、下がれ――――!」


 突き刺すような悪寒。頭の中で鳴り響く警鐘に急かされるまま怒号を上げた。

 しかし間に合わない。勘のいいカイルは何かに気付いたのか、困惑した様子で立ち止まり、


 ――ぐしゃり、と。

 まるで巨人の足に踏みつけられたように倒れ伏した。


「ぎ……!?」

「ぐぃ……!?」


 傭兵たちが苦悶の声を上げた。無様に這いつくばり身動きもままならないのか、見えない何かに未だ押さえつけられているようにもがいている。

 必死に身体を持ち上げようとして力尽き倒れる姿は、まるで老人が重荷を背負って立ち上がろうとするさまのようで、


「重力場か……!?」


 そんなものを何故グリフォンが扱える。……そう込み上げた疑問を押し留めた。

 なんてことだ。空を飛ぶ魔物が使うなら風の魔法だと思い込んでいた。火を操るエルフなんてものを知りながら、魔物ごときと先入観に縛られていた。


 不覚の報いは今ここに。若い傭兵たちが増大した自重に今にも押し潰されようとしている。

 ぎしぎしと軋みを上げるのは鎧の金具か、それとも骨か。口角から漏れる泡に赤いものが混じっている。


 ――――だが、まだ生きている。まだ助けられる。


「させるか――――ッ!」


 肉薄する。一直線に鷲獅子に踏み込み、懐に一撃を加えんと突進した。

 長期戦だの後の先だのと気取っている余裕はない。一刻も早くこの魔物を殺さなければ、今この瞬間地に伏している若者が本当に潰される(・・・・)

 馬鹿正直でも突っ込んで、一撃で仕留めなければ間に合わない。


「――――――」


 二歩で間合いをゼロにした。踏み越えた先にあった重力場に膝を折りそうになる。紅銀を撒き散らし、力づくに拘束を引きちぎってさらに前へ。

 槍を携え、今度こそ胸に突き込もうと跳躍した、その瞬間。


 目が合った。

 飛んで火にいる愚か者を嗤う、そんな瞳とかち合った。


 ――爆裂。

 圧縮し収束した空間の解放。反発して荒れ狂い、四方八方に飛び散る風圧をまともにくらい、俺の身体は紙切れのように宙を舞った。

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