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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
飛びあがる魔物狩り
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黒い鷲獅子

 エルモが五体、猟兵が七体、白狼が三体。それだけ倒したところでエルモの矢が尽きた。

 ちなみに猟兵が殺した七体のうち数頭は撃墜するも仕留め損なっていて、見かねて駆け付けた白狼が止めを刺している。これを計算し直すなら討伐スコアは白狼の独走状態である。


 地面に墜ちて暴れる鷲獅子の喉笛に食らいつき、息の根を止めたあとでこれ見よがしに鼻を鳴らす白狼の態度のなんと鼻持ちならないことか。……時折あの狼が向けてくる、やれやれこんな敵に手こずりやがって先が思いやられるぜ的な視線は、HPまで削りながら必死で雷撃をぶっ放しているエルモを逆撫でするのに充分ではあったが。


 結構な数を殺せたと自負している。団長たちが未だ十数体に留まっているのに対し、自分たちは二十頭近いグリフォンを殺したのだ。あちらとこちらで魔物の力量に差があるにしても、これはなかなかの戦果ではないか。

 ――あえて被害の件については目をつむる。そもそも指揮官向きでない自分が無理矢理部隊を運用したのだ。多少の人死にについては大目に見て貰わなければやってられない。


 そんなことをつらつらと考えていた、その時のことだ。

 猟兵を囲んで警戒していたグリフォン、その最後の一頭が意を決したのか突撃にかかってきた。


「この――――」


 どうしてさっさと逃げないのかと、思わず悪態をついた。すでに周囲の仲間は全滅している。こんな負け戦はとっくに見切りをつけて、新たな縄張りを探しに飛び去るのが獣の本能ではないのか。

 それともこれは、その高い知能のもたらした弊害なのだろうか。

 人語すら解するという鷲獅子の頭脳。それが叡智だけでなく人間が持つような腹の足しにもならないプライドを、彼らの胸中に形成しているのだろうか。


 確かめる術はない。問い質す間柄でもない。所詮狩猟者と獲物の関係で、戦いを通じで芽生える『何か』など、エルモには到底理解しえない代物だ。


 そして、それ以上に余裕がない。

 突撃を敢行する残党のグリフォン。これを迎撃しないと命の危険がある。


 銅の鏃は使い切った。周囲の死骸に突き刺さる矢は、魔物がのたうった衝撃でほとんどが折れて使い物にならない。雷撃を受けて融解しているものも多く、抜き取って使用するなど論外。

 魔法の使用もまた困難。連続した雷撃の使用と牽制の気流の操作でMPは枯渇している。朦朧とした意識では、まともに魔法を形にして敵に打ち込むほど集中を維持できるかも怪しい。

 猟兵の援護も頼りない。今まで身体強化で維持してきた連射速度だが、とうとうMPが危険域に達したことで魔力の節約に移行している。素の筋力で弩弓の装填がスムーズにできるはずがなく、ペダルを足で踏みつけ渾身の力を籠めてようやく弦を引く程度。これでは数発撃ち込めれば御の字だ。おまけに弾幕を張ろうにも味方の数が減り過ぎた(・・・・・)


 奇しくも状況は先刻と同様。迫る鷲獅子に相対する上官。余力をいちばん残しているのはエルモ一人。

 ここは副隊長として身体を張って威厳を示す時だろうか、などとふざけた感想がふと頭をよぎり、あまりのミスマッチ加減に苦笑して、


「――――馬鹿な鶏頭ね。側方不注意よ」

「いやまったくだ」


 目前に飛来する一頭のグリフォン。その首元に、横合いから投擲された一振りの大斧が突き立った。

 ギロチンじみた一撃は鷲の頭部を半ばまで切断し、その質量によって魔物の体躯を弾き飛ばして直撃軌道にあった猟兵たちを庇う。


 何者の仕業かなど問うまでもない。こんな鉄火場で鷲獅子への奇襲を成功させる手合いなど、エルモは一人しか知らなかった。

 ひっそりと影から滲み出るように現れた男。群青の外套はびりびりに引き裂かれ、身体中を返り血で染めている。顔だけ無駄に綺麗なのはここに来るまでに呑気に洗顔でもしていたからか。


「――悪いな。少しフライトを楽しんでた」

「遅いわよ馬鹿。宴もたけなわで私達だけで終わらせるところだったわ」

「それはなにより」


 エルモの虚勢に鼻を鳴らし、猟師は部下を睥睨した。


「猟兵、損害報告」

「……重傷六名、軽傷は二名よ」


 軽傷者が少ないのは浅い傷は自力で治癒させているからだ。全員に習得させた光魔法が、猟兵に継戦能力を与えている。


「何人死んだ」

「七人。……その、私の次席のヴィゴーもやられたわ。嘴で胸に大穴をあけられて」

「そうか――」


 軽く頷き、男はおもむろに空を仰いだ。暗雲の立ち込める空は暗がりを帯びていて、見通しのつかない未来を案じさせるかのよう。


「――潮時だ。半数が戦闘不能で怪我人抱えてちゃ、まともな戦いにならない。

 あの辺り、南東の茂みに一旦引き揚げろ。木が邪魔をしてグリフォンに襲われないはずだ。そこで怪我人の治療に専念。婆様の軟膏は充分に持ってるな?」


 言って、猟師は近くの森を指さした。


「手の空いてるものは周辺の警戒。トマト(・・・)をぶち撒けておけ。それと、場所を確保したら本隊の方の怪我人も回収して治療しろ。あっちの方が損害は多いはずだ」

「まるで衛生兵ね」

「仕方がない。回復魔法を纏まった練度で使えるのはうちだけだ。引っこむしかない以上これくらいはやらないと」


 少数で何でもこなせるよう多芸に鍛えた猟兵の弊害か。味方の足りない部分を補うために走り回ることになる。


「――さて、戦線離脱を決定したのはいいんだが、代わりに得た戦果が敵二軍の殲滅じゃ格好がつかないだろう?」


 大まかな方針を打ち出した猟師は、何を思ったのか不意にそんなことを言い出した。

 ひん曲げた口元と裏腹に、その瞳は揺らめく炎のような戦意に満ち満ちている。


「そんなわけで、行ってくる。……なに、大したことをするわけじゃない。そこの――」


 そう言って指差した暗い空。その先には天空を旋回し戦場を見下ろしている、一体のグリフォンがいた。

 黒い体毛、巨大な体躯。首元の鬣は長くたなびき、その様はまるで猛禽の覇王のよう。


 ――統率個体。その場にいるだけで配下の基礎能力を格段に向上させる、魔物の親玉がそこにいた。


「――そこの、高みの見物を決め込んでるブルジョア気取りを潰してくる。

 エルモ。お前は南東へこいつらのエスコートだ。そのあとは……わかっているな?」

手筈通り(・・・・)に。――けど、まだ条件が整ってないわ。時間を稼いでもらうわよ」

「なに、その手の即興は慣れたもんだ。問題はないよ」


 何がおかしいのか、猟師は皮肉げに応じた。青白い閃光とともに出現した一本の槍を手に、迷いもなくエルモに背を向けて、


「お前の方こそ精々急げ。――真打の前にお開きなんざ、洒落になってないからな」

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