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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
寒村に潜む狩人
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鍛冶屋の決意

「いきなり話しかけて悪いね。でも気になったもんだからよ。……知ってるか? 村中あんたの話で持ち切りなんだぜ? 得体のしれない猟師を長老が匿ったってな。―――隣に座るよ」


 村鍛冶のミンズと名乗った男は、ジョッキを片手にがははと笑い、断りもなく俺の隣に座り込んだ。俺の来る前から飲んでいるのか、口元の髭が酒で濡れて光っている。


「……あー、いや、別に構わんよ。一人で食べるのも気鬱になるだけだし」

「そうかそうか!」


 ミンズは何が楽しいのかまたひとしきり笑って見せた。……相当出来上がっているらしい。まだ日も暮れていないのに。


「……それで、あんたの得物は何なんだ? 弓か? 石か? 罠を使ってコツコツ?」

「クロスボウだよ。山小屋に残っていてね。ぼろいがまだまだ使える」

「ああ、あのクロスボウか! 俺が生まれる前からあったやつでな、親父の代から何度か修理もしてる。弓の部分に罅があったら言ってくれ。在庫ならあったはずだしよ」

「助かる」


 なんだ、粗暴な面構えに反して気配りのできる商売人じゃないか。あの敵意丸出しの雑貨屋とは大違いだ。

 ある意味安心していると、ミンズが居住まいを正した。


「……ところであんたに、折り入って頼みがあるんだが……」


 そらきた、どうせこんなことだろうと思った。


「なんだ? 見ての通り兎を狩るのにも苦労してるケチな猟師なんだが」

「ケチな猟師? そんなこたぁない。あんた『客人』なんだろ? 殺しても蘇るっていう」

「そうだが、少し誇張が入ってるな。死んでも蘇るのは本当だが回数制限付きでね。そろそろ底打ちになりそうなんだ」

「構わん構わん。別に死んで来いって言ってるわけじゃない。山を任せられる猟師がきて安心したって話だ。

 この村には決まった猟師がいないって話は聞いてるよな? 山に入るやつ自体はいる。農家の次男三男とか、若い奴らが命知らずに山小屋のクロスボウ片手に乗り込むのさ。……最初はいい、何か月もしたら安定して兎を狩れるようになる。何年か前は小鹿を仕留めたやつもいた。けどそこまでだ。調子に乗った若衆が『ちょっとそこまで』と山に深入りする。そして魔物にやられる。とある境界を踏み越えると、狙ったように狼が現れて間抜けを食い散らかしに来る。去年もフィグんとこのミックが死んだよ。生き残った奴もふくらはぎを食いちぎられて今じゃ脚を引きずって鍬を振ってる。……出戻った上に役立たずじゃ針の筵だろうがな」


 ……あの狼を思い出す。灰色の毛並、月光を反射して不気味に光る眼球、ぞろりとむき出した牙は、なるほど人間の肉などたやすく食いちぎるだろう。

 しかし、人死にが出るとは。


「よくそんな山に入ろうと思うな? 命あっての物種だろうに。たとえ部屋住みでも長男の畑を手伝って生きていけるならそれでいいだろう」

「俺だってそう思うがな、長老が唆すのさ。やれあの頃はよかった。山小屋の中には貴重な魔物の素材がうなるほどあって、猟師のあの方はそれはもう羽振りよく周りに振舞ってくれた。あんな狩人が一人いれば、この村はあっという間に領都に劣らぬ街になるのに……ってな」

「……馬鹿か? そんなこと言ったら……」

「馬鹿なのさ、あのジジイは。子供の頃に食べた贅沢の味が忘れられんらしい。……畑しか見たことのない若者は一攫千金を夢見て転職し、大物狙いで自滅する。一年以上もった奴は、いない」


 思っていた以上の環境の悪さに頭を抱える。あの老人、口減らしでもしてるつもりか。無意味に人をけしかければ、そのうち突然変異じみた英雄でも現れるとでも思っているのか。


「―――でもあんたは違う。そうだろう?」

「…………」

「あんたは『客人』だ。たとえ死ぬほど危険な場所でも、また蘇るとわかっていれば多少の無茶の一つや二つはザラだろう? 俺たちと違って、数えきれないくらいヤバいネタに余裕をもって突っ込んじまえる。そういう死地で得られる経験ってのは何よりもの力になる」

「死地って……知ったように言うんだな」

「母方の爺さんの口癖だ。元は傭兵でね、リザードマンを4体斬って引退したらしい。―――まあとにかく、将来の有能な狩人さんに頼みたいことがあるんだ」

「……聞くだけなら」

「大したことじゃないよ。あんたが仕留めた獲物の革、俺が直に買い取りたい」


 鍛冶屋の顔を見返す。ミンズは酔いの気配も見せずにジョッキを傾けていた。


「俺は長老が嫌いだ。長老とつるんでる雑貨屋も嫌いだ。領都からくる行商は真っ先に雑貨屋に物を卸すんだが、そこで取引のほとんどを終えちまう。

 商人は雑貨屋と長老の歓待を受けて帰っていき、俺たちが入り込む隙なんてありゃしない。だから俺たちが領都の物を手に入れようとするなら雑貨屋を頼らなくちゃならない。そこであの野郎、俺達から散々毟り取ろうとしやがる。

 質のいい鋼のインゴット一つにナイフ10本だぞ? まるで割に合わねえ。

 鉄はいい。幸いなことに村の近くに昔からの露天掘りのできる鉱脈がある。質は悪いが自給できる。

 だが革はそうはいかない。まともな猟師が村にいない以上、あの雑貨屋から買うしかない。そして革をあの店で買う以上うちの品物は割高になる。客が付かねえ。買うもんがいないんじゃ一応買い取ってくれる雑貨屋に卸すしかない。

 ……俺はあいつの使用人か? 違うだろ? 俺は鍛冶屋だ。鉄を使う道具は俺のところに直接買いに来ればいい。雑貨屋じゃねえ。あいつは紙だとか果物だとか、村の外から来たものを売ればいいんだ」


 ……雑貨屋さん。あんた想像以上に嫌われてるぞ。

 まくし立てるように雑貨屋への恨みつらみを並べ立てる鍛冶師の姿に、この村の行く末を見た気がした。

 正直なところ、お先真っ暗です。


「……でも、いいのか? 直接卸すにしても長老や雑貨屋に睨まれないか?」

「ハッ!」


 当然の指摘にミンズは鼻で笑って応えた。


「そうなりゃここを出ていくまでよ。女房は五年前に死んだ。子供はいねえ。……俺がこの村に縛られる理由なんかないんだ。それでも留まってるのは、意地だからだ」

「―――意地」

「エレクだ。3年前、俺のために鹿を獲ってくるといって帰ってこなかった。あいつに報いるために俺は今まで鎚を振ってきた。

 なあ、頼むよ『ご客人』。俺に最後の機会をくれ。このまま終わるわけにはいかねえんだ」


 血走った眼だった。いつの間にか肩に乗せられた手がぎりぎりと喰い込んでくる。これが最後、その言葉に偽りはないようで、肩の重みがそのまま責任の重みに換えられた気分になる。


 ……途方に暮れる。長老さん、五年もたせるだけだって言ってたじゃないか。

 手遅れなんだろう、この村。雑貨屋の目つきからしてそうだった。あとはどう逃散するか、どこへ逃げるかしか選択肢はないんだろう?


 ―――それでも。


「……あんたは、諦めてないんだな」

「応とも。ここはまだどん底じゃねえ。終わってねえ。蜘蛛の糸が、あんたがここに来たんだ。千切れる前に登り切ってやる」

「ごついカンダタだ。後ろの人間を蹴り落とすなよ」


 なんだそりゃ、と首をかしげる男を尻目に、俺は堪え切れずに笑い出した。


 ……不思議だ。同じ説得でも、薬師の家で聞いたものより、やけに心に響く。

 いや、それもそうだろうと思いなおした。……あの老人の、逃げ場を探す小賢しい眼光よりも、この酔っぱらいの眼に灯る執念の火のほうが、よほど好感が持てるのだから。

渉外担当って、どこからも恨まれる宿命ですよね。

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