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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
飛びあがる魔物狩り
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走れ走れ

 なにがシチューにカツだ、食べ合わせが最悪じゃないかクソったれ。


「せぼっ!? 折れ……っ!?」


 白頭の鷲獅子に引っ掴まれて意図せぬランデブーに同道し、東の茂みにみっともなく墜落。根を張る大樹の幹に背中を強打して悶絶する羽目になった。


 傍らには下手人の死骸が転がっている。ボルトで剣山のようになり牙刀で心臓を破壊されたグリフォンは、墜落の衝撃で無残に身体をひしゃげさせて死んでいた。

 三本残った強靭な脚も勇壮な翼も、ことごとくがあらぬ方向を向いて圧し折れている。褐色の毛皮は擦り傷切り傷矢傷で見る影もなくボロボロだ。

 必死な思いでようやく殺せた敵とはいえ、こんな有様では死骸に買い手などつくまい。


「ええいくそ、顔がべたべたしやがる……!」


 乾いてべたつき始めた返り血にとうとう耐え切れず、水魔法を行使してじゃぶじゃぶと顔を丸洗いする。勢い余って血のしみついた肌着が不快感をさらに増したが、そこはもう諦めるしか。

 これがどこかの邪竜みたいに血を浴びた人間を不死身にする効能でもあるなら、それこそ死骸から血を搾り取って浴槽に注ぎ込むのだが。


 よろよろと立ち上がって西の戦場を見やると、豆粒のようになった我が猟兵隊がいいようにグリフォンに翻弄されている姿が見えた。白狼とエルフが牽制を放っているものの、いかんせん手数が足りない。

 おまけにエルモは何を思ったのか弓の手を緩め始め、鷲獅子の襲撃は方陣を少しずつ削り取ろうとしている。――たった今引き倒された男はなんという名前だったか。顔が引き裂かれては判別すらつかない。そんな光景に胸げ引き攣るような感覚を覚えた。


 存外遠くまで飛ばされたらしく、あそこまで走るのは少々骨だ。その上俺の身体も結構傷を負っていて現在進行中で光魔法による治癒を試みているのだが、このままではコンディションを戻す前に味方が全滅してしまいそうだ。時間がないのです畜生。

 さあどうする、なんて自問自答など役にも立たない。

 やることなど一貫している。わかりきっている。


 走ればいい。いつものように、いつかのように。

 目指すべき目標も、倒すべき敵も用意されている。

 なにを恐れることがあろうか。敵はたかだか羽の生えたライオンだ。

 別に不思議拳法で内臓破壊をやらかしてきたりマッハ近いライフル弾をミリ単位で回避するバケモンじゃない。やりようはいくらでもあるのだ。


 さあ走れ、今走れ、さっさと走れ。

 生きることとは走ることだ。走れるなら戦えるはずだ。

 擦り切れ燃え果てるまで生き急いでこそ、見えてくるものはあるのだから――



   ●



「弓鳴り高らかに矢を放つ。魔を祓う清澄の弦鳴」


 インベントリから取り出した矢筒から赤銅色の矢を取り出し、つがえては一息に引き放つ。矢は真っ直ぐに飛翔し、方陣の周囲を旋回するグリフォンの身体に突き刺さった。

 トス、トス、と軽い音。鏃が毛皮を傷つけても、脂肪の層を貫ききれていないのだろう。矢の命中した数頭の鷲獅子はさほどこたえた様子も見せずに悠然と飛行している。

 短弓による射撃は威力に劣る。代わりといってはなんだが精度についてはそれなりに自信があった。

 もっとも、所詮弓狂い揃いのエルフの中では落ちこぼれる程度でしかなかったが。


「導きの矢はここに。輝く弓は闇を照らし、光を紡いで鏃を結ぶ――――否」


 無駄撃ちは出来ない。特製(・・)の矢の手持ちは矢筒一つ分――わずか二十本余りでしかない。

 その上これからエルモが行うものに、敵一頭につき数本の矢が必要というのだからつくづく割に合わない。


「ひかりとは何ぞや。望むはただ眩く闇払う脆弱たる光輝なるや――――否」


 こちらの不穏な気配に気づいたのか、二頭のグリフォンが警戒する素振りを見せた。動きの鈍った二頭に向けてすかさず矢を放つ。


「求めるは風鳴の光閃。そらの生むひかり。迅速にして峻烈たる神の猛撃」


 ハートショット。急所に的中したはずの矢も、身体強化を切って弓を引ききれなければ致命打にもならない。

 鷲の首元に刺さった矢が折れていた。()を伝って赤い血が垂れている。それも少量。鏃に出血を誘う工夫をしているが、あれでは碌なダメージになっていないだろう。

 その証拠に、二頭のグリフォンは嘲るように嘶いてこちらに飛び向かってきた。この速度ならあと数秒もせずにエルモの元まで到達する。短弓以外に得物を持たない彼女に手向かう術はない。


 ――だがそれでいい。鏃さえ身体に残っているなら、十分にこちらの手段は生きてくる。


「絢爛たりし黄金の光芒、その威、その猛りをここに落とせ」


 ――バチリ、とエルモの短弓を持つ手が音を立てた。

 エルモは矢もつがえない空の弓を引き絞り、目と鼻の先まで迫りくる二頭の鷲獅子に相対し、


「――――爆ぜろ、鉄鎚」


 それは、紛れもない爆裂だった。


 引き放った矢の無い弓。そこから撃ち出された紫電は轟音とともにグリフォンを襲った。

 もとより制御の困難な雷撃。ともすれば味方すら襲いかねない稲妻は、吸い込まれるように鷲獅子の胸元の鏃(・・・・)に向けて直撃し、あまつさえ連鎖するように隣の鷲獅子すら巻き添えにする。

 表面に銅を鍍金した特製の矢は誘雷の役目を果たし、突き刺さった鏃から鏃へ、胸元奥深くを通過した雷は魔物の心臓を容易く焼き潰した。


 雷撃は攻撃に向かない。その認識に間違いはない。

 攻撃方向を指定するのに難があるし、空気中を走らせるとあっという間に威力を減衰させてしまう。わざわざ回路を形成して循環させなければ電撃は発生しないものだが、さすがにそんな設定では産廃過ぎて運営も自重したのか、マジカルな稲妻は一方通行でも空を翔ける。――が、そんなマジカルが通用するなら前の二点をどうにかしてくれと主張したい。

 魔力で強引に出力を上げて方向を固めてしまうことも出来なくはないが、そんな非効率な代物で敵を焼いているエルフなど氏族長くらいのものだ。

 こんなものを用いるくらいなら、それこそ同じMPを使って鎌鼬でも放った方が数倍ましだ。


 しかし、威力と指向性、それらを解決する手段があるとすれば?


 使用した鏃は特別製。銅を用いただけではなく、ハスカールに居住するエルフの魔法使いに付呪を頼んだ。

 付呪の効果は『招雷』。その矢をつがえた弓兵の放つ雷撃を誘導するという、ただそれだけのもの。

 鍍金した銅は電導性もさることながら、それ以上に『意味づけ』『関連付け』の意味でこれ以上ない魔術的な触媒となる。


 ――この付呪を依頼したせいで、エルモがつい最近得た臨時収入があぶくのごとく吹き飛んだのだが、それはまた別の話である。


 鏃を媒介として用いて攻撃先を指定し、槍の届く間合いまで近づかせて魔法を放った。その結果はどうだろう。

 得られる威力は内部破壊。装甲を無視して内臓を焼き心臓を停止させ、頭に撃てば眼球を焼いて失明させる。

 行使するまでに一手間二手間かけてようやく形になる。それが雷撃の特性だった。


 バシュン、と奇妙な音を立ててグリフォンの胸が破裂し、黒く焦げた心臓を覗かせた。

 声もなく絶命した二頭の魔物は目測足らずに墜落し、方陣を組む傭兵の足に体躯を押し付けてようやく勢いを止める。


「……ほんと、きっついわ、これ……」


 MPをごっそりと削られ荒い息と悪態を漏らすエルフは、それでも戦意を衰えることなく弓を構えた。


「――でもまあ、ガンガン行くわよ野郎ども! あんな鶏もどき、手羽焼きにして酒の肴にしてやるんだから――――ッ!」


 おおおおう! と男どもの喚声が上がる。士気を維持できたことにひとまず胸を撫で下ろし、エルモは軽く口元を歪めた。


 ――敵は多い。犠牲は必至。奥の手の一つは晒した。

 けれど、まだ投了には程遠い。まだまだ粘れる。


 空に向けた赤銅色の鏃が、紫電を受けてぎらりと光った。

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