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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
飛びあがる魔物狩り
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喪者たちの饗宴

「――で、結局振られたんだって!」

「うるせーっ!」


 ざまあざまあと煽るエルフに団長が不貞腐れた顔で怒鳴った。傍から見てもわかるほど真っ赤な顔で、なんというか……ざまあ。


 先日押しかけた駆け落ちのお誘いは、リディア嬢にお断りされるという形で幕を閉じた。

 さすがに家を捨ててまではちょっと……という貴族の価値観からすれば至極真っ当な理由で、浪漫に生きようとした団長を見事に撃沈。憐れなり憐れなり。


「そら見たことか。手土産も無しに連れ去ろうとするくせに、本人の同意を求めるからそうなる」

「そうよねー。もっとこう、問答無用で奪い去って、キメ顔で『俺のものになれ!』って感じで! そういうのって女心的にドキッとくるのに!」

「ただしイケメンに限るがな!」

「団長は顔がいいくせに途中でヘタレたところが減点よね。下手に紳士ぶらなくても傭兵らしいワイルドさを出していけばいいのよ」

「なるほど時代はワイルドか……」

「あんたら世紀末に馴染みすぎだろ……」


 雑談に興じる俺とエルモに副団長の突っ込みが突き刺さる。さっきから黙ってる隣の団長はどうしたのかな? なんだか拳握ってぷるぷる震えてますよ? ねえねえ今どんな気持ち?


「実際問題世紀末だしなぁ。悠長にお友達から始めてたら人生終わるぞ。女の適齢期なんてそれこそあっという間だ」

「コーラル。それ私にも喧嘩売ってるって解釈していいわよね?」

「なぜにっ?」

「なぜにもへったくれもあるかぁっ! 私だってリアルじゃそろそろ三十路なのよっ! 焦ってるのよ人肌恋しいのよ現実逃避にこのゲームやってんのよ文句ある!?」

「お前らやかましいわァ!」


 あ、とうとう団長がキレた。

 好き勝手言い合っていた俺たちによほど腹が立ったのか、憤懣やるかたない様子で歯を剥き出しにする。


「人の傷心に塩塗りこみやがって、そんなに他人の不幸が愉しいか!?」

「蜜の味だな」

「極上ね」

「ひどい……」


 そうやって顔を引き攣らせているがウェンターよ。お前のその同情は持つものゆえの傲慢なのだよ。

 今まさに未亡人との青春を謳歌している君に、モテない者の苦悩など理解できまい。


「それに俺はまだ振られてねえ! 駆け落ちが駄目なだけで正式にお付き合いしたいですって返事は貰ってるんだ!」

「それはつまり、正攻法で攻めるってことか?」

「――――――」


 正攻法、要は辺境伯に正式に仕官して家臣団に編入されることを意味する。

 村の収入の一部を辺境伯に上納しなければならないし、辺境伯の都合でまるでうまみの無い戦いに駆り出されることもあるはずだ。

 不満は出るだろう。特に半島の村落からハスカールに流れ着いてきた流民なんかは、再び辺境伯の支配下に入ることに抵抗を持つに決まっている。


「――――どうにかするさ」


 そんな懸念を、団長はどこか吹っ切れた表情で一笑した。


「村や街、そして鹿に手は出させない。惚れた女は手に入れる。その上で領軍の中心に居座ってやる。……なあに、出来るさ。俺ならできる。

 今だって、その材料を手に入れるために前に進んでるんだからよ」



   ●



 コロンビア半島を人間の腕にたとえた場合、芸術都市ハインツは首筋に位置している。そこから半島にある領都ジリアンに向かおうとすれば、通常の場合南に大きく迂回して要塞都市を経由しなければならない。

 本来これは非合理な経路だ。首筋から二の腕に向かおうというのに、肩甲骨を経由するのではあまりにも遠回りなのだから。

 それに、そもそも芸術都市は内海に向けて港湾を開く交易都市である。ならば船を用いて内海を横切り、半島に直接乗り込んだ方が距離も積載量も比べ物にならないほど効率的だ。


 いうなればこの内海は、日本における琵琶湖のような立ち位置にある。王都から大街道を辿って芸術都市に。船を使って半島へ。領都から陸路でハスカールに。そして東辺海を伝ってエルフの居るパルス大森林へ。

 このように、内海の水運が使えるというだけで大陸中の流通路が一本につながる。日本でいう敦賀、琵琶湖、京都、大阪ラインのようなもので、これが繋がることによる経済効果は計り知れない。


 あらゆるものが安くなるだろう。エルフのサトウキビも、西の駿馬も、ドワーフの鋼も、王都の書物さえも。

 モノの流れが活発化し、数多く種類の産物がひとところに集まるのだ。新たな発想、新たな組み合わせから人々の暮らしは格段に向上するに違いない。


 しかし、それがわかりきったことでありながら、今の今まで実行されることはなかった。

 流通の確保など、誰もが考える常識である。それでもなお内海とその周辺部は手つかずのまま放置されてきた。それはなぜか。

 端的に言うと、開発を阻害するなにかがいたのだ。


 ――――浜辺に居を構える、グリフォンの存在である。


 数にして五十頭程度の群れ。旋回性能、低空での飛行能力においてワイバーンを上回り、上空から鋭い爪で強襲する。膂力は牛をまるまる一頭掴んで連れ去ってしまうほどで、また馬を好んで襲うことから騎馬の天敵とされている。

 知識を象徴する魔物でもあり、長ずれば人と意識を通じさせるほど。上位個体ともなれば魔法を操るものもいるらしく、その知能の高さも相まってドラゴンとまた違った意味での難敵である。


 第五紀の征服王は芸術都市に拠点を構えた。当然彼はこの内海を利用することを考えていて、半島が治まれば竜騎士と挟撃を行う計画だったのだという。

 しかし征服王は志半ばで急逝し、辺境伯は未だ北方を支配しきれていない。当然グリフォンと相対するべき兵など、そんなものがあるなら大要塞や騎士団領に配備して護りを固めることが優先された。

 当初見込まれていた税収の雲行きが怪しくなってきたところでルフト王朝は見切りをつけ、首都を現在の王都へと遷都したのである。


 ゆえに、芸術都市は別名を古都ハインツと称される。

 無残に潰えた征服王の夢の跡。それを偲ばせる史跡を未だ遺す名残として。


 では仮に。

 この半ばに潰えた彼の夢を、後世になって達成したものが現れたとしたら?


 そんなものが現れたとしたら、それはまさしく征服王の再来といえないだろうか。

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