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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
飛びあがる魔物狩り
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ハニートラップ

 これは、先日呆然自失の体で村に帰還したイアン団長の証言から再現し、補足のため独自に俺が注釈を入れた光景である。

 『あの状態』の団長から聞き取りをするのはなかなか困難で、色々と抜けた描写や余分なものもあるだろう。

 けれどまあ、聞いてる分には随分とあほらしい話というか、このクソ餓鬼が上手く嵌められやがってという感想しか出てこなかった俺による再現である。それも仕方ないと妥協して頂きたい。


 ことの起こりは数日前。俺が領都でアーデルハイトに報告を行った、その五日後の話である。



   ●



 要塞都市での祝勝会を終えた団長は、ミューゼル辺境伯から報告を求められていたこともあり領城に出頭。辺境伯と会見を行った。

 しかし、臨席した人間に若干の違和感を感じたという。

 ――辺境伯、傭兵団長、そして見知らぬ歳若い女性役人。このたった三人を領主の執務室に集める形での会見。いつもは近くに侍っている執政も、団長の発言を記録する書記官も不在だった。


 この時点で、あの若造は何かしら理由をつけて退室するべきだった。明らかに公的な会見の場ではない。密談上等な少人数さに陰謀を懸念するべきだったのだ。


 団長の報告を聞き終えた辺境伯は、穏やかな微笑を浮かべながら傭兵たちの武勇を称えた。辺境伯手ずから酒杯に注ぐワインは見たこともない上物で、ここ数日宴会続きで気が緩んでいた団長はすっかり警戒心を削り取られていたのだとか。


「――ときにイアン団長。君は妻帯の予定はあるのかね?」

「は……?」


 唐突に向けられた話にイアンは困惑の声を上げた。どういう意味かと考える隙に、傍らにすり寄ってきた女性役人が空になった酒杯にワインを注ぐ。思わず礼を言うと女性は思わせぶりな笑みをたたえて引き下がっていった。


「……今のところ、予定も相手もいませんな。なにせ傭兵稼業が忙しくて色事にうつつを抜かす暇がないので」


 嘘を言うなよ団長。毎回毎回、新団員を歓楽街に引き連れてチェリー卒業をけしかけてるのはあんただろうが。

 お祭り男はこれだから困る。飲んで騒いで辺りかまわず綺麗どころにコナをかけるものだから、いい年こいた三十路男に思いを寄せる村娘の多いこと多いこと。


「ふむ……では妻を娶りたいという欲自体はあるのかな?」

「さすがに三十路で独り身ですから。夜遅く、誰もいない自宅に一人で帰宅すると物寂しい気分にはなります」


 使用人くらい雇え。それくらいの収入はあるだろ。それにあんた自宅には滅多に帰らないで長屋で夜を明かすことのが多いじゃないか。

 ……ちなみに、傭兵団で長屋住まいでなく自宅を持っているのは団長と副団長と俺くらいだ。最も俺の持ち家は先代の遺産の猟師小屋なわけだが。

 威厳のためにも団の代表くらいは一軒家に住まわせるべきだという、団内で一致した見解による居宅の購入だったのだが、団長も副団長もその使用率が非常に低い。

 団長は前述したとおり団員と一緒になって長屋で過ごすことが多いし、副団長は身寄りのない母子への援助、あるいは反乱を企てないか監視するという名目で、暇があればアーデルハイトの義叔母の元へ出向いている。息子さんとの関係も良好なようで、最近は俺に野球のグローブを作ってくれないかと頼んできた辺り、なんというか……


 ……エルモ? あいつは収入的には充分な癖に浪費癖のせいで貯金が全くない。家なんて買えるか。

 その代わりに馬鹿買いした健康グッズだの便利グッズだので、既に長屋を三部屋も埋めてしまった。歩く汚部屋製造機には、いい加減引っ越し禁止令を発するべきではないか。


 辺境伯との会話は続く。心の底からの親切でという表情で、この二年で竜騎士の半数を掌中に収めた半島の主は外堀を埋めていった。


「他愛ない質問だが、どういった女性が好みなのかね? 教養の高い娘か? それとも傭兵の妻らしく、荒事に理解のある妻かな?」

「別にこれといった注文はありませんや。教養なんて五十路になっても積もうと思えば積めるし、淑やかな嫁も腕白女房も見方次第で良し悪しでしょう? 気が合って惚れた相手なら、どんな癖が強くてもあばたもえくぼってやつだ。

 まあ、顔の好みでいうなら――」


 飲み干す度に注がれる葡萄酒。口当たりがよくとも存外度数の高かった酒に、団長の理性は蕩けていく。

 部屋に焚かれた甘ったるい香の薫りが、頭の奥をジンと痺れさせた。


 ……それなりに歳を食って老成したが、やはり団長ははかりごとに向かない。俺も人のことを言えたものじゃないが、いくらなんでもこれは怪しんでしかるべきだろう。

 歓待して酒を飲ませて言質を取るなど、政治家なら常套手段として用いる初歩なのだから。


「――――強いて言うなら、そこのお嬢さんみたいなのが好みですかね」

「まあ……」


 この――――馬鹿野郎。

 むざむざと口を滑らせやがってこの迂闊魔が……!

 大体何なんだその気障な台詞は! いつもいつも思ってるが、無駄にイケメンだからそのくさい言動も様になってて腹が立つ。

 おまけに言い寄られる娘もコロッと落ちるもんだから、ハスカールの娘はほとんどが団長に懸想してやがる。その娘たちが男に求めるレベルも自然と団長が基準になり、他の団員が村娘に見向きもされずに泣きを見る羽目になるんだ。

 そのうち同志を募って反乱を起こしてやろうかと三割くらい本気で思う今日この頃。


 団長に指された女性役人は、みるみると赤らめた頬を押さえて恥じらいを見せた。明け透けな村娘にはない反応に気を良くし、酒の勢いも手伝って団長がさらに口説こうとすると、


「――――それは何よりだ。今を時めく『鋼角の鹿』の団長に見初められるとは、伯父として鼻が高いよ」

「………………え?」


 辺境伯から、チェックメイトの一言が。


「イアン団長。話というのは他でもない。今回私は、仲人としてこの場にいてね。……君の話を聞いたこのリディアが、どうしても直に会って話をしてみたいと頼み込んできたのだ。

 ――どうだろう、私の姪を妻に娶る気はあるかね?」


 両肩に手を乗せられて紹介された女性役人――否、リディア・ミューゼルは、顔を朱に染めて恥ずかしそうに身じろぎしながらも、期待を込めた瞳で団長に微笑みかけた。

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