画期的な取り組みは大抵が手垢付き
「クロスボウの改良じゃと?」
「できないか?」
ビョルン君がドワーフ親方に連れ去られてからしばらく、酒とつまみを口にしながらだらだらと世間話に興じる。そして取り止めのない話のついでとばかりに切りだすと、案の定ギムリンは難しい顔で首を振った。
「そう言われてものう……。今のままでも相当威力あるじゃろ」
「そりゃそうなんだがな。この間蜥蜴とやり合ったときに、手こずった相手がいてさ」
あの、着衣のリザードマン。
二十人からなる猟兵の斉射を受けながら、直前に恐ろしい勢いで回避してみせた。尻尾は犠牲になったものの、のちに地球の蜥蜴よろしく切り離してみせたところから見て、尻尾は当てたうちにもならないのだろう。多分きっと生えてくる。
あの蜥蜴はボルトが射出されてから回避行動に移った。それは文字通り、放たれた矢の軌道が見切られたということに他ならない。小足見てから昇竜余裕でしたなんて言われているも同義で、これをどうにかするには弾速そのものを向上させるのが手っ取り早いと思ったのだが。
「やめといた方がいいと思うぞい、それ」
対して、ドワーフの職人は否定的だった。
「いやまあ、威力を上げるだけなら多少は改良できるがの? 弦を引くときに必要な力が段違いになってしまう。ペダルを踏んで背筋使って、おまけに身体強化をつかってやっとこさじゃ」
「そんなに硬くなるのか?」
「今いる猟兵でも扱いきれん者が出るじゃろうな。まだまだ魔力もMPもスキルレベルも足りとらん連中ばかりじゃろ。
いっそのこと、それぞれの筋力ごとに張力を調整してみるかの?」
それはよくない。クロスボウの利点とは、威力が使い手の筋力に大きく依存しないことだ。まとまった人数が一定以上の威力の矢を一斉に放つことで弾幕として役に立つ。
同じ方向に向けて撃って的に当てたとしても、人によって装甲を貫ける貫けないの差異が出てしまっては運用に差し障ってしまう。
威力の個人差は出したくない旨を爺さんに伝えると、ますます思考の中に沈み込んでしまった。
「いっそ、レバー式をやめて巻き取り式にしてみるかの? 板金鎧も一発なんじゃが」
「かさばるから嫌だ。それに装填に時間がかかるだろう?」
「うむ。一分間に二発撃てるかどうかじゃな。機構も複雑になるから整備がもっと面倒になる」
一分に二発。敵が射程内に入ってからの斉射の機会は三回が限界だろう。……少々心許ない。
「駄目だ。一分に二発じゃ火縄銃と変わらないじゃないか。――そうだ、いっそのこと本当に作ってみるか? 火縄銃」
「…………」
なんだその苦々しげな表情。
我ながら名案だと思ったんだが。ほら、ありがちな内政物でも火薬の開発は勢力拡大の第一歩でしょう?
「もしかして製造が難しいとか? ウェンターは焙烙玉投げてたし、火竜槍くらいならいけるんじゃないか?」
「破産したいなら止めんがの」
なにごと。
どうしてそうなるのかまるで理解できない俺に対し、爺さんは眉間にますます皺を寄せながら説明を始めた。
「――大体、火薬チートなんて開発の基本じゃ。とっくに試しとるにきまっとるじゃろ。
硫黄、硝石、木炭が黒色火薬の原材料じゃ。これを1:8:1の割合で混ぜ合わせることで基本的な火薬が完成する」
「知ってる知ってる。日本じゃ硝石が採れないから、輸入するか古土法で抽出するかのどちらかだったんだろう?」
戦国時代九州での黒歴史である奴隷売買も、硝石を購入するのが目的だったのだとか。
火薬の組成の八割を占める硝酸をどうやって調達するか。それが近代における火薬生産の永遠の命題だったと記憶している。
だからこそ、空気から肥料と火薬を生み出すと称されたハーバー・ボッシュ法が、当時の画期的な発明として持て囃されたのだ。
しかし解せない。硝石を入手する手段が限られ、金と手間がかかるのはわかる。しかしそれだけで火薬生産が破産必至の無茶振りとは思えないのだが。
そんな俺の思考を読み取ったのか、爺さんは溜息とともに首を振って、
「違う。問題は硝石ではないのじゃ」
「ん?」
「不足しとる原料は――――硫黄じゃ。この大陸には、硫黄鉱床が決定的に不足しとる」
「硫黄が?」
「うむ。――のうコーラル。この大陸の硫黄、市場価格はいくらじゃと思う?」
「わざわざ爺さんが少ないって言ってるくらいだし高いんだろう? ……そうだな、1キロ当たり十万円くらい? 同じ重さでそれなりの片手剣が買えるくらいじゃないか?」
「ぶっぶー不正解。その程度なら苦労はせんわい」
かなり真面目に考えて、高額に見積もって質問に答えてみるとこの反応。喧嘩売ってるのか。
「桁が違うわ。圧倒的に絶望的に桁を間違えとるわ。
正解は一キロにつき大体1500万円。純金の半値が硫黄の価値じゃと設定されとる」
「ぶっ!?」
なんですそれ!? そんなもんうかうかと肥料にも使えねえじゃねえか!?
「いくらなんでもありえないだろそれ! なんで硫黄が銀の五倍の価値してるんだ!?」
「疑問に思うのが十年遅いわコーラル! 行商人からそのことを教えられた当時の儂の衝撃がどれほどかようやく思い知ったか!」
勝ち誇って言うことか!
「この大陸にある硫黄鉱床はわずか三つ。半島とナガン火山とガムド火山じゃ。これがどういう意味か分かるな?」
「火山の中に鉱床がある?」
「その通り。ガムド火山は地下王国の縄張りじゃし、ナガン火山は人間の手が入ってないから除外するとして、問題は目の前にある半島の活火山じゃ。
あれほどの火山じゃ。十年前噴火した時も村まで硫黄臭が漂ってきとったし、商人に聞けば産出量も大したものじゃと。普通にやれば鉄砲に使う程度の硫黄は集まるわい。
――その硫黄を、ドラゴンが餌にしとるのでなければなあ!」
「Oh……」
言葉を失った俺と対照的に、目の前の老人はどんどんエキサイトしていく。
「なんなんじゃ、幼少期に食った硫黄の量がブレス威力に影響するなんつうガセ都市伝説は!? 繁殖期になると雄ドラゴンが宝石と一緒に硫黄を巣に集め出すとかふざけとるのか!? 同じ重さの腐った卵をくれてやるからその硫黄を寄越さんか!」
「あれかねぇ、ガメラよろしく身体に硫黄袋があって、そこに溜めこんでるとか」
「野生のドラゴンが掘ったあと、鉱山夫が集めた硫黄は大半が竜騎士が買い上げよる! 餌に混ぜてブレスの威力を上げるんじゃと。――おのれの屁でも嗅がせとれ!」
さすがにそれをやったらいくらドラゴンナイトでも食い殺されるのではあるまいか。
「腐れ竜騎士に漁られた残りかすにも、こんどは王都や芸術都市の魔術師が手を出してきおる!
……なぁにが、『硫黄は錬金術をはじめとした魔術研究に必須のアイテムなんですぅ』じゃ!? 『硫黄と水銀を適切な配合で混ぜ合わせたら金が出来るので、適正価格が純金の半値というのは当然ですねぇ』!?
小学生の自由研究でもやらんような主張で市場経済をしっちゃかめっちゃかにするでないわ、あの腐れ魔法使いが!」
「あー、昔世界史の授業でやったっけ、それ。火と風の化合物が硫黄で、水と土の化合物が水銀なんだったか。……四大元素的には正しいかもしれんが、それを商取引に当てはめるのはなぁ」
魔法使いが法外な値段で硫黄を買いあさるなら、それこそ俺たちが手を出す隙などあるまい。本人たちはどや顔で適正価格などとのたまってそうなところが想像できて、むかっ腹が立つのに変わりはないが。
人間の勢力範囲内で硫黄を入手するのが困難だとよくわかった。しかしそれなら、ドラゴンだの魔法使いだのが関わらないところで購入すればいいのではないだろうか。
「――地下王国はどうなんだ? あそこも火山だし硫黄が出るんだろ? 思い出してみれば、配管の所々でゴムらしきものが使われてたような気がするし、ひょっとしたら火薬だって生産してるかも――」
「奴らが火薬だのゴムだのといったアドバンテージを、たとえ商売でも手放すと思うか? 十中八九、間違いなくドワーフは火薬を生産しとる。開発チートしたいプレイヤーは大抵ドワーフを選ぶしのう。
断言するぞい、ドワーフが火薬技術を広めるとき、奴らは瓶にニトログリセリンを詰め込んどる。この大陸の科学の進歩は、ドラゴンと魔法使いとドワーフによって阻まれとる!
っざけてんじゃねえぞこん糞ダボがぁっ!」
「爺さん落ち着いて、素が出てる素が出てる」
なんというか、酷い話だ。誰もが自分のことしか考えない結果、全体の進歩が滞っている。これこそがまさに暗黒時代。我欲と偏見によって人類は退化すらしてのけるということか。
――結局、火薬技術の導入については保留ということでギムリンとの酒飲み話は終わりを告げた。最終的には爺さんもべろべろに酔っぱらっていて、明日にこの件を覚えているかも怪しい。
……まあ、その時はその時だ。火薬は駄目でも、この老人なら代わりのものをあっさりと考え出すかもしれません。
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三日後のことである。
領都から帰還した傭兵団長『鉄壁』のイアンに、辺境伯の姪との婚約が打診されたと聞き、『鋼角の鹿』は混乱の坩堝に叩き落されることになる。




