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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
飛びあがる魔物狩り
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問題:生贄は誰でしょう

 ここしばらくのハスカールの酒場は満員御礼。新たに居住を求めてやってくる流民をはじめ、常時百人は滞在している傭兵たちに、大陸中央での生活を求めてやってくる大森林のエルフたち、物珍しい物品を求める商人に、新たな都市計画に参画しようとやってきた地下王国のドワーフと、数年前とは比べ物にならないほどに人の種類と量を増していた。

 当然、それだけの数を一介の寂れた酒場に賄いきれるはずもなく、賢明な主人は早々に白旗を上げて環境改善を村長に求めた。その結果村の所々に建設されたのが大衆食堂と大衆居酒屋である。


 日々の仕事に汗する労働者のために酒と食事を用意する溜まり場の存在は、確かにこの酒場から客を間引き、主人が不眠不休で口から泡を吐きながら包丁を振るい続ける事態は避けられた。

 しかし、しかしである。

 一見して万事解決のように見えるこの食事処増設案、これに割と致命的な問題が横たわっているなどと、いったい誰が想像していただろうか。


 料理人がいねえ。


 ――この展開からご想像いただけた方も多いと思うのだが、調理は立派な特殊技能である。つまりスキルとしてシステムに登録された代物だったりする。

 その効果のほどはというと、敵性生物のいない空間で調理作業に入ると、五感が鋭敏になって作業精度が向上するという実に微妙なもの。別に食材を切っただけで品質が向上したり、鍋をお玉でひと混ぜしただけで魔法のような絶品料理が出来上がるわけではない。

 早い話が、スキルが補助するのは精々が身体面の強化であり、料理の根本といえる味の方向性を定めるのは調理者の美的センスにかかっているというわけだ。


 ちなみにどんなに調理スキルが上がっても、料理に魔法薬のような効果は持たせられない。そんなものは料理じゃない。……食べただけで各種ステータスにブーストがかかるとか一体何が入ってるんだ。ファンタジーやメルヘンじゃあるまいし、ありえないでしょう?

 本当に魔法薬の代わりにショートケーキを頬張りながら魔物の群れに突っ込む馬鹿がいたら、まずは病気を疑うか怪しい薬でも混ざってるのかとしょっ引いて尋問するのがこのディール大陸である。


 ……あー思い返してみれば甘いもの食べたくなってきた。でも半島で流通してる甘味は蜂蜜ばっかりだしなぁ。それに蜂蜜そのものだって保存料にするか蜂蜜酒の材料にするかで、菓子にすることはほとんどない。

 当然砂糖なんて中世ヨーロッパにおける胡椒並の値段で取引されている。つまり庶民には手が出ない。

 芸術都市には菓子職人のギルドが発足したという話だが、肝心の菓子はいずこに? ……ログインしてから十年間、砂糖菓子なんざ見たこともないがな畜生。

 森のエルフからお近づきのしるしにサトウキビの束を貰ったけれど、加工のしようがないので死蔵する羽目になっている。何という生殺し。繊維だけ抜いてパピルスでも作れというのか。


 さて、そんなこんなで不遇スキルとなっている調理スキルだが、こと食事処での厨房勤務となると途端に陽の目を見ることとなる。

 理由は単純。このスキルの習得者は食堂での調理において、『レシピ通りの食材』を『レシピ通りの分量』だけ用い、『レシピ通りのタイミング』で投入することが可能だからだ。

 計量カップも砂時計もない大衆食堂では、頼りになるのは己の感覚のみ。そんななか、厨房限定でうさぎず○んを被った時の勇者のごとき精密作業が可能となるスキルがこれだ。スキルの有無が料理人採用の目安として扱われるのは当然といえよう。


 というわけで、話をハスカールにおける料理人不足の件に戻そう。

 もちろん、人材不足が明らかな状況で、あの怒れる行政執行官である村長が食堂建設にゴーサインを出すはずがない。どうにかこうにか各方面の伝手を駆使して、村内の食事処で包丁を振るう人材を調達してのけたのは大したものだと思う。

 しかし、いくら有能なクラウス・ドナートでもどうしても手が回らないところがあった。


 現在絶賛工事中の都市建設予定地、その普請に従事する労働者に対する臨時食堂である。


 ……いやほんとマジで。本当に洒落になってないから、これ。

 人足たちは建設予定地の近くにに仮設住宅を建てて公私一体で生活している。しかしむくつけき男どもに真っ当な料理の腕が期待できるはずもなく、当人の自炊に任せようとしたらあわやストライキが勃発するところだった。

 だったら村の食堂までやってこいとは誰もが思ったが、移動時間中仕事が滞るじゃねえか、と信じられない抗議が発せられて黙らされた。……なんなのこのブラック根性。そんなに社畜になりたいのかこいつらは。

 矢面に立っている親分は契約書関係で痛い目を見たことがあるらしく、食事と移動時間で労働時間が削れたら、それを盾にして契約変更――すなわち給金の削減を捻じ込まれるのではと危惧しているらしい。

 よって衣食住は現場近くにおいといて、シフト制で休日を得た人足が村に遊びに来るという形にしたいのだとか。


 それを聞いたクラウスは無言で片眼鏡を握り潰したというが、それはまた別の話。


 はてさて、当然のように臨時食堂にまで派遣できる料理人など村に残ってはいない。スキル習得者として最もありがちな一般の奥様方に協力を要請することも考えたが、場所が工事現場という比較的物騒な人足の集まりがちな場所だ。万が一の間違いがないとも限らない。


 ……もうこうなったら誰でもいいや。とにかく調理スキルをもっててレシピを読める人間を連れて来い、という話にまで切羽詰まったころ、意外な人材が見つかったのだった。

 過去の話であるが、彼は三か月ほど領都の食堂で働き調理スキルを習得していた。領都では箸にも棒にも掛からない低レベルっぷりでまるで評価されなかったそうだが、今の状況なら話は違う。

 そして今の職業柄、材料を刻んだり磨り潰したり鍋で煮込んだりといった作業にも慣れていて、器具の扱いにも心配はいらないほど。

 おまけにハスカールの住民として最低限読み書き計算ができ、一応一人で店を切り盛りする能力は持っている。

 ワオ! これはなかなかの優良物件。逃す手はないと協力を要請したのだが――



   ●



「嫌だ! もう調理は飽きたんだ! もう日替わりスープ百人前なんて作ってられるか!?」

「わがまま言うなビョルン! いいからさっさと厨房に戻って明日の仕込みにかかれ!」


 酒場の喧騒を破って響く悲鳴と怒号。目の前の柱に抱き着いて動くまいとするビョルン君(33歳)を、現場監督のドワーフ親方が足を掴んで引きずり出そうとする。双方必死な形相で大真面目なやり取りなのは理解できるのだが、傍から見ればただのギャグにしか見えません。


「……ビョルン君、また逃げ出したのか」

「まったく懲りんのう」


 繰り広げられる茶番劇を眺めつつ、夕食に舌鼓を打ちながらギムリンと一緒に寸評し合う。


「確か、今月に入って二回目だっけ。現場から村まで一時間は歩くってのに、よくもまあ」

「それだけ嫌気がさすんじゃろ。日ごとに味付けを考えるのが面倒な上に、馬鹿でかい鍋をいくつも使わねばならんところが嫌じゃと言っとった」

「おまけに不味かったら筋骨隆々な巨漢らやドワーフやらにどやされるしなあ」


 可哀想なビョルン君。……それもこれも、君が無駄に多彩な職歴を持っているのが悪いのだよ。

 婆様からは便利使いしてくれるなと釘を刺されてはいるが、事情が事情だ。緊急事態ということで勘弁して頂きたい。

 ……もっとも、その緊急事態も今後頻繁に発生しそうな勢いなのですが。


 そうこうしている間にも、人間とドワーフの力比べは続いている。


「俺もう定職についてる! 薬師の見習いなの! 料理人じゃない!」

「刻んだり煮込んだりはおんなじじゃねえか!」

「量が違う! 勤務時間が違う! 料理と違って薬師は新月や満月でもないのに夜通し薬草を煮込んだりしない! 客だって味が気に入らないからってジョッキを投げつけてこないだろ!?」


 あるある。出汁を取るのに豚骨を徹夜で煮込んだりとか。

 知り合いの板前は全員が一度は虫歯を患ったことがあるって言ってたっけ。料理人って長生きできない職業だなーとは常々思っていた。


 ……あ、引っこ抜けた。


「げびっ!? ――誰か助けて! ばば様! ばば様ぁっ! 俺もっと頑張るから! 処方とかもっと勉強するから! 薬草だってちゃんと集めてくるから……!」

「その集めた薬草で今度薬膳鍋でも作ってくれや! あれ食って寝ると起き抜けがスカッとするんだよなあ!」


 なん……だと……!?


 信じられない一言を発して親方がビョルン君を引き摺っていく。がははははと豪快な笑い声。ずりずりと地を滑る音とみっともない嗚咽が遠ざかっていき、ついには聞こえなくなってしまった。

 一緒になって呆然と見送っていた爺さんが、どうしても気になったのかぽつりと呟く。


「なんなんじゃ、薬膳鍋って……?」

「知らない方がいい。そしてその話題は婆様に振るな。酷い目に遭うぞ」

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