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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
飛びあがる魔物狩り
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とある魔族の場合

「命令下りゃーあっちゃこっちゃ、俺たちゃ哀しい働き蟻。単身赴任上等な企業戦士ですぅってか。……てめえの社畜っぷりが嫌になるぜ」


 アルス大水源にて行われた会合が、その場に撃ちこまれた投槍によって騒然となった頃。そのはるか上空で東に向けて飛翔する存在があった。

 青白い肌に黄緑色の髪。爪痕のような刺青を頬に施した痩躯の男。背中には蝿のような翅が生え、せわしなく蠢いて推力を生み続けている。


 ――魔族バアル。

 上空からの投槍にて砂漠民族族長の暗殺を成功させた男は、一刻も早い現場からの離脱を目指して空を翔けていた。


「しっかし、あちらさんも警備がなってねえ。あんな開けっ広げな場所で会議たぁ、狙い撃ってくれって言ってるもんじゃねえか」


 空を行く鳥の何倍もの速度で飛翔しながら、バアルは今回の仕事についてぼやいた。

 むしろ今までどうやって暗殺を防いでいたのかと不思議に思う。天幕によって視界が遮られていたものの、別に石壁で守るわけでも障壁が張ってあったわけでもない。上空からという想定外があったにしても、いささか不用心に過ぎるのではないか。


 ……まあ、どちらにしたってもう関係のない話だ。背中のど真ん中に穴をあけて生きていられる人間なんていない。砂漠の賢明な部族長は何者かに暗殺された。これで今回のバアルの仕事は終了である。


 今後の砂漠はどうなるだろうか。

 間違いなく荒れに荒れるだろう。たとえ穏便に収めようと周囲が尽力したところで、ザムザールが横槍を入れるに決まっている。

 アルス・カガンの息子夫婦は流行り病で既に世を去り、孫娘が一人残っているのみと聞く。歳はまだ十五にも満たない若年であり、あの老人が族長の座を退くことができなかったのも後継者が未熟に過ぎたからだ。


 指導者を失った砂漠民族が自らを立て直すには、孫娘を引き立てるほかにないだろう。少女の未熟を盾にして、後見人が山のように名乗り出るに違いない。あるいは野心溢れる若者が婚約を切りだすかもしれない。

 砂漠民族の代表の座、そしてアルス大水源の所有という餌をちらつかされて、まともでいられる砂漠の民がどれほどいるか。……小水源を治める領主たちは、まず間違いなく遠からず反目し合う。

 行き過ぎた対立はいずれ武力衝突を生んで砂漠を赤く染め、殺し合いで発生した魔力だまりは魔族によって回収されることだろう。

 ……全ては大地に還り、我らが魔王サマサマの養分として活かされるというワケだ。めでたしめでたし。


 ()アルス・カガンが進めていた研究は、バアル以外の魔族が破壊工作に取り組んでいる。

 砂漠の緑化と救荒作物の栽培は、順調に進めば確かに砂漠を豊かにしうる。しかしそれでは勇猛で知られる砂漠民族の意識を内向きにさせ、騎士団およびルフト王朝との協調路線へなびかせる一助となりかねない。だから潰すのだとザムザールは語った。


 カガンに協力し緑化の研究を推し進めていたエルフは、あと数カ月の命だろう。同様に、作物の栽培に勤しんでいるプレイヤーも禍根を断つために処分される。

 ……恐らくはそのプレイヤーの大半が老人だろう。定年退職後に三十年間のスローライフとして農業に勤しもうとした、人畜無害な人たち。

 稗、粟、蕎麦、じゃがいもにさつまいも。それらに酷似したこの大陸の作物。地球でも見られる救荒作物に品種改良を施して、砂漠の気候に適応させる研究を進めているのだという。


 だから死んでもらう。


 砂漠の人間には飢えていて貰わなければならない。いつ爆発してもおかしくない、そんな攻撃的な不満を溜めこんでもらう。

 その穂先を丸めるようなプレイヤーは、理不尽な話だが生かしておく理由はない。


「……ったくよ。毎度毎度雑魚散らし、こんな仕事ばっかじゃねえか」


 陰謀の展開はいつも同じだ。種をまき、水をやって家畜に食わせ、肥え太らせて最終的に屠殺する。

 種をまくのはザムザールで、水をやるのは配下の魔族。家畜に食わせるのはそうと気付かない憐れな牧童。

 そしてバアルの役割は、経緯を見定めたあと横合いから結果を掻っ攫うことだ。後腐れなく牧童を殺しておくことも忘れない。

 何のことはない。バアルは速度に優れた魔族だ。いざというときにその300を超える敏捷をもって離脱できる。物見や暗殺にはうってつけだろう。


 性に合わない仕事だとつくづく思う。もっとこう、これといって考え事もなく敵と殺し合ってる方がわかりやすくて気楽だった。

 それが今やどうしたことか。ザムザールが回してくる任務は、大半が使いっ走りや経過観察。バアルが渇望してやまない強敵との鍔迫り合いなど望むべくもない。

 いっそのこと、あの気取り屋の魔族に襲い掛かってやろうかと何度思ったことか。


 ――手ごたえのある敵は、今までにそれなりにいた。槍の達人を名乗る人間に、細剣を使うエルフ。素手で岩を砕くドワーフまで。あわやというところまで追い詰められたこともある。

 しかしその誰もにバアルは勝利した。対峙した敵は今頃全員土に還っていることだろう。

 いや、正確には違う。バアルと殺し合いを演じながらも、なおも生き残り続けている男がいる。


「あの、猟師……」


 一度目は惨敗だった。まるで渾身のストレートをジャストミートでホームランにされたような、言い逃れようのない完敗だった。

 あの敗北があったから今のバアルがあるといっても過言ではない。基礎を煮詰め目を養い、一端の使い手として腕を磨いてきた自覚がある。

 次こそはあの、速くもないくせに魔法のように撃ちこまれてきた一撃を打ち破ってみせると、そう考えて鍛錬を重ねてきたのだ。


 そうやって満を持して挑んだ二度目は……酷いものだった。

 満身創痍の身体に魔力切れ。そして何より背後に余計なものを抱えていたせいで、バアルにその気がなくとも庇うように立ち回り続けていた。

 付け入る隙はいくらでもあった。突かずにはいられない隙に思わずバアルの身体は斬りかかり、当然のように猟師を瀕死に追いやった。


「……そんだけハンデ着けまくって、結果が試合に勝って勝負に負けたってのは格好つかねえよなあ?」


 だからこそ、次こそは。

 次こそは問答無用の完勝を奪い取ってみせる。そう誓う。

 再戦はいつになるかわからない。前回のように間が空くのだとしたら、きっと大戦(・・)のさなかに雌雄を決することになるだろう。

 もしそうなったら、なかなか素敵な展開だよなぁ、とバアルは独り言ちて帰路を急いだ。



 ――――願わくば、いずれ起こるその戦いが、大陸最強を定めるものであればいい。

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