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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
飛びあがる魔物狩り
162/494

ニザーン防衛戦⑦

「婆さんの財布みたいに、腹をびりびりに引き裂いてやるっ!」

「グォオオッ!?」


 跳躍し落下と同時に振り下ろした両手斧を、着衣の蜥蜴は間一髪で躱してのけた。地面を打つ刃先、草混じりの砂礫が飛び散りフードの中に飛び込んできた感触がする。構わず斧を引っこ抜き、追撃とばかりに蜥蜴へ向けて横薙ぎに払った。


「ガァッ!」

「――――っ」


 ……驚いた。てっきり力任せに打ち合ってくると思ってたんだが。


 斧を絡めとるような軌道。蜥蜴は細身の曲刀で俺の一撃を受け流し、身を沈めて両手斧を掻い潜っていた。

 完全に想定外な展開。思考の止まった隙を突いて蜥蜴が右手を引き絞る。じわりと黒ずんだ爪の先。恐らくはリザードマンが持つという毒の爪か。

 その毒はどれほどの威力を持つのか。身体が鈍る程度? 幻覚をもたらす効能? ――それとも死に至る猛毒?

 どちらにしてもまともに受けるという選択肢は存在しない。ここで俺が倒れれば戦線が瓦解する。それは避けなければならない。


「――――っ! 舐めるな!」


 両手斧を手放す。斧は手元からすっぽ抜け、運悪く軌道上にいたリザードマンの雑兵の頭をかち割った。

 蜥蜴が爪を突き出す。爪先からしたたる毒液。落ちた液体は地面の雑草に触れ、灼けつくような音を立てて白い煙を吹き上げた。爪は渾身の威力をもって獲物の腹を抉ろうと突き込まれ、


 ――――ぎゃり、と異音を上げ、盾にした銀の篭手に阻まれていた。


「その腕……」


 爪に触れないように敵の親指を握り込む。もぎ取る勢いで捩じり上げ、もう片手も使って肘を極めた。抜けようとしたのか蜥蜴が横倒しに倒れ込もうと――


 ――受け身など取らすか、戯け。


「貰った――――!」

「ギ……!?」


 ぼきり、と骨の圧し折れる音。握り込んでいた指から強張りが抜けた。ぐにゃりとした感触から早々に手を放し、改めて飛びずさって間合いを離す。

 ……この感触はどうにも慣れない。まるでゴム人形でも触ってる気分になるし、それが蜥蜴の肌となるとひたすらに気色の悪いことこの上ない。これなら熊と取っ組み合いしてる方が数倍ましだ。


 インベントリから新たに武器を取り出す。先ほどと同じ両手斧。しかし今度は柄を長めにとり重量を増した大振りの一振りである。

 ぶん、と軽く振り回し具合を確かめる。……重心が多少狂うが――なに、打ち合ううちに慣れるだろう。

 骨折の痛みから立ち直ったらしき目標に向けて、地を蹴った。


「――んのぉらぁああああっ!」

「ガ――――ッ!」


 横殴りに斧を振るう。受けられようが避けられようが関係ない。さらに踏み込み足を軸にして身体を返し、独楽のように身体を捩じってひたすらに打つ、打つ、打つ!

 この蜥蜴が見た目以上に手練れであることはよくわかった。粘り強く巧みに曲刀を取り回して太刀筋をずらしにかかる腕は大したものだ。並大抵なら勢い余って体が泳いだところで曲刀の餌食だろう。


 ――だが、それが何だというのか。


 受け流すがいい。退いて躱してみるがいい。仕留めきれなかった分だけこちらも速度を(・・・)上げてやろう(・・・・・・)

 剛剣ならば得手のうちだ。その技量、その粘りごと叩き斬ってやる。竜巻のごとく、断薪(たつまき)のごとく。剛よく柔を断つ、その意をここに示してくれる――――!



   ●



「この――――なんだその斧は!?」


 間断なく襲い掛かる斧の連撃に、思わずソルは悲鳴を上げた。

 群青色の外套を纏った男。身の丈ほどの両手斧を手にソルの迂回を阻止しにかかった。まるで悪夢のような暴風じみた乱撃はリザードマン相手でも見たことがない。

 そして何よりも厄介なことに、その動きに隙が無い。

 ただ遠心力に任せて斧を振るっているように見えて、踏み込みや重心の移動に迷いがなくどっしりと安定している。

 明らかに何らかの型に従った動きだった。――――しかし何の型だ? 斧を使う流派にこんなぐるぐる回転するものなど聞いたことがない。


「くそが、香港映画みたいに飛び跳ねやがって……!」


 横薙ぎを下段から打ち上げて間合いの中に潜り込む。少し前と似た構図。しかし右腕は折れて使い物にならない。

 だからそのまま押し切った。


「コォオアアアッ!」

「――――っ!?」


 肩ごと体当たりに弾き飛ばした。単純な筋力と体重ならこちらが上だ。ある意味ソルの得意技。日本でもよく使って上田に文句を言われていたっけか。

 リザードマンの剛力に吹き飛ばされ、斧の男は大きく後退した。ざりざりとブーツが地面を噛む音。仕切り直して再度打ちかかろうと構えると、


「カ――――!?」


 どっしりと腰を落とし、足は根を張るように微動だにせず。

 斧の切っ先揺るがず立てて捧げ持つ、その構えは蜻蛉のそれか。

 爛々とこちらをねめつける眼光は、一撃で敵を確殺せんという圧力すら生じさせ――


「オオオオオオオオオオ――――ッ!」

「グァアアアッ!」


 撃発した。

 踏み込んだ地面すら炸裂させて肉薄する群青の影。迎え撃つなど考えにも及ばない。

 大叫とともに振り下ろされた豪斧。脳天から唐竹に割ろうとする一撃に、ソルは――


 ――――まだだ……ッ!


 必死の思いで身を捩じる。身体をわずかに横に逸らす。間一髪。大斧はわずかにソルの身体を掠めて過ぎ去り――


 ――――否。


「ギゃ……!?」


 激痛が走った。

 見れば無手の右手、斧の男に折られた右腕が切断されて宙を舞っていた。躱しきれなかった。感覚のない腕ではソルの動きについて来れなかったのだ。喪失した腕の途方もない感覚に泣きたくなる。


 それでも。


 爆裂する地面。大地を抉り深々と喰い込んだ両手斧。力の限りに踏み抜いた(・・・・・)

 柄の上から足裏を叩き落とし完全に陥没させる。斧の上に乗りあがり群青の男の武器を完全に封じた。

 左手には数年前、エルフを見逃す対価に得た曲刀。このひと振りなら、強引な重心の乗らない一撃でも致命となりうる――――!


「死――――!」


 死ね、と。

 必殺を籠めて振るった一閃は、


「ね、え――――?」


 がくん、とつんのめるような。

 まるで襟首を掴まれて引っ張られるような感覚に剣閃を乱され、見当違いな軌道を描いて空振りした。


「なにが――!?」


 振り返る。同時に身体のどこかから激痛が飛び込んできた。

 見れば、背後に白い影があった。

 白い狼。まるで新雪のような体毛に、冬の月のように透き通った金の瞳。

 巨大な白狼は唸り声をあげ、ソルの尻尾に齧りつき、背後に引きずり込もうと――


「くれてやる――――!」


 蜥蜴を舐めるな。

 意識を集中し尻尾への血流を滞らせる。蜥蜴の尻尾は呆気なくソルから切り離され、ミミズがのたくるようにじたばたと暴れて狼の牙を封じた。

 尻尾を失い、バランスが狂ってたたらを踏む。それでもなお敵に相対しようと向き直ると、


 紅銀が迸る。

 瞠目したソルの眼前には、紅い粒子を纏った靴底が迫っていた。


「飛べ」


 蹴り上げられる。がちん、と音を立てて歯が打ち合い、噛み千切った舌先が宙を飛んだ。顎にめり込んだ靴底は顎の骨を砕き、欠けた牙が口の中で、幼児の頃誤って齧った砂のように唾液と混じった。

 打ち飛ばされる。横目で見るに、きっと三メートルは上がっているだろう。人間のくせになんて馬鹿力だ。この満身創痍では到底敵いそうにない。


 ――――だが、まだ諦めきれない。

 どうにかこの男を突破してあのクロスボウ兵を打ち倒さないと味方が危ない。いっそのこと、この男を無視して脚力任せに振り切って敵陣に辿り着ければ……


 脳震盪で朦朧とした意識の中、そんな事を考えてソルが落下に備えると、


 視界の端で、何かが蠢いた。


「…………?」


 否。端ではなく、正面に異常があったのだ。

 力なく打ち飛ばされ、仰向けに宙を舞うソルの正面――すなわち遥か彼方の上空で、


 突如として、春の陽光に翳りが生じた。

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