ニザーン防衛戦⑥
やー大漁大漁。あの副長アングラーの才能があるかもしれません。見事敵右翼を釣り出してくれました。
今回の作戦内容はいたって単純。敵を釣り上げ引き伸ばし、小口づつに切り刻んでいく手法である。
なにしろ相手が相手だ。数が劣勢な上に個人の戦闘力まで劣るというなら、少量ずつ磨り潰していくよりないと判断したのだ。
とはいえその手段は結構な博打になる。こちらの挑発が不発に終われば話にならないし、かといって真に受けた敵が全軍でこちらを潰しにかかればそれこそ総力戦にもつれ込む。敗北とまではいかないが結構な損耗を受けることは容易に想像がついた。
けれどまあ、上手くいったことだし良しとしよう。次やるときは完封してくれると心に誓う。
――さて、今更な話だが作戦概要の説明に移るとしよう。
第一段階、釣りだし。
副長による単騎での突出と挑発。狙いは敵の小部隊を釣り出して坂の上に誘い入れ、弓矢を用いて正面から滅多打ちにすることだった。
ノリのいい蜥蜴が一騎打ちを演出してくれたが、これは完全な蛇足です。あんな相撲レスラーみたいな巨漢なんぞ無視しても良かったくらいで、嬉々として突撃する副長を見てこっちが焦ったほどである。
結果的には鮮やかな勝利となり、敵味方の士気に大いに貢献してくれたのは流石の一言。その力の源は未亡人へ向けた高鳴る熱い恋心でしょうか。爆発してしまえ。
第二段階、救援部隊の誘引。
深追いした追撃兵が壊滅した敵軍はどういった手に出るだろうか。答えは僅かな生き残りを救出するための更なる出撃である。
見捨てるという手段はまずあり得ない。エルモに聞けば、リザードマンの統治制度は武力に秀でた個人に各族長が従属する形で成り立つ首長制だという。つまりまだ見ぬ敵首魁は、常に数十に及ぶ部族を束ねるリーダーシップが求められているわけだ。――それはすなわち、少数とはいえ味方を切り捨てる判断が難しい立場にあることを示している。
あのやたらと鱗の薄い身軽な蜥蜴。ひょっとしたらあれもそういう特徴を持った種族なのかもしれない。今回これを見殺しにしたとなれば、次の戦には彼らもボイコットをかますのでないだろうか。
リザードマンたちはその統率を維持するために、壊走する味方を救援せざるを得ない。
第三段階、救援部隊の分断。
記録を見ればわかることだが、リザードマンは千人以上の戦闘単位で動いたことはない。特にこの百年でいうと、百人以上で平原に侵攻するところを目撃された例は皆無である。
ここから何が推察されるかというと――奴ら団体行動がなってねえ。
各々の我が強く個人の武勇頼みのリザードマンは連携というものを軽視している。さながらどこぞの三国志のように、猛将が前に突っ込んで無双すればそれで解決という石器時代の感覚でやってくる可能性が大、というわけである。
武勇自慢が一番乗りを争って思い思いに突撃すれば、当然戦列は縦に伸びきってしまう。そこを狙った。
先頭が投斧で出鼻を挫かれたところを見計らい、霧を生み出しエルモの風に後押しさせて相手の横腹を突いた。同時に北の林に潜んでいた猟兵二十人とともに接近、霧の冷気で弱まったリザードマンを射程内に収めたところでクロスボウの一斉射を浴びせたという寸法である。
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ドワーフ製合金の滑車式クロスボウ 品質:B 耐久:B
攻撃値:31
リムに板バネを用い、張力を向上させた重弩弓
耐久性と弾性に富んだ特殊な合金を使用し、威力は小型のバリスタに匹敵する。
滑車を用いて弦引きの効率化を図っている。
欠点はその張力の高さであり、指で弦を引いて装填を行うことは不可能。
弦引きは備え付きのレバーを前後させることでおこなうが、たとえペダルを抑え背筋を利用して弦を引こうとも常人に動かせるものではなく、使用には相応の筋力が要求される。
滑車等の各種部品にはドワーフ地下王国による規格化された工業品を用いてあり、精度の向上と量産性の確保、それぞれの品質の均質化に成功している。
合金の材質、製法は不明であり、破損時の部品の自作は不可能。整備用に予備の部品の携行が求められる。
現状、人間の歩兵が所持しうる中で最大の威力を持つ弩弓である。
「――――次発装填」
猟兵に装填を命じる。目の前には蜥蜴の死骸。短弓による射撃では喰い込む程度だった鱗は無残に貫通され、中には完全に身体を貫いて地面に突き刺さったボルトすらある。
……ワイバーンの骨を貫通するところまでは実験していたのだが、リザードマンの鱗までこうも易々とやれるとは。
「ガァアアアアアアッ!」
霧の及ばない場所にいたリザードマンが咆哮を上げた。他の蜥蜴と違い胸甲を身に着けず、外套や手袋、キルト生地のような衣服を身に纏っている。各所を部分的に覆っている防具は革製だろうか。
蜥蜴は鱗の防御を恃みにして防具を卑下するという話だが、あれはただの都市伝説だったのか。だとしたら種族選択であんな説明文を書いた運営を殴ってやりたい。
着衣の蜥蜴が腰の剣を引き抜いた。細身の曲刀。リザードマンの持つ文化から見て不釣り合いなほど優美な意匠をした剣だった。
絡み合う蔦を模した鍔に緑がかった刀身。むしろデザイン的にエルモの持つ短弓と近い印象を受ける。
「照準、あのけったいなリザードマン」
装填を終えた部下に狙いを指示する。一斉に向きを揃える真鍮色の鏃。俺も同様に弩弓を構え引き金に指をかけた。
常人ならペダルとレバーを用いても装填の叶わない強力過ぎる重弩弓。この問題を解決するために、猟兵は装填時に身体強化を用いていた。だからこそのこの強弓、この威力。この距離ならば、たとえトロールの頭蓋でも粉砕して見せよう。
「全猟兵、一斉射――――ッ!」
「ガアアアアア!」
殺到する真鍮色のボルト。つい二十秒前にリザードマンを一掃した斉射を、着衣の蜥蜴は驚いたことに回避してみせた。
前に出るでもなく後ろに引くでもなく、真横に向けて身を投げ出すように。射線から逃れた蜥蜴を二十のボルトが掠め過ぎ、代わりに後方から駆け寄ってきた無防備な雑兵数体を吹き飛ばした。
――――いや、違う。
「グゥウウ……っ!?」
全弾は回避しきれなかったのか。
着衣の蜥蜴が垂らしている、その尻尾にいくつかが着弾していた。ボルトは緑の尾に突き刺さり貫通し、古びた雑巾のようにずたずたに引き裂いている。
しかし着衣の蜥蜴は止まらなかった。苦痛を噛み殺しながら地を踏みしめ、横へ横へ回り込むように駆け上がり、
……迂回する気か。少々まずいな。
「各員、前方に向けて撃ち続けろ。近づく雑魚は針鼠にしてやれ」
「はっ! 隊長殿はどちらへ?」
威勢のいい小隊長の返答に思わず苦笑した。どちらって……どちらなんだろうなぁ?
インベントリを展開する。青い閃光とともに現れたのは重々しい外見の両手斧。無造作に掴んで肩に担いだ。
「ちょっとした見回りだよ。――裏口入学はお断りしておかないとな」




