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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
寒村に潜む狩人
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小コミュニティにおける雑貨屋の重要性

「いらっしゃい」


 寂れた寒村の雑貨屋を経営しているベンタは、表の扉が開く音を聞いてめんどくさげな声を上げた。到底まっとうな接客態度ではない。

 それも当然。一日に数度来る客は皆が皆顔見知りで変わり映えがないし、季節に一度来る行商人だって毎回似たような品物しか持ってこない。時にはこっちが用意した干し魚を見て、あからさまに舌打ちして何も買わずに村を去ることもあるほどだ。おかげで村では通貨があまり出回らず、物々交換がメインである。

 一応並べている商品に値札はつけてあるが、あくまで目安に過ぎない。


 どうせこんな店、いずれ潰れるから適当でもいい……それが10年前に店を継いだベンタの持論であり、村に住む人々がひそかに思っていることでもあった。


 だがその日、訪れた客はいつもと勝手が違った。


「……カウンターの裏で寝そべるのがこの村の接客なのか? 面白い風習だな」

「……ッ」


 跳ね起きる。目の前にはカウンター越しに興味深げにベンタをのぞき込む男の姿があった。


「―――あんたか。村長から話は聞いてるよ。」

「それはなにより」


 胡散臭いものを見る目で睨みつける。男はどこ吹く風といった様子で店内を見回していた。

 薄気味悪い男だ。あまり感情を露わにしない顔は、こちらに対して無関心なのか恬淡としているのか茫洋として掴みどころがない。


 ―――『客人』コーラル。彼のことをベンタは詳しく知らない。『客人』という言葉の意味にもこれといった興味がない。長老がそう呼ぶならそういう存在なんだろう……そんな認識だ。

 だからコーラルが猟師としてこの村に居ついたとして、だから何が変わるんだと思う。

 ただのド素人がこの村を支える? 馬鹿を言うな。そんなことが出来るならとっくに俺がやってる。こんな余所者、さっさと奴隷商に売り払えばいいんだ。

 気に食わなかった。この男は村の資産を無為に食いつぶしていく。そして俺は、そんな奴の窓口にならなきゃならない。

 嫌悪感を抑えてベンタは無理やり笑顔を作った。


「……必要な物があったら言ってくれ。品揃えは悪いが、あんたの猟が軌道に乗るまでは必要な物を用立てておくよ。お代は出世払いってやつさ」

「そうか。じゃあ早速なんだが―――」


 そう言って、男は何処からともなく古びたクロスボウを取り出した。


「ボルトを使い果たしてしまった。これに合うものを補充したいんだが、この店に置いてあるかな? 無いなら村鍛冶のところにも寄るつもりなんだが―――」

「ああ、それなら心配いらないよ。あんたが来るまでうちの若い連中が兎狩りに使ってたやつだからね。うちにストックが置いてある。確か、50本ばかりだったかな。全部持っていくといい」


 男の言葉を遮るようにベンタが言った。この男に下手に住民と接点を持ってもらいたくない。いそいそと矢筒に入ったボルトを二セット取り出してカウンターに置く。


「……随分と気前がいいんだな。商品なんだろう?」

「いいんだよこれくらい。この村を立て直す手伝いをしてくれるんだろ? お安い御用さ」

「む―――そうか、わかった。ありがたく貰っておく。礼を言うよ」

「いやいや、長老の頼みだからね、礼はいらないさ」


 そう、礼はいらない。欲しいものを言えばいい。お前が物を無心するたびに、目に見えない負債が積み重なっていく。お前がどう思おうが、長老がどう計らおうが関係ない。重要なのはお前の村の中での位置付けがどう落ちぶれていくかだ。

 最後の最後に、良心の呵責から自ら奴隷になるのが最上だが、いざ歯向かわれた時に、村人全員で遠慮なく半殺しにできるほど無様な姿をさらせばいい―――


 そんなことを考えていると、男は唐突に話題を変えた。


「それはそうと、皮革製品は品薄なのか? 随分と数が少ないんだが」


 だからお前が雇われたんだろうが。

 察しの悪い男にいらつきながらベンタは返した。


「そりゃあ、この村には腕のいい猟師がいないからね。若い衆がたまに兎を狩るけど、殆どが肉が目当てで毛皮なんか見向きもしないし、せっかく剥いできた皮も『解体』のレベルが低いからぼろぼろで売り物にならない。結局、季節ごとに来る行商人に高値で吹っかけられちまうのさ」


 冗談交じりに肩をすくめる。だがこれは正直死活問題だ。日常生活に皮革の占める割合はそれなりに大きい。だからどうしても必要な世帯に対し、長老に相談したうえで赤字を抱えながら安価で下すのが雑貨屋の常だった。

 ベンタの愚痴に対し、男はそうか、と頷いて、


「―――なら、さぞこれは高値で買ってくれるんだろう?」


 バサバサと音を立てて、何枚もの毛皮をカウンターに積み上げた。


「――――――」


 言葉にならない。ベンタは口をパクパクと動かしてコーラルを見やった。


「…………あんた、剥ぎ取りナイフはどうしたんだ?」

「持っているが、それがどうしたんだ?」


 そう、剥ぎ取りナイフ。村にもひとつ、七十年前から共有財産として存在する。これは一種類の獲物に対し一種類の素材を低品質で剥ぎ取ることが出来る代物だ。食用魚は切り身が、鹿や馬なら皮が、兎なら肉が。

 ……そう、兎なら肉しか採ることが出来ない。それなのにこの男が積み上げた四枚の毛皮は、明らかにこの地方にいる穴兎のものだった。

 どうやって? 剥いだのか、この男が? あんな便利なナイフを持っていながら、わざわざ?


「……別に、妙なことはしてないよ。ただ、いちいち現実だのゲームだのと区別するのはやめようと思ってね」

「何の―――」

「ああ、こっちの話だ。……それで、あんたならいくらで値をつける? あんまり安いようじゃ村中売り歩きに行った方がいいって結論になるんだが」

「ち……」


 思わず舌打ちが漏れた。誤魔化すように毛皮を手に取って検分する。……数か所に小さな穴があるものの、問題があるほどのものではない。裏に脂肪が残っているわけでもないし、伸ばしも均等に済ませてある。ケチをつけるとすれば兎ゆえの量の少なさくらいで、他は外から仕入れているものと大差はない。

 ……素人じゃなかったのか?


「……銅貨10枚。一枚につきだ」

「そうか、ならそこの木皿の仕入れ値は10枚セットで銅貨2枚なんだな?」


 こいつ……

 棚に置いてある品から相場を読み取ろうとしている男に思わず歯噛みする。


「わかった、20枚だそう。……ちょっとした値切り交渉だろ? そう目くじら立てんなって」

「文句はないよ。『ここ』がそういうところだっていうのは予想が出来ていた。……そうだ、裁縫セットを売ってくれないか? あと塩も―――」




 バタンと音を立てて閉まる扉を、ベンタは親の仇でも見るような目つきで睨みつけた。

 ……結局、在庫のボルトが空になったくらいで、あの男は持ってきた毛皮の代金で足りる程度の物しか買っていかなかった。不足分を貸しにすることも出来ず、こちらから無料で渡そうとした品物も受け取らなかった。きっとこれから行く酒場では、今回余った金で食事をとるのだろう。

 計画と違う。一般に『客人』は狩りの素人で、まっとうに兎を狩れるまでひと月はかかるのではなかったのか。どうして十日もかからず成果を上げられる。


 そして毛皮。……肉ならいい。ここは魚が取れて肉は必須じゃない。適当な口実をつけて買い叩いてやったはずだ。だが皮はどこも品薄で欲しがるはずだ。村鍛冶のミンズも、漁師のエトンも喜んで金を出すだろう。だがそれではまずい。奴と他の村人を近づけたくない。奴と村との接点は雑貨をせびられて迷惑しているこの雑貨屋と、ただ飯を食って醜態をさらす酒場でなければならない。だというのに……


 このままでは、あいつはこのまま村の一員になってしまう。

 

 ぶるりと身を震わせる。このまま奴が狩りの腕を上げていけば、そう遠くないうちに皮革の値崩れが起きる。

 村の人間からすれば願ってもないことだ。だが村で唯一皮革を扱っていたこの雑貨屋は? 住人には貴重な品を身を削って提供しているという体で大きな顔をしてきたこの俺は? 今まで散々恩を売って、代わりに麦も、魚も、金物も、真珠も、何でも破格で仕入れてきたというのに。


 壊される。何もかもが。


 ベンタは物言わぬ扉に向けて吐き捨てた


「家畜が……」 

・プレイヤー死後NPCが空き家を荒らす。

・「なんだこのナイフ、スゲー」

・村での解体作業の大半に剥ぎ取りナイフが使われる

・手作業での解体を行わなくなる。『解体』のレベルが上がらない。

・ナイフの仕様上『兎は肉、革は鹿』という認識が出来上がる。

・鹿や猪以上を狩れる狩人がいない

・深刻な皮革不足へ

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