ニザーン防衛戦③
まずはお見事。称賛を送ろう。
単騎突出しての敵軍への挑発。一騎打ちの演出。消耗を抑えるため速やかな決着を目指した奇策は、どれも鮮やかというほかない。聖アッティラの加護ぞあれ。
問題はそれにかかる経費だが、彼もそれなりに高給取りだ。しばらく食事の献立が寂しくなる程度で済むだろう。……あるいは彼の場合、食事に経費などかけてないかもしれませんが。
蜥蜴の首を落とした一撃も、流石は我らが副団長といったところ。頑丈な鱗を避けて内側の肉を狙い、見事に切断してのけたのだから大したものである。
正直なところ、身体強化を身に着けてからの副団長の伸び幅が半端ない。具体的に言うと俺が焦ってくるくらいです。
模擬戦では一応俺が勝ち越しているが、勝率が六割を切ってきている。互いの得物を剣で揃えたら目も当てられない有様だ。だって普通に敵の剣を圧し折って迫ってくるんだぜ? あんなもんどうしろと。
――それはともかく、実に見事な介錯だった。遠視で傷口を確認してみたが、斬首の一刀は脊髄の隙間を骨を避けて綺麗に入っていた。あれなら刀身も傷みが少ないだろう。
だがひとつ。一つだけ突っ込みを入れさせてもらいたい。
――せっかくのフルプレートアーマーを自重を増やすための重石代わりにしか使わないとか、何考えてるんだ。
一騎打ちが終わったらやることは済んだとばかりにいつもの軽装に戻すし、あれではせっかく大枚をはたいて購入した重装が浮かばれまい。
『あんたがそれを言うの?』
聞こえません。そのような突っ込みは受け付けておりません。
そもそも俺は先代の装備をちゃんと要所要所で身に着けている。少なくともあんな、本来の用途を丸無視した使い方なんてしてません。
『……この間、シャベルがないからってその額当てで地面を掘ってたわよね?』
「わかった、この話はやめよう。ハイ、やめやめ!」
ちなみに件の穴掘りはまるで作業が進まず、結局は大張り切りしたウォーセがあっという間に掘り返すことで決着したのだった。
愛犬に仕事を押し付けやがって、という部下からの視線がとても居心地悪かったのをよく覚えている。
「――それで、エルモ。あれを見てどう思う?」
『確認したわ。――――話にならないわね。あの蜥蜴、うちを舐めてるのかしら』
シルフを介して即答で返ってきたエルモの言葉は、どこか腹立たしげな響きを含んでいた。
「夜襲部隊の生き残りによると、この気温でも支障なく動き回れていたって話だが」
『支障なく? どこがよ? あれが蜥蜴の万全なら、森に攻めてくる蜥蜴は全部が全部ミュータントよ。あだ名に芸術家の名前でも使ってみる? ヌンチャクとトンファーでもプレゼントしてあげましょうか?』
いつになく突っかかる我が副官。よほど蜥蜴に嫌な思い出があると見た。妖精越しにぎりぎりと歯ぎしりする音が聞こえてくる。
「ふむ…………まさか、その、暴行でも受けたとか?」
『あんたゴジラ観て勃起するの?』
おいオブラート!
こっちが散々言い回しに気を使ってやったのに、なんなんだそのあけっぴろげさは!? リアルに戻った際に会社で猥談を撒き散らして首になったりしないだろうな!?
村に来たばかりの初々しいエルフは一体どこにいったのでしょうか?
『――言っておくけど。あいつらに捕まっても薄い本みたいに苗床展開になんてならないから。あいつらがエルフや人間に感じるのは性欲じゃなくて食欲よ』
「そう言えば、人肉を食うって話だったか」
『虫も食べるって掲示板で言ってたわね。――はっ、蜥蜴も害虫駆除には役に立つじゃない。そのまま蛙の真似事でもしてたらいいのに!』
だからお前、蜥蜴に何されたんだ。
『エルフにはプレイヤー向けの訓練課程というものがあってね、第二紀か第三紀辺りに出来上がったものらしいのだけど。……とにかく、レベル10までは死に戻り出来るって特性を活かした訓練内容を組まれたのよ』
「……その心は」
『やることは簡単よ。――――リザードマンを一体、殺して持ち帰ってこれるまでプレイヤーを一人沼地に放り込み続けるの。
死に戻ったら引き摺ってでもリスタート。泣いても喚いても、戦利品を持ち帰るまではそれをひたすら繰り返すの』
「うわあ……」
怖いもの見たさで志願するんじゃなかったわ、とエルフは自嘲した。
『いろんな死に方をしたわ。斬られたりもがれたり千切られたり齧られたり。最後はいつも決まって食われたわね。出血で動けないところを爪先から齧られたり、千切られた腕をフランクフルトみたいに齧るところを見せつけられたり。……ほとんどは耐えきれなくて自害したけど。
おまけに沼地じゃエルフは足を取られるくせに、リザードマンはばしゃばしゃ水面を走ってくるのよ? 水かきがあるからってあれは反則だわ。――あんなの、逃げられるわけないじゃない』
「よしわかった。こと対リザードマン戦においてエルフ以上の専門家はいない。意見は有効に活用させてもらおう。――その上で聞く。本当にあれはリザードマンの万全じゃないんだな?」
『息は荒いし、しきりに足踏みしたり首を振ったり。何より動きが鈍すぎるわ。地形効果の影響があるにしてもあんな風にはならない。
……断言してもいいわよ。奴ら、春の冷気の影響を無効化しきれてない』
本調子のリザードマンはあんなもんじゃない、と彼女は言った。
確かに有用な意見ではある。リザードマンがこの季節に動けるようになった手段に、改良の余地があるなら、今後要塞都市が相対する彼らは飛躍的にその実力を増していくように見えるだろう。
だがそれは今現在の話ではない。彼らが用いているのは不完全な技術、それだけがわかればいい。
「……なるほど。完全に無効化するなら確かに厄介だが、あくまで冷気の効果を軽減しているだけならまだやりようはある」
『つまり?』
「作戦内容にとくに変更はなし。――Cプランだ」
いやほんと、事前に確認ができてよかった。冷気を完全に無効化しているなら打つ手がだいぶ変わってくる。恐らく結構な被害が出ていた事だろう。
『Cプラン……Cプランね。……正面からやり合うよりはマシかしら』
「エスコートは任せた」
『露払いまではやらないからね。こっちだって用意で結構カツカツなんだから』
「充分だ。その代わりフレンドリーファイアだけは避けろよ」
『誰に向かって。……あんな目立つ緑の鱗、目をつぶったって外さないわよ』
それは結構。
ではいい加減、お仕事に取り掛かるとしよう。
「それじゃあまあ、ぼちぼち合わせるとしようか。
――――霧はざわめき」
『風は踊る』
魔力が流れる。遠く後方から『誰か』の魔力が急行してくるのが感じ取れた。
滲み出る二種類の魔力は混ざり合い、真っ白な霧として顕現する。
目指すは眼前の平原。川中島のごとく、戦場を混乱に陥れてくれよう――――




