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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
飛びあがる魔物狩り
156/494

ニザーン防衛戦①

 蛮族の群れ。

 姿を現したリザードマンの軍勢を見て、ウェンターはそんな感想を抱いた。


 軍列をなしているわけではない。装備を統一しているわけでもない。足取りはまばらで歩調は思い思い。私語が多いのか足音以上にぐちゃぐちゃと騒音がこちらに届いてくる。行軍中だというのに手に持つ生肉に齧りつく輩もいた。肉の見た目は長細く肌色で体毛が薄く――つまりは、そういうことなのだろう。不幸にも逃げ遅れた村民がいたのか。


 彼らが軍勢と呼べるのは、ただ単に屈強な戦士が適当に集まり、上位者の指示に従って同じ方向に歩を進めているからに他ならない。規律もなく矜持もなく、己の欲望のついでに噛みつく向きを揃えるだけの獣の群れ。蛮族と言わずしてなんというのか。

 あれを自らと同様なものだなどと誰かから言われようものなら、副団長自身がその不埒者を叩き斬っている。


 太鼓の音が聞こえる。進軍の調子を合わせるためだろう。チャカポコチャカポコと騒々しいだけで微妙に調子があっていない。そもそもあの蜥蜴たちは太鼓の音を聞き取っているのか。調子の変化に注意を向ける様子すらないではないか。


 驚いたことに、リザードマンの大半がまともな防具を装備していなかった。篭手もなく兜も被らない。唯一全員が身に着けている胸当ては灰皿ほどの大きさの円盤型で、文字通り心臓しか守っていないのが見て取れた。

 緑色の鱗が陽光を反射した。一見すればただの全裸。同じ人類種とは思えない装い。上位者と思しき人物は腕輪や頭環、首飾りと言った装飾を纏っている。布のマントを身に着けているものもいた。体躯にあってないそれは恐らく誰から奪い取ったものだろう。

 衣装を身に着けているものですら、それが防御に向けたものではないと察せられる。それほど己の鱗に自信があるのだろう。生半可な防具などむしろ動きの邪魔にしかならないという自負の表れか。

 いっそ、全員が装着した胸当てのほうに違和感を感じるほどだった。



   ●



 リザードマンたちに布陣という概念があったというのは、ある意味驚きだった。むしろ到着次第要塞に向けて突撃を開始してもおかしくないと考え兵たちに警戒させていたので、いっそ拍子抜けする思いでもある。

 曲がりなりにも列をなし、粗末な手槍と木板に革を張ったような盾を持った蜥蜴たちは、それぞれの指揮官の咆哮に従い自らを抑制しているように見える。


 いい傾向だ、とウェンターは思った。……相手には少なくとも理性がある。ならば士気の影響は受けるはず。どちらかを皆殺しにするまで戦闘が終わらないなどという事態は避けられるだろう。


「はっ!」


 気合いを入れる。腿に力を入れ、跨る馬の脇腹を締め付けた。乗り手の意図を組んで栗毛の馬が進み出る。

 前脚が太く発達した、がっしりした体格の馬だ。サラブレッドのような細身ではなく、さほど速度を出せるわけではないが、踏ん張りがきき荷車を牽かせることもある。気性は鈍感で物怖じせず、時折ギムリンの工房から響く爆音にもすぐに慣れてしまったほど。

 扱いやすく動じにくいこの馬を、副団長はこの数年好んで騎乗していた。


 自軍を離れ単騎で戦場に進み出る。一体何をしているのかという視線が前後から集まるのが感じられた。無視して歩を進める。両軍のちょうど中間で手綱を引き、落ち着き払った仕草で蜥蜴の軍勢を見渡した。


 ――――さあ、どうする?

 歩兵主体の傭兵団。その中で唯一馬上の人間。見るからに地位のあるものだと馬鹿でも判別できる。現に団長は要塞兵本陣に控え、万が一要塞兵を動かさなければならないときに備えている。

 ここでこの馬上の男を殺せば、ほぼ間違いなく傭兵団は壊走する。士気の瓦解は要塞にまで伝わり、陥落の一助となるに違いない。


 その上であえて問う。言葉でなく態度で。――この『鋼角の鹿』副団長を、お前たちはどう料理する?

 弓で射かけるか? 思い思いに突撃するか? 兵を連ねて囲んでくるか? それとも――


「ゲェエエエォオオオオッ!」


 奇声が聞こえた。鶏の鳴き声を濁らせたような咆哮だった。聞いた感じは、昔見た恐竜映画のラプトルの鳴き声に近いように思う。

 リザードマンの軍勢から、一人の兵士が進み出てくるのが見えた。


 三メートルを超える巨躯。平均身長が二メートルほどのリザードマンの中にあって、なおも巨大な体格である。すらりとした印象はなく、むしろ脂肪と筋肉が分厚く肉体を覆っていて力士のような見た目だった。

 その分力も強いのだろう。片手に持つ巨大な鉈のような剣は、刃物と呼べないほどに肉厚で重量級。刃渡りだけならウェンターの持つ両手剣に匹敵するだろう。そんなものを軽々と片手で扱えるのだから、その馬鹿馬鹿しいほどの怪力は易々と想像がついた。


 例によって防具の類は身に着けていない。精々があの鉄板――胸に縛り付けた心臓の辺りを守る円盤が、辛うじて防具と呼べる代物だった。

 よほど自らの鱗に自信があるのだろう。巨漢のリザードマンは大鉈を振り回し、これ見よがしに自らの足を引っ掻いてみせた。生物としてあり得ないことに、鉈と鱗は異音を上げながらぶつかり合って火花を飛ばす。鉈と鱗が打ち合う音に合わせるように、蜥蜴たちから歓声が上がった。


「指揮官――じゃないな。さしずめ歴戦の勇士ってところか」


 狙い通りの展開に苦笑する。――案の定、こちらの挑発に簡単に乗ってきた。罠を警戒しない単細胞ぶりに、彼らの中に混ざっているであろうプレイヤーの苦労がしのばれる。

 ――リザードマンは武勇を重んじるという。思わせぶりな言動を示せば、誇りにかけて我慢できずに乗っかってくると思っていた。


「では――――行ってきます、団長、エリス」


 そうひとりごちて、副団長は首元の飾りにそっと指先をふれた。翡翠と瑪瑙をあしらった簡素な首飾り。質実剛健を地で行く彼の人柄にそぐわない、唯一の装飾品。


 馬の横腹を強く蹴る。栗毛の馬は軽く首を振っていななき、力強く地面を蹴立てた。

 背中の大剣を引き抜く。手首を返して軽く弄び調子を確かめ――よし、いける。


 加速する馬上にて、大剣の副長は異形との一騎打ちに臨む。

 恐れはない。高まる戦意に堪え切れず、ウェンターは犬歯を剥き出しにして大喝を放った。

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