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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
飛びあがる魔物狩り
155/494

突出する鹿

「隊伍を組め!」


 藍色の髪をした、堀りの浅い顔立ちの男が大声を上げた。両手剣を背中に担ぎ、指揮官の身分を示すように一人だけ栗毛の馬に跨っている。険しい顔で周囲を睥睨する姿に、つい先日まで毒で苦しんでいた傷病者の面影はない。

 『鋼角の鹿』副団長ウェンターは昨夜のうちに、大金を積んで高価な毒消しを服用していた。ヒュドラ退治の報酬は吹き飛ぶが、それも自業自得と割り切っている。そもそも制止を顧みずに突撃した自分が悪い。ヒュドラは一貫して遠距離から、飛び道具で体力を削っていくべきだったと。


「副長! 各員配置につきました!」

「よろしい、別命あるまで待機」


 中隊長の報告に頷きを返し、自分自身でも団員の状況を見渡した。


 全団員の装備は統一している。

 真鍮色の円盾、同色の刀身を持つ肉厚の片手剣は、どちらも地下王国から仕入れたものである。材質不明な合金製で、重量はそこそこだが鋼を圧倒する頑強さを誇る。

 特に円盾は裏面にサラマンダーの革を張り付け、表面には耐火の付呪が施されていた。盾に関しては団長が特にこだわり、ハスカールに駐留しているエルフに追加加工で付呪を頼んだものだった。


 身に纏う防具は、あえて金属でなく革鎧を採用した。整備の手間も考慮してだが、歩兵主体となる傭兵団では移動の妨げとならない軽量の鎧が適していると判断されたためである。

 鹿革を蜜蝋で煮詰め、二枚重ねで成形する。革と革の間にサーペントの鱗をにかわで貼りつけ、強度の向上を図っていた。隊長格は鹿革でなく、トロールの毛皮を素材に用いている。

 ごつごつとした硬革鎧だが、その分強度は折り紙付きだ。サーベルキャットに噛みつかれても中身の身体が傷つかないほどで、団員の生存に大きく寄与している。


 百人の傭兵は四列の横隊を組み、いずれ南東から来るリザードマンの軍勢を待ち構えていた。

 前二列は盾を持ち、後ろ二列は弓を手にしている。山城である要塞の目前ということもあり、地形は緩やかな傾斜。後方にいる弓兵は前衛より頭二つ分ほど高みにあり、開けた視界は味方の身体に遮られることなく、頭越しの射撃が可能だった。


 団員たちの士気に問題はない。一週間前にヒュドラを退治し、その高揚がまだ残っているのだろう。未知の敵に対する怯えは見受けられなかった。

 勇壮かつ整然。およそ戦闘に臨むにあたって最高の状態といえる。


「…………」


 ウェンターはちらりと左に視線を送った。傭兵団の左手――北東の方向には、林とも言えないような茂みがある。まるで木こりが気まぐれに残したような、孤島のような林だ。


 ――身を隠すならあそこだろう。戦場全体を見渡せて、いざというときに両軍の側面を突ける位置にある。いささか面積が狭いため、隠せるとしたら二十人程度が精々か。

 斥候を放って茂みに敵がいないことは確認している。戦闘中も、蜥蜴が近寄る様子を見せないか警戒が必要だろう。

 布陣まで時間がなかった。余力があれば辺り一帯で視界を遮る木々を伐り倒していたのだが。


 この戦い、副団長は射撃が根幹になると考えていた。今更わかりきっていたことではあるが、村の防衛戦の時に思い知った。飛び道具は待ち構える側が用いてこそ有用であると。弓でも石でも、飛び道具を多く揃えておいて損はない。

 リザードマンは人間より身体能力に優れると聞く。万全の状態の彼らと正面からぶつかり合うのは避けたい。やるならば距離を走らせ障害物に手間取らせ、矢玉を撃ちこみ消耗を誘ってからだろう。


 ――それにしても、と溜息をつく。

 それにしても、背後に控える正規兵のなんと頼りないことか。

 要塞の兵は確かに精兵なのだろう。身のこなしから察するに、半島の領兵とは比べ物にならないほど鍛錬を積んでいるのが見て取れる。


 だがそれだけだ。いくら体を鍛えても、心がそれに追いついていない。

 彼らには防衛の意識はあっても、こちらから攻めてかかるという意気がない。攻め気がないのだ。

 臆病な亀が首をすくめて外敵が去るのを待ち続けるように、ひたすら盾を構え要塞の中から弓を射続ければそれでいいと考えている。

 敵を追い払うには、時には打って出て武威を示す必要があるというのに。


 どうしてウェンターがそんな感想を抱いているかというと、話は単純だ。――現在、ニザーン大要塞所属の正規兵三百人が、要塞を出て城門前のやや前方、傭兵団のちょうど背後に陣取っているためである。

 要塞からこの三百人を抽出したおかげで、現在防衛兵器の大半は機能を停止している。一応見せかけのため要塞の要所に民兵を配置しているが、彼らにバリスタの扱い方など指導もしていない。精々あらかじめ装填してある大矢を見当違いな方向に撃ち出す程度だろう。

 すなわち、今この瞬間、要塞は丸裸といっても過言ではない。


 実際に戦わせるわけではない。彼ら要塞兵はいわば見せ金だ。リザードマンに、こちらにもまとまった野戦戦力があると認識させる必要があった。

 精強とはいえ傭兵団の規模は百人程度。単独で六百のリザードマンと相対すれば容易に包囲を受けて壊滅する。

 だが背後に、三百の兵が後詰として控えていれば?

 傭兵団は孤立した百の兵でなく、四百のうち一隊が突出した形とみられる。傾斜のある平原だ、蜥蜴がこちらに走り寄り側面に回ろうとすれば必ず列を乱す。列は伸び、一度の接敵は十数体ごとになるだろう。そこを背後の正規兵とともに部分的に包囲する。――そう、こちらが算段していると相手に思わせるのだ。

 実情はそこまでの連携などとれるはずがない。守りしか頭にない要塞兵に前方に走って敵を斬りつける気概があるかも怪しい。

 よって見せ金。あくまで正規兵は背後に棒立ちにさせる。肝心なのはそこそこの装備と練度を見せつけること。すぐに逃亡する民兵ではなく、少々の窮地でも背中を見せない士気を持つ正規兵が背後に必要だった。


 側面への迂回に危険があるとすれば敵はどうでるか。

 ――恐らくは、この百人を正面から叩きに来る。地形の有利は要塞側にあるとしても、質的、数的優位はリザードマンにあるのだ。下手な小細工を弄する必要はないはず。


 力任せに突撃してくるか、足並みをそろえて一斉に襲いくるか。

 ――ウェンター自身なら速戦を選ぶ。要塞側はわざわざ強固な守りから生身を目の前に晒している。村民の避難を助けるためであるなど、蜥蜴たちの知るよしのないことであるが。

 とにかく、通常なら防壁の中で身を縮めている敵兵が外に出てきたのだ。逃す手はない。再び要塞に逃げ込まれる前に出来るだけ叩いておこうと考えるだろう。


 しかしそれが好機なのはこちらも同様。思い思いに駆け寄ってくる散兵を各個撃破で減らしていけばいい。


 ――――結論するに、緒戦がこの防衛の肝となるのはほぼ間違いない。


「来たか……」


 おおよその作戦を反芻したウェンターが視線を上げると、稜線の彼方から何者かが姿を現すところが見えた。

 鮮やかな緑の鱗が陽光を跳ね返す。聞くところによると、歴戦の古強者ほどその鱗の色は深みを増していくのだという。


 リザードマンの軍勢が、騒がしく大地を揺るがした。

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