猟兵の愚痴
「――王国の軍隊ってのはあれか、情報戦を侮ってるのかね?」
『どうかしら。確かにCIAみたいな諜報機関があるって話は聞かないけれど』
思わず口をついて出た俺のぼやきに、副官のエルモが動揺に呆れた口調で応えてみせた。
『――でも、リザードマンの不意打ちを防げなかったのは責められないと思うわよ。だって工作員とかどうやって送り込むのよ。蜥蜴みたいな外見のヒューマンなんて見たことないんだけど』
「おおう、いつになく辛辣な。そんなにリザードマンが嫌いか?」
『あれが好きなエルフなんていないわ。あの蜥蜴が沼地に居座ってるせいで、私、五年も森から出られなかったんだから』
「心中お察ししよう。でもその鬱憤を買物で晴らそうとするのはどうかと思うぞ」
『…………。今回は何も買ってないわよ?』
「ならインベントリは空いてるな? 蜥蜴の死体は持ち帰るから、ちゃんと回収しておくように」
『ばっ……!?』
おい、なんだその声は。
三日前要塞に到着したばかりだってのに、なに羽目外してるんだ。目の前に居たらぶん殴ってる所だぞ。
『……とにかく、情報戦について人間側を責めるのは酷ね。規模が大きい分、漏れ出るものは多いでしょう。ひょっとしたら蜥蜴を相手にしてる商人だっているかもしれないし』
「その商人が人間であるとも限らない」
『知り合いのザムザさんだったかしら? それにしては敵の数が少ないわね。あれじゃ村を襲えても要塞は落とせないわ。
それに、情報戦にもっとも長けてるのは魔族なんかじゃないわ。私たちプレイヤーよ』
「掲示板か……」
あの雰囲気苦手なんだよなあ。むしろ寝てる最中にまであんな煽り合戦に参加したくない。エルモ達に言われて一度だけ覗いてみたが、どうにも肌が合わなくてそれっきりになっている。
確かに、睡眠中限定とはいえリアルタイムで大陸中のプレイヤーがアクセスできる掲示板は有用だろう。
今回王国内で起きた出来事は半島にも届いている、プレイヤー同士の雑談にものぼっているはずだ。人間から見れば、お盆と年末が同時にやって来て大変ですねという程度の多忙さを、リザードマンは奇貨と捉えて攻め込んできた。情報の価値とは受け取り手によるものである。
そのことを考えれば、情報の坩堝といえる掲示板は常に監視下に置いておかなければならないのだろうが……
「いや駄目だ。そんなデスクワーク俺には向いてない。むしろ副団長に任せるべきだろう」
『これ以上机仕事押し付けたらキレるわよ彼。今回の遠征だって、ほとんどウェンターの憂さ晴らしだったじゃない』
うむ、あれは確かに酷かった。
目の下に真っ黒な隈を描き、全身をヒュドラの毒に侵されながらも大声で笑いながら突撃する副団長。大剣を一閃すれば蛇の首が三本まとめて落っこちた。首が再生するたびに立木のごとく斬り飛ばされる光景は一種病的ですらあり、ぶっちゃけ新規に加入した団員がドン引きしていたのが印象的だった。
鬼の副長ここにあり。帰ったら一週間は休ませないと本当に壊れそうです。
「掲示板については今後の課題だな。そのうち、寝食を犠牲にしてでもネットに張りついていられる猛者を募集しよう」
『ボトルの早期開発が求められるわね……』
「それはともかくだ。今回の件、魔族の介入があった可能性は否定しきれない。
ザムザールの手口は過去二回とも似通っている。燻っている勢力にとって有用な物資を他所から流し込んで煽り立てる手法だ。おまけに物を集めている段階でえげつない付呪をつけてる場合も多い」
『今回その流してきた物資っていうのが、寒空の中で動けるようになれる『何か』ってこと? 状況には合致してるわね』
その通り。今回のリザードマン侵攻は現地の人間の常識から外れすぎている。なにかしらの暗躍があったのはほぼ間違いあるまい。プレイヤーか、魔族か、あるいはそれ以外か。
問題は必要な物資をどこから調達してきたかだ。リザードマンが独自に開発を進めてきたという可能性もある。しかしそれにしても、開発したての胡散臭い技術をコンバットプルーフも無しに600人に仕掛けを施すというのは性急に過ぎる。
おまけに規模が少なく手先が不器用なリザードマンだ。生産効率は悪いだろう。やはりいきなりこの数の分だけ『仕掛け』を揃えるのは困難なはず。通常なら、精鋭や隊長格に厳選して試験的に運用するのではないか。
では発想を換えてみよう。少量ずつ生産しているのではなく、安価に大量に入手する伝手を手に入れた、とか。
どういう理屈か知らないが、捨て値同然で得られるもの。これからも安定して供給を受けられる予定のものなら、試験的に小規模な配備に留める理由はない。片っ端から全軍に行きわたらせてしまえばいい。
そして今回の600人がその端緒であり、それこそ試験運用部隊であるとすれば?
「……まあ、憶測に憶測を重ねた推論なんぞ糞の役にも立たん。真相は蜥蜴本人に問い質すとしよう」
『言葉は通じないけどね』
いやほんとに。
どういう仕掛けか、リザードマンの声は何から何までギャアギャアとしか聞こえないのだ。これでは捕虜をとって尋問することも出来やしない。
どうしたものかね、と唸っていると、目の前に浮遊しているシルフからエルモの舌打ちが漏れ出てきた。
『……ちょっと喋り過ぎたわね。これ以上の無駄口はMP的にきついわ』
「いつも思うが便利だなぁ、その無線魔法」
確か木霊がどうとかいう魔法だったか。遠くの味方に声を届ける魔法だ。双方向性ではないのでこちらからの発信は彼女が召喚したシルフに頼ることになるのが玉に瑕である。
とはいえ画期的であることに変わりない。この通信魔法を部隊全体に広げれば、きっと戦争そのものが変わるだろう。
『前にも言ったけど、そんなに便利じゃないわよ、これ』
対して、我が副官は淡白なものだった。
『距離が開けばノイズが走るし、どうやったって500m以上の通信は無理。熟練した使い手だって、30m以上離れた味方と通信するにはこんな風にシルフを張り付けてマーカー代わりにしないといけないし。そのシルフだって酷使すればMP切れで送還されるわ。
あ、ちなみにこれ風魔法に適性のあるエルフの話だから。人間だともっと条件きついわよ』
「なるほど、エルフは斥候に徹せよという運営の意図が透けて見えるようだ」
まあ、今回はそれだけに留まって貰っては困るわけですが。
彼女は今回の作戦で割と重要な位置づけにいる。たかが召喚魔法で息切れを起こされるのはとても困る。
「――さて、無駄口はそろそろここまでとしようか」
『同感ね。そろそろ蜥蜴どもが姿を見せる頃だし。私もMPを温存しておきたいわ』
その言葉を最後に、シルフから流れてくる言葉は途絶えた。あとにはきょとんと首を傾げる妖精だけが残される。
――――さあ、仕事だ。
日が昇る。
この日の戦場となる平原を視界に収めつつ、北側の森に身を潜めた猟兵は、敵がその姿を現すのを静かに待ち構えていた。
●
プレイヤー名:コーラル
種族:人間 Lv:42(↑4) 戦力値:690
HP:262/262(↑20)
MP:115/115(↑5)
SP:124/124(↑2)
攻撃:187(↑13)
防御:170(↑21)
技量:269(↑19)
敏捷:210(↑14)
魔力:198(↑19)
抵抗:181(↑13)
HP自動回復:8/sec
MP自動回復:9/sec
SP自動回復:15/sec
水魔法:C 光魔法:C
闇魔法:D
地形特性:中庸の民
保有スキル
フィールド:疾走Lv8(↑2) 耐久走Lv8(↑1)
軽業Lv14(↑1) 登攀Lv11
水泳Lv13 潜水Lv4
鑑定Lv6(↑2)
夜目Lv13(↑1) 遠視Lv9(↑1)
気配察知Lv14 追跡Lv13(↑1)
隠密Lv16(↑1)
学術:天文学Lv4 薬草学Lv7
生産:採集Lv8(↑1)
皮革Lv12(↑1) 解体Lv13(↑1)
耐性:水属性耐性Lv12(↑1) 火属性耐性Lv9(↑2)
光属性耐性Lv7
酸耐性Lv1 毒耐性Lv7
麻痺耐性Lv12 幻惑耐性Lv4
疾病耐性Lv5 耐寒Lv13
耐熱Lv10(↑2)
睡眠耐性Lv10 渇水耐性Lv1
飢餓耐性Lv2
戦闘:短剣Lv8(↑2) 片手斧Lv3
片手剣Lv3
二刀流Lv5(↑1)
両手斧Lv6 両手剣Lv3
長柄槍Lv5 長柄鎚Lv8(↑2)
長柄杖Lv8(↑1)
格闘Lv10(↑1) 噛み付きLv5
クロスボウLv16(↑1) 狙撃Lv2(New)
速射Lv2(New) 投擲Lv9(↑1)
暗殺Lv9(↑1) 強襲Lv4
重装Lv7 軽装Lv9(↑1)
防御Lv8(↑2) 受け流しLv10(↑1)
剛体Lv9(↑1) 身体強化Lv12(↑2)
雄叫びLv6
魔法:魔力操作Lv14(↑1) 魔力放出Lv10(↑1)
魔力変換Lv7(↑1) 魔力感知Lv13
瞑想Lv6 同調Lv8(↑2)
軍事:統率Lv6(↑1) 指揮Lv5(↑1)
教導Lv3(↑2)
特殊:死力Lv7(↑1) 狂戦士Lv6(↑2)
明鏡止水Lv3
称号:えべっさん
Exp:26




