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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
飛びあがる魔物狩り
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北海道でゴキブリが大繁殖するくらいの異変

 ニザーン大要塞は第三紀のエルフの大陸撤退の際、リザードマンの生息地である湿地帯に隣接する都市国家が、彼らに対抗するため防御機構を過剰なまでに増設したことが始まりとされている。

 リザードマンの弱点である水魔法を得手としていたエルフが撤退したならば、残虐で知られる沼地の民が平原に攻め入ってくることなど自明であったからだ。


 幸いなことに元々都市の位置からして小高い山に築かれていた都市国家ニザーンは、南西の湿地帯から攻め込んでくるリザードマンを撃退するに最適な地形をしていた。

 山の上にそびえ立つ城塞に対し、リザードマンたちは攻め込むにあたって常に斜面を登ることを強いられ疲労を余儀なくされた。そこに向けて展開される重弩弓や投石器などの防衛兵器の数々。とてもではないが耐えられるものではない。


 リザードマンには北の森を抜けて半島に入る、あるいは要塞を迂回して平原に出るという選択肢もあった。

 しかし彼らの性質は変温性の蜥蜴であり、寒冷な北のコロンビア半島は過酷だった。その上平原に出たとしても後背に人間族の一大軍事拠点を残すことに変わりはない。たとえ平原の一部を切り取っても、リザードマンの動きが鈍くなる冬場を待って要塞から打って出た精兵たちに蹴散らされるのが関の山だった。


 かくしてニザーンは四百年の間難攻不落の要塞都市として無敗を誇り、リザードマンの侵攻を退けてきた。

 国家としての体を失いルフト王朝に併合されてからもその役割に変わりなく、常に防衛のために軍備は十全に整えられ、ルフト王朝の兵たちにとって要塞都市に配備されることは、今後の出世において重大な意味合いを持っていた。


 現地を任される将軍も同様である。大要塞の兵を率いるということは国王の住まう王都の守備を任されることの次に信頼を受けている証であり、多大な名誉とされていた。

 過去におけるルフト王朝の歴代大将軍、その半分以上がこの要塞司令官経験者であることを踏まえれば、その重要性は推して知るべきだろう。


 ――さて、このように堅牢で知られるニザーン大要塞であるが、その城壁内に常駐する兵力自体は意外に少ない。

 専属として要塞に赴任し、十年以上の勤務を見越して居を構える要塞中核の兵、その数三百。これに必要に応じて王都から一般兵がローテーションで送り込まれ、合計で五百から二千の兵が要塞に籠ることになる。


 要塞に籠る兵力に大きな幅があるのは、ひとえに要塞が相対するリザードマンの特性に合わせた結果である。

 変温動物を起源に持つリザードマンは寒冷な気候を嫌う。動きが鈍り、酷いときは睡魔に襲われるなかで活発に動き回るほど彼らは酔狂ではなかった。

 そしてそれが逃れえない生態的な特徴である以上、敵対者である人間が把握しない理由はない。ルフト王朝側はリザードマンの活動が鈍る季節に、彼らの襲撃が散発的になることを見越して要塞内の兵力を最低限に抑える方針を取っていた。そのための兵力の幅である。


 リザードマンが支障なく活動が可能な最低気温はおよそ二十℃。王都や大要塞付近の地域において彼らが最大限に実力を発揮できるのは、六月から九月までの間だった。

 これまでの戦歴から見ても、リザードマンが大規模に兵力を動かすのは初夏から晩夏にかけてであり、それ以外では支族長程度の指揮官がせいぜい数十体を率いて近辺の人間の集落を襲いに来る程度だった。


 冬季におけるリザードマンの侵攻はあり得ない。それがルフト王国軍上層部での常識であり、また客観的な事実でもあった。

 よって要塞に籠める兵力も六月から九月にかけてにのみ集中的に配備させ、それ以外の季節では極力兵を減らしていく方針を取っていた。


 引き抜いていった兵の行き先に困ることはない。

 大要塞から芸術都市の間には整備された街道が敷かれているが、さらにその北、内海に面した浜辺には野生のグリフォンの群れが生息している。これの警戒に兵を割いて無駄ということはない。

 その上、西の騎士団は小競り合いとはいえ砂漠民族と未だに争っている。要塞から引き抜いた兵を騎士団への援軍にあてて貸しを作るという外交的手札としても機能していた。


 特に、一年前次世代の騎士団長と目されていた現騎士団長の長男が、閨で謀殺されるというスキャンダルが起きたばかりだ。おまけに下手人は人類種の不倶戴天の敵である魔族の女であるという前代未聞の不祥事である。

 不幸中の幸いというべきか、騎士団領を混乱に陥れた淫魔シャルロットは、彼女を王都から追跡してきた一人の『客人』の手によって倒された。討伐した人物はそれまで全くの無名だったいち警備兵であり、討伐後も特に名誉を求めることなく己の業務に立ち返っていったという。

 去り際に、『探偵ゲーなんて二度とやらんわ』と言い残して。


 騒動の種は討伐されたとはいえ、後継者が腹上死したという悪評が消えることはない。

 騎士団への求心力は薄れ、領内の治安は乱れていた。そしてその情勢を察知した砂漠民族が不穏な動きを見せ、揺れる騎士団はそれにも対応する必要に迫られた。

 王国からの援軍は彼らとしても渡りに船だったのである。


 ゆえに、要塞に籠められる兵は季節によって開きがある。これは大要塞がルフト王朝に併合されたときから続く慣習であり、一種の常識でもあった。


 どうせリザードマンは夏場にしか現れない。ならば要塞に常時籠る三百の兵も無駄ではないのかという極論すら現れるほど、前線でありながら要塞都市ニザーンは堅牢を誇っていたのである。


 ゆえに、その瞬間が来たとき、報せを聞いた誰もが信じられなかったという。



 ――――ディール暦711年四月三日。

 リザードマンにルフト王国へ侵攻の予兆あり。


 重大事が重なっていた。

 ルフト王国第一王子の成人式。騎士団と砂漠民との小競り合い。新たな宮廷魔術師の任命。それら全てがこの時期に重なっていた。

 どれもこれもが王国の威信に関わる出来事である。式典や援軍に兵は必要不可欠であり、志願制という軍制を採用している大陸では急な増員は難しかった。

 いまだ季節は春であり、リザードマンの活動期間まで間がある。そう判断されて一般兵を引き抜かれたニザーン大要塞は、この時期最も兵力が少なかった。


 その人数、520名。

 一般兵以上の個人戦闘力を誇るリザードマンの侵攻軍600人と比べると、防戦とはいえいささか頼りない兵力とすらいえる。

 そもそも、五百人強の兵力では防御施設に人員を行きわたらせることも難しい。


 このまま戦えば、被害が予想されていた。それも、要塞の陥落すら視野に入れた被害が。

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