狩りに行こう
「…………」
長持の中にあったのは、手紙にあった通りの品物だった。
―――額当ては防御性を重視したのか、頭の前半分を覆う大きさで、輪になった革ベルトで頭を締めるもの。
―――篭手は革手袋を金属が覆うような造形で、手の甲から前腕部までを保護している。手袋は少し弄れば交換できそうだ。
―――ブーツは西洋甲冑に用いられているようなデザインで―――いや違う。踵が動きやすいように革のみで構成されている。
―――マントは赤地に金の縁取りが修飾されてあり、中央には何らかのエンブレムが描かれている。
……全体的に見た印象は、可動部の材質を革にして動きやすくした金属鎧といったところか。金属部は錆びつきが欠片も見えず、銀の輝きを放っているが、用いられている革の色が真紅なせいで、鎧全体が赤く見える。
いや、本当に赤いのか? 触れてみると金属部でさえほんのりと暖かく、何かしら魔法でもかかっているのかもしれない。
試しに篭手を身に着けてみる。サイズはちょうど合っていたらしく、やや重みは感じても動きづらさは特にない。
「しっかし、こんなもん着る機会があるのかね……?」
思わずぼやきが漏れる。これを着て活躍している自分の姿がまるで想像できない。
こんなキラキラした鎧姿で山に狩りに向かうへっぽこ猟師。……まるで絵にならない。
長持に残っている冊子を確認する。羊皮紙を纏めて綴じた分厚いもので、数年がかりで書き上げたのだと窺えるほどだった。
『ミューゼル辺境伯領に生息する植物』
『ミューゼル辺境伯領に生息する動物』
『有用なスキルとその習得方法:フィールド・生産編』
『有用なスキルとその習得方法:戦闘・学術編』
『魔法修行のすゝめ』
『クロスボウを用いた狩猟方法・初心者編』
『武器・防具の主な整備方法』
ざっと見たところこれだけある。恐らく筆者にとってこれら冊子が本命で、装備はおまけに過ぎないのだろう。
『ミューゼル辺境伯領に生息する植物』を手に取ってパラパラとめくってみる。思った以上に本格的なもので、半島に生息する植物が絵付きで紹介されていて、含有している薬効やその分布、抽出する際の注意点などが、解かりやすくまとめられていた。
……恐らく、これを売り払うだけでも相当な金額になるだろう。
「……よし」
掛け声をあげて立ち上がる。各種装備は取り出してインベントリに突っ込んだ。……使い道がないとしても、恐らく最も目に見えるお宝だ。肌身離さず持っておきたい。冊子は……動物辞典とクロスボウ指南書だけ取り出して、あとは長持の中に仕舞いなおす。ダイヤルを適当に回して施錠した。
外に放り出してあった家具は、すべて中に配置しなおした。多少レイアウトも変えて、すっかり様変わりしている。
……そうそう、掃除の際に気付いたのだが、実はこの山小屋、玄関横に下駄箱があった。つまり、本来土足厳禁でスリッパ着用な家だったのである。……あの現地民どもめ、きたねえ土足で踏み荒らしやがって。
土足で踏み込まれたせいで床がややささくれていたため、そのうち絨毯でも敷くことにしよう。ここに永住するかはさておき、だが。
棚からクロスボウを取り出す。本日二度目の出番だ。もう日が暮れてかなり経つが、ちょっとだけ八つ当たりに付き合ってほしい。
●
≪経験の蓄積により、『夜目』レベルが上昇しました≫
≪スキルレベルの上昇により、魔力値が上昇しました≫
現実と違い、スキルが存在するこの世界では多少の無茶がきく。
今だってそうだ。空からは星や月の光が降り注ぐが、森の枝葉に遮られてろくに周囲を照らしてくれない。それでも、ある程度の輪郭を把握することが出来るのは夜目スキルのおかげだろう。
既に月は既に下り道で夜半を示している。夜気に体温を奪われながら、俺はその場に蹲っていた。
≪経験の蓄積により、『隠密』レベルが上昇しました≫
≪スキルレベルの上昇により、敏捷値が上昇しました≫
『―――森は隠密のレベルを上げるのに最適だ。特に深夜は。人間のがさつな気配を獣たちは見逃さないし、逆に奴らの注意が逸れたときは多大な経験が得られるもんだ。獣といっても一匹じゃない。枝の上に潜む鳥、巣穴に潜る兎、木のうろを棲み処とする小動物。それらすべてがあんたという異物を注視してる。
得物を抱えて微動だにするな。呼吸を止めろ。心臓の鼓動さえも操作しろ。辺りの景色と溶け込み、森の喧騒と同化しろ。……ギリースーツを使ってもいいが、隠密の本質はありのままの姿で雑踏に紛れ込むことにある』
冊子の説明を思い返す。かれこれ四時間はここで動かないままでいる。姿勢を低く維持し、息をひそめて気配を殺す。クロスボウを持つ手が寒さで震えてきた。
前方には穴兎の巣穴がある。この山小屋に来る前に見つけてあったものだ。その入り口に狙いを定め、ひたすら待ち続ける。
起きてくるはずだ。兎の生態的にそろそろ目覚めだす頃。穴から顔を出したところで狙い撃ちにしてやる。
……現実、か。
あの文面が頭をよぎる。まるで苦悶するような筆跡だった。長年積み上げてきた己の立ち位置が、一瞬で崩れるほど脆いものだと気づかされた、そんな思いを綴るような。
かじかむ手で弩弓を抱えなおす。銃床に微かに体温が残っていた。
……俺は、どうなるだろうか。
まだこのゲームを始めてから二十日と経っていない。そしてそのうちの大半が海で溺死した記憶で埋まっている。そんな俺が、将来狂わんばかりの未練をここに残す?
正直、下らない仮定だと思う。来るかどうかもわからない来年より、今日その日を生き残る方が先決だ。哲学じみた問答は余裕のある時に繰り出せばいい。
―――それでも、あの手紙のことが頭から離れない。
≪経験の蓄積により、『耐寒』レベルが上昇しました≫
≪スキルレベルの上昇により、、抵抗値が上昇しました≫
闇の奥で何かが蠢いた。クロスボウ構えなおして照準する。ボルトはとうにセットしてある。焦りはない。そんな感覚は既に寒さにやられている。
弾道がぶれないように、あくまで慎重にクロスボウを保持し続ける。闇の奥の影はしばらく周囲を見回して―――
「ギィ―――ッ!?」
射出。そして命中。狙いは狂わず穴兎の腹に突き刺さる。
巣穴に潜んでいた他の影が驚いて飛び出した。負傷した一羽など見向きもしない。俺はボルトを当てた兎に止めを刺すべく近寄った。
致命傷なのは明らかだった。弱々しく足をばたつかせる動作も、段々と鈍くなっていく。俺はその首根っこを押さえつけ、身動きできなくした。山刀を首に添えて一息ついた。
ギイギイと掠れる声、恐怖に痙攣する身体、手元にびくびくと反応を返す鼓動―――
―――これが、ヴァーチャル?
首を落とした。手元にあった生命の温もりは、あっという間に失われて冷たくなった。
呆然と視線を落とした。真っ赤に染まった両手。ゲームでのお約束のように光の粒子になるわけでもない。剥ぎ取りナイフを突き立てなければ死体は消えない。
「…………そう、かい」
自分でも自分の言っている意味が分からない。ただ、何かがすとんと腑に落ちた。何であるかは、きっと永遠に分らないだろう。
視線を上げる。森の中から覗く空は、血のように赤く染まっていた。
―――帰ろう。答えなど出なかったが、やるべきことは残っている。
執筆速度が追いつきません。
筆者の語彙が乏しくて表現が思いつかないのです。
本当に不甲斐なくて申し訳ないのですが、今後は平日のみの更新とさせて頂きます。