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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
立ちはだかる猟兵
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落とし前は強引に

「――そうか、そんなことが」


 領都ジリアンにそびえる居城、その執務室の机に肘をつき、ミューゼル辺境伯ジークヴァルト・ミューゼルは息をついた。

 目の前には成人もしていない少女の姿がある。件の事件の渦中の人物、アーデルハイト・ロイターは緊張の面持ちで辺境伯に言葉を重ねた。


「……あと十年もしないうちに、魔族が何かしら強力な存在を召喚するだろうと、そう猟師は言っていました。

 傭兵団があの村に拠点を構え、力を蓄えているのも、それが理由の一つだと」


 他にも理由はあるのだろうか。そう考えて辺境伯は苦笑した。……あるに決まっている。軽薄に見えてあの団長はなかなかに強かだ。腹の中に何を隠しているか、わかったものではない。

 たとえ反乱の下準備を重ねていたとしても、それほど驚くべきことでもないだろう。


 ――アーデルハイト・ロイターの後見人である叔父が謀反を起こし、民間の手によって鎮圧された事件から五日が経っている。

 首謀者の叔父は死亡。手足が切断され、頭部が潰された状態で北東の村に放置されているところを発見された。

 謀反に呼応した賊も全員討ち取られたという。内訳はロイター家の元私兵が十二名、その子弟で仕官先が見つからずうらぶれていた若者たちが八名。大半は弓で射殺されていたが、一人だけ巨大な獣に頭を喰いちぎられていた死体があった。

 謀反を受けた少女と、その騎竜は無事だった。居合わせた傭兵団員が身を挺して庇ってくれたのだと、彼女は言った。


 ――その傭兵団員こそ彼女の仇であることなど、辺境伯がとっくに知るところではあったのだが。


「……報告は以上か? 付け加えることはないのか?」

「いえ、特にありません」

「君の話が本当となると、我々はあの傭兵団と密接に協調していかなければならなくなる。竜騎士たちに復讐だ仇討ちだと、些事に騒がれるわけにはいかなくなるだろう。――それでいいのか?」

「……構いません」


 今度こそ、迷いなく少女は頷いた。それを見て辺境伯は微かに溜息をつき、


「――では、始末を申しつける。

 領内での謀反騒ぎによって治安を乱し、善良な領民(・・・・・)に危害を加える行為は捨て置きがたい。当事者が死亡し、君が未成年であることを差し引いたとしても、当主の監督責任は免れない。

 よって、差し押さえていたロイター家旧領は完全に取り上げとなる。取り潰しだ」


 もっとも、旧領に残っていた有為な人材の大半が死亡してしまった状況である。領地を熟知していたアーデルハイトの叔父も既に亡い。彼女が復帰したところでまともに土地を治められるはずがなかった。

 よって、この裁決はあらかじめ決まりきったものだった。


「はい」


 当然のようにアーデルハイトは首肯した。決然とした瞳は辺境伯をまっすぐに見つめている。


「――閣下。父の死後、これまで不出来な娘に支援を頂きありがとうございました。私は――」

「まあ待て。話はまだ終わっていない」


 性急に話を進めたがる少女を制し、領主が軽く息を吐いた。……むしろこれからが本題だ。この宙に浮いた有用な駒を、彼は最大限に活用しなければならない。


「領地を失ったとしても、君は年頃の娘だろう? あと二年もすれば十六歳で成人になるはずだ。――将来についてはどう考えているのかね?」

「……どこか、適当な嫁ぎ先を見つけることになるでしょう。竜騎士を輩出していない、閣下に忠実な貴族家の。

 スヴァークは竜舎にお返しします。二十年もすれば、私の子供が新たな竜騎士となって閣下に仕えるでしょうから」


 軽く唇を噛み、何事か決意を固めた様子のアーデルハイトに辺境伯は頭を抱えたくなった。

 ……責任の取り方としてはそれが正しい。汚点を残した家が潰れ、新たな竜騎士家が勃興する歴史は半島で何度か起きたことだった。しかしそれは平時での話だ。彼女はつい先ほど、彼に爆弾を投げつけて来たばかりではないか。


「遅すぎる。傭兵たちは十年以内に何かが起きると言っているのだろう? その時に使える竜騎士が一人でも必要だ。鞍に跨れるかどうか怪しい幼児に用はない。

 翠竜は君の騎竜として据え置くこととする」

「しかし、それでは――」

「聞きたまえ。領地は取り上げるが竜騎士としての身分はそのままだ。つまり君は、家臣も私兵も、領土も特権も持たない初めての竜騎士となる。

 その上で問いたい。私直属の竜騎士として、半島を立て直す手伝いをしてくれないか?」

「直属……?」

「今の竜騎士の制度は上手く機能しているとは言い難い。領主として独自の財源を持ち私兵を抱え、辺境伯軍からの命令を特権を利用して抗命する。その上、地上の雑兵を空から焼き払うだけで練度が高いとは言い難い。彼らではいざ何か事態が発生した際に動けないのだ。

 そこで新たに竜騎士団を編成する。私の命令に忠実に従う、領軍の軍政官としての竜騎士をだ」


 新たな竜騎士たちに領土は与えない。一定以上の兵力を私的に抱えることも許さない。彼らに求められるのはドラゴンを駆り空を飛ぶ能力であり、あくまで職業軍人として、領軍の命令下にある一指揮官として部隊を率いる能力であり、役人として辺境伯直轄領の経営に携わる事務能力である。

 それらの役目は彼らがどれだけ成果を上げようと彼ら自身の特権獲得に寄与しない。成果への報酬は軍内での序列と給金の額に留まり、序列を振りかざして領民に迫る者がいれば容赦なく罰則を与える。


 竜騎士を土地から切り離し、それぞれを辺境伯が一元管理するという辺境伯が語った構想は、言ってしまえば軍制の近代化であり、竜騎士から貴族位を取り上げることに等しかった。


「それは……名案かと思いますが。しかし上手くいくか……」


 懐疑的な表情でアーデルハイトが言った。当然だろう。今まで当たり前のように持っていた特権を取り上げられて黙っている竜騎士ではない。反発は大きいだろう。

 そもそも彼女の叔父が暴発した理由の一つが、旧領が完全に失われるかもしれないという領主としての危機感だったのだから。


「成算はある。――すでに二家の竜騎士が、領地を返上したいと申し入れてきている。ルオンとミーディスだ」

「返上、ですか……?」


 信じがたい口振りで繰り返す少女に、辺境伯はその理由を語った。


「スタンピード以降借金がかさみ、領地の経営がままならなくなってきたからだそうだ。負債を私が肩代わりすることを条件に麾下に入ることを承諾してくれた」


 二家を取り込めたのは僥倖だった。ルオンはドラゴンに乗って飛ぶこと以外興味のないドラゴン狂いで知られているし、ミーディスは竜騎士有数の武闘派として名高い。戦力として申し分のない彼らがこちら側にいるだけで、靡いてくる竜騎士は多いだろう。


 ――そう、スタンピード以来、彼ら二家のように領地経営に苦しんでいる竜騎士は多い。

 流出する領民、減る税収。ドラゴンは大食いで維持に費用が掛かる。……そして今後、彼らの出費はさらに増えるだろう。


 理由は単純、|傭兵村≪ハスカール≫だ。

 彼らがエルフとの交易路を開いた。彼らが半島内の街道を警備し、流通を加速させた。

 あの村が規模を拡大し、大陸有数の交易都市に成長するのはほぼ確定している。大陸中の多彩な物という物があの地に集まることだろう。

 そしてその中継地となる、この領都もその恩恵を受ける。

 多彩な商品が竜騎士たちの目の前に並ぶだろう。貴族としての面子も手伝い、購入を躊躇うまい。よって、彼らの出費は増える。


 そして現在竜騎士が収める村落は交易路から外れている土地がほとんどだ。領都が栄えたとしても、彼らの領地へのお零れは微々たるものだろう。

 収支がまるで釣り合わなくなるのだ。


「――彼らを切り崩す好機が来ているのだ。逃す手はない。……君には、新たな竜騎士の次代を担ってもらいたい」

「――――――」


 辺境伯の提案に、アーデルハイトはしばらく目を瞑って考え込んだ。何を迷っているのだろうか。ロイター家の汚名をそそぎ、それ以上の名を挙げる機会だ。悩む理由などないはずだが。


「……ひとつ、条件を提示したいのですが」

「言ってみなさい」


 唐突な少女の言葉に、辺境伯は何気なく続きを促した。すると、


「今回謀反騒ぎを起こした叔父には妻子がいます。彼らを罪に問わずに済ませられませんか?」

「謀反人の妻子を?」


 この、彼女の見上げた瞳からうかがえる感情は何なのか。

 まるでどこかで見たような瞳だ、と彼は思った。


「……子供に罪はありません。子供には親が要ります。せめてあの二人だけでも、助けては頂けませんか?」

「それは――」


 無理な話だ、と辺境伯は続けそうになった。

 首謀者の妻子は現在、領都にあるロイター家の屋敷内で留め置かれている。彼らの処罰は辺境伯の強権を示す機会となる。そこで態度を軟化させれば、せっかく強めようとした権限に障りが出るかもしれない。


「無理は承知でお願いします、閣下。私は、私の目指す人物に誇れるように立っていたいのです」


 重ねてアーデルハイトが言った。深々と頭を下げて、懇願するように。


「アーデルハイト・ロイター……」


 ひたすら頭を下げて動かない少女に向けて、辺境伯は逡巡し――


「――閣下! 辺境伯閣下! 一大事です!」


 執務室の扉を乱暴に叩く執政補佐官の大声に遮られた。声は興奮冷めやらぬ口調でいまだ騒ぎ続け、


「閣下! ロイター家の屋敷が、焼き討ちを受けました……!」


 とんでもない報せをもたらした。

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