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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
立ちはだかる猟兵
145/494

生殺与奪権はお前にやろう

 激突は一瞬だった。

 槍を携え突進する魔族に、迎え撃つ猟師。交錯した一瞬の間に、得物同士がしのぎを削り、肉を斬り骨を折って、互いに殴打しあう。

 ただ一人の観客だったアーデルハイトの目にはまるで追いきれない攻防が繰り出され封じられ――――決着は呆気なくついた。


「――――」


 片方が力なく倒れる。得物を取り落し声もなく、ばたりと倒れ伏す音だけが響いた。

 もう片方が相手に振り返った。納得がいかないのか、憤怒の形相で敵を見下ろし、


「ふざけるな。おいお前ふざけるなよ……!」


 バアルは怒りのままに吐き捨てた。その手に槍はなく、両腕はだらりと垂れ下がっている。せわしなく翅を動かしていたが、宙に浮いている様子はなかった。

 見れば、魔族の片足が踝辺りから出血していて、もう片足で立ってバランスをとるために翅を動かしているのだと察せられた。


「――――は。気に入らないか、バアル?」


 倒れた猟師は生きていた。仰向けに寝転がり、嘲笑するような目つきでバアルを見上げた。

 その身体は鮮血で真っ赤に染まっていた。肩を穂先で貫かれ、腕は折られている。両腿も槍で突かれたのか、大きな穴が穿たれていた。傷口から冗談のように血が噴き出ている。


「……気に入らない? ――気に入るわきゃねえだろうが!」


 魔族が激昂して怒鳴った。


「なんだ今のは? お前よく今の身体で殺し合いだとか吹けたもんだな!?

 火傷がほとんど治ってなくてボロボロだ! MPが底突いてんのか身体強化も使ってねえ! 脚が折れてて踏ん張りがなってねえ! おまけに――」


 そこで魔族は振り返り、自分たちを見つめている少女をきっと睨みつけた。叩きつけられた殺気に心臓が止まりそうになる。それでもアーデルハイトは気丈に魔族を睨み返し、


「そ、それ以上その人に手を出すなら、私が――」

「ざけんな。こんな腕でこれ以上殺しが出来るか、くそが!」


 彼女の言葉を遮り、魔族は忌々しげに自らの腕をぶらぶらと揺らして見せる。


「――この野郎また俺の槍を折りやがった。両腕と片脚の腱まで斬られてまともに動かねえ。これ以上戦うなら一本足で敵に噛みつけってか? またこのオチかよふざけんな!」

「ははは―――ぐっ。……悪いな、色々と。だが、今回は俺の勝ちだ」

「うるせえ、いっぺん死ねクソ猟師! ――おい、そこの女!」


 笑いながら痛みにむせる猟師を罵り、魔族はアーデルハイトに向かって呼びかけた。


「俺の槍は特製でよ、今度は麻痺じゃなく出血ダメージ仕様だ。――ほっときゃ死ぬぜ」

「――――ッ! コーラル……!」


 血相を変えて目の前を通り過ぎる少女の姿を、魔族は何とも言えない表情で見送って、これ見よがしに溜息をついてみせる。


「……見せつけやがってリア充め。

 ――もう帰る! やいコーラル! そのままログアウトして勝ち逃げなんざ許さねえぞ! わかってるな!?」

「ああ、わかっている。決着はつけよう」

「それともう一つ。胸糞悪い仕事のついでだ。――何年か計画が縮まりそうだとよ」

「――――」


 少女の手当てを受けながら、猟師は無言で魔族を見返した。どこか茫洋とした瞳は、何を考えているのかうかがい知れなかった。


「その情報は、ザムザールの意向か?」

「いんや、俺の独断だね。あの野郎の大好きなびっくり箱をネタバレしておこうと思ってよ」

「そうか」


 あばよ、と背を向けた魔族に、猟師は何も声をかけなかった。翅を震わせて飛び去るさまを、ただじっと眺めていた。



   ●



 いやあ、ボロボロにやられちまいましたなぁ。不覚を取って面目ない。


 寝転がったまま苦笑する。何しろ指先から爪先までぴくりとも動かない。完膚なきまでにぼっこぼこだった。


「酷いざまだ。そうだろう、アーデルハぃ――痛たたっ」

「黙っててください。血が止まらないんです……!」


 傍らに跪いて傷口を抑え込んでいるアーデルハイトが言った。手元が柔らかい光を灯し、その光が触れている部分から熱が伝わってくる。

 ……治癒の魔法とは、この娘魔法なら本当に何でも使えるのか。その多芸さはぜひ見習いたいところである。


「――なあ、アーデルハイト、いやハイジ」

「黙ってて」

「見殺しにしないのか?」

「――――」


 治療の手が止まった。彼女が見開いた瞳でこちらを見つめてくるのを、ぼんやりと見返す。


 今なら何もしなくても俺は死ぬ。何しろあのぶっとい槍を肩と両腿に受けて絶賛大出血中だ。正直この瞬間だって、視界が霞んで眠たくなってくる。

 仇討ちの理由が消えたとお前は言った。だが生かす理由はもとよりあるまい? 俺自身は死にたくないが、今俺の生殺与奪を握っているのはおまえだろう。放置して立ち去ってもいいはずだ。


 ――叶うなら、この泣き虫な彼女に、仇討ちの先を示してやりたかったものだが。


「…………嫌です」


 アーデルハイトが言った。腿の傷口に当てた手をぎゅっと握り、その目からは大粒の涙が零れていた。


「嫌です。あなたにこんな形で死なれるのは、嫌なんです」

「しかし――」

「死なせません」

「ハイジ――」

「喋らないで。でないと物理的に黙らせますよ」

「おおう……?」


 強引に体を動かされる間隔に思わず声が出た。存外彼女は力持ちらしい。アーデルハイトは俺の上半身を持ち上げ、背中から抱きかかえてきた。

 じわり、と身体全体を包むように心地よい感覚が伝わってくる。背中越しに伝わる彼女の鼓動は、魔法を行使しているためか激しく脈打っている。


「……手の先から当てるより、治癒魔法は身体全体から当てた方が効率がいいんです。――やりたがる人はあまりいませんが」

「ははっ、そりゃ当然だ。患者の血が付くもんな」

「あなたには聞きたいことが山ほどあるんです。あの魔族のこととか、あの男の言っていた『計画』についてとか。

 あの口振りではまるで、半島全体にかかる企てではないですか。復讐がどうとか言ってる場合じゃないでしょう。

 ――――だから、死なせません、殺しません」

「お手柔らかにたのむ」


 血は止まってきたと思う。ただ、手足がひどく寒いのが難点だ。

 少女が俺を抱える腕に力を込めた。耳朶にかかる荒い呼気は懸命に魔法を行使している証左だろう。


 ……少し、眠い。血を流し過ぎたか。

 まずいな、まだ落ちるわけにはいかないんだが。ザムザールの企てや、それとハスカールとの関わりを話しておかないと誤解を招きかねない。


「ハイジ」

「コーラル……?」


 耳元で囁かれる少女の声は震えていた。泣いているのだろうか。後ろにいられては顔が見えない。……弱った、泣く子供は苦手なんだ。何か慰めるネタはないものか。


 右腕が動いた。失血と疲労でぶるぶると震えているが、持ち上げるくらいはできる。

 鉛のように重い右腕をやっとこさ持ち上げて、肩ごしに後ろにやる。指先が柔らかいものに触れる感触があった。暖かくて気持ちいい。ついつい手の平を押し付けて感触を堪能してしまう。


「なあ、ハイジ。おまえは――」


 お前は、いつ笑うんだ?

 六年前もこの時も、お前が泣くか怒るか以外の顔を見たことがない。

 そりゃ俺は立場上、笑うお前が見られないのは仕方ないが、お前の場合年がら年中そんなしかめっ面な印象がある。それはいけない。人生を損している。

 たとえ因縁に身を焦がすことになろうとも、それはそれと切り替えて次の日には笑えるようにならないと立ち行かない。そうでないと、お前の歩む道は絶望しか見えなくなる。


「おまえは――」

「コーラル――」


 風が吹いた。木々がざわめく。いい加減疲れてきた唇を動かし、彼女に語り掛けようと――


「――ちょっとコーラル!? さっきこの辺りでなんだかすっごい大きな音がしたんだけど――ってうっわーなにこの死体グロっ! つーか何それあんたも血まみれじゃない! すごい血だまりだけど本気でヤバくない?

 ところでそこのお嬢さんはどちら様? あんたいつの間に彼女こさえてんのよスケコマシ! 死ね女の敵っ!」

「オン!」


 がさがさと茂みを揺らし、騒がしく駆けつけてきた馬鹿エルフとアホ狼に、なんというか、何もかも空気を台無しにされたのであった。


「…………コーラル?」

「まあ……その、なんだ」


 戸惑う少女の問いかけに苦笑で応える。


 ――――色々と台無しだが、どうやら俺は死に損なったらしい。

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