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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
立ちはだかる猟兵
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パシリによる真相説明

 猟師の身体を引き剥がし、アーデルハイトが背後を振り返ると、目の前は円い影に覆われていた。

 ――ドワーフの円盾。魔法を受けボロボロに変形した合金盾は、それでもなおその堅牢さをもって二人を『何か』から守っていた。


 ――いや、違う。守れてはいない。


「――――ッ!?」


 右手にぬるりとした感触。それが先ほど触れた猟師の脇腹からのものだと気付き、アーデルハイトは血相を変えた。

 詳しく見なくともよく見える。円盾はもはや二度と使えまい。――なにしろ、長大な一本の槍がその合板を貫いているのだから。

 盾を貫通した投槍はアーデルハイトを避け、猟師の脇腹を裂いていた。


「コーラル!? なにが――!?」

「いいから、さがれ……!」


 悲鳴を上げた少女を押し退け、猟師は前に進み出た。槍の突き立った盾を投げ捨て、村はずれの茂みの先を睨み据える。


「――――らしくないな。闇討ちはお前の主義だったか?」

「……ちっ、言うじゃねえか」


 猟師の問いかけに苛立たしげな返答が帰ってくる。

 がさり、と大袈裟な足音を立てながら、それは茂みから姿を現した。


 長身の男だ。二メートル近い身長にしては圧迫感がないのは、その痩せぎすな体躯のせいだろう。青白い肌に黄緑色の頭髪。頬には傷のような刺青が施されている。

 そして何より特徴的なのは、背中に生える虫のような翅だろう。軽鎧に身を包みながら背中から突き出る翅は、それが飾りでないことを主張するように時折ぶるりと震えていた。


 明らかな異装。人間ではありえない身体的特徴に、アーデルハイトは心当たりがあった。


「魔族――――!」


 対して猟師にはその男と面識があったのか、アーデルハイトを庇うように立ち塞がり再び声を上げる。


「――――バアル」

「覚えてたか、おっさん。――いや、猟師コーラルよう」


 応えて、魔族は愉しげに口端を吊り上げた。


「何をしに来た。お前と会うのは、あと十年は先だと思っていたが」

「俺もそのつもりだったんだがねぇ。いや実際、あんたと会ったのはわりと偶然だ。

 今回の俺はただのパシリでよ、このビー玉を回収に来るだけの簡単なお仕事ってやつよ」


 そう言って、魔族は手に持ったものを指で弾き上げた。――丸い宝珠(オーブ)。透き通った黄色い珠には、微かに魔力が灯っている。

 いつの間にか拾い上げていたのか。あれは紛れもなく、アーデルハイトの叔父が用いて爆炎を放った魔道具だった。


「……見慣れない珠だと思っていたが。お前の仕込みだったのか」

「俺じゃねえよ。やったのはあくまでお上さ。……働き者の上司を持つってのも面倒なもんだなぁ? これを売り込む商人役までザムザがやったらしいぜ」

「それで、その効果は? よもや単なる火を噴くだけのガラス玉というわけでもあるまい?」

「表向きの機能はそれだけさ。ただ裏っ側に、近くの魔力だまりを吸い込む機能がついてる。それと闇魔法の応用で、持ち主の負の感情を増幅させる効果もあるんだと」

「な……!?」


 アーデルハイトが顔を強張らせた。……つまりこの宝珠は、この叔父の破滅は、全てこの魔族の掌の上で行われたことだというのか。


「貴様がっ、叔父上を誑かしたのか……!?」

「アーデルハイト」

「俺じゃねえっての! 言ったろ、今回ただのパシリだって。――ああそうそう、ザムザからおっさんに伝言だ。……『可憐な少女と紡ぎあげる復讐と謀略の悲喜劇、ご堪能いただけましたか?』だとよ」

「そうか、あの男が……」


 言って、猟師は改めて魔族に向き直った。いつの間に取り出したのか、両手には象牙色の短刀を握りしめている。

 それを見た魔族は軽く目を細め、ぴゅうと口笛を吹いた。


「いや、今回俺ってば本当に戦いに来たわけじゃねえんだが」


 ならば、その凄惨に吊り上げた口端は一体何なのか。


「その珠を取りに来ただけなら見逃しただろうな。――だが、お前はアーデルハイトを狙った」

「ああ、そこの嬢ちゃんね。……ザムザの指示で、できたら御の字の物はついでってやつよ。半島の麒麟児の名は魔族にも届いてる。将来強力な竜騎士が育つ前に、今のうちに潰しとけとさ。……ほんとはあんたか、そこで死んでるおっさんに殺されてるはずだったんだぜ」

「させると思うか?」

「もうしねえって! 俺だって餓鬼を殺すのは御免さ。泣いてる餓鬼なんざもっと嫌だね。

 だが――」


 青い閃光。軽く掲げた魔族の手には、一本の長槍が現出していた。


「……わかるぜ。一発殴らなきゃ気が収まらねえんだろ? 付き合ってやるよ」

「――――ふん。あれから槍の稽古は積んだのか、バアル?」

「ははっ! 言うねえ、大将! ……基本は習ったがよ、生憎この通り、俺の背中には翅がついてる。これを活かすには独学を積むしかねえってさ。

 そんなわけで応用は、常に実戦訓練の繰り返しってやつだ……!」


 ぶぅん、と背中の翅が唸りを上げる。魔族の背中から生まれた旋風はあたりの空気を掻き乱し、奇妙な気流を作り上げていた。


「嬉しいねぇ! 久々に滾るぜ! あの野郎よほど俺たち(プレイヤー)を信用してないのか、回ってくるのはいつもこんな猿仕事ばっかりだ。この八年、歯ごたえのある戦いなんて数えるくらいしか無いんだ。

 あんたはどうだ!? 俺以上の相手はいたか!? ぽっと出の野郎に浮気なんかしてねえだろうなぁ!?」

「気持ちの悪い男だ。お前、魔族の中でも浮いてるだろう?」


 呆れた様子の猟師に対し、魔族はゲラゲラと哄笑を上げて腰を落とす。


「いいだろ別に! 俺たちは所詮よそもんなんだぜ。どう見られようが知ったことかよ!

 さあ答えろよコーラル! 同じ戦闘職でやってる数少ないプレイヤー同士だ。こうなったら気兼ねなくやり合える数少ないダチみたいなもんだろ!?」

「――まあ、確かに。あれから強敵と殺し合う機会はあったが」


 お前以上の相手はなかなかいなかったな、と。

 独白するように答え、猟師が二刀を構えた。そびえるように、立ちはだかるように。

 魔族はそれを満足げに眺め、


「行くぜ行くぜ行くぜぇッ! 待ちかねた鬱憤晴らしだ、心行くまでやり合おうや――――ッ!」


 跳躍する。

 高々と空を行った魔族の身体は、翅の推力を用いて軌道を直角に折り曲げ、猟師に向けて突進した。

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