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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
立ちはだかる猟兵
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援軍来たらず孤立無援

 ビョルンが役場に駆けつけて知らせてくれたのは、あくまで猟師に決闘が申し込まれたという一点のみだった。手紙の中身など見る余裕のなかった彼は、当然決闘がどこで行われるかまるで知らなかった。

 ……これでは、助勢に駆けつけようにもどうしようもない。


 あわや詰みかけたエルモだったが、天は彼女を見捨てなかった。

 村の外れで、エルモと同じように置いてきぼりを食らっている狼を発見したのだ。

 急ぎ猟師の元に向かう必要があると息せき切って話しかけてみると、白狼は呆れた目つきでエルモを見やり、大儀そうに腰を上げて北に向けて歩き出したのだった。

 そのあとは狼任せで、匂いを辿って北の廃村に辿り着き、さらに白狼が不穏な気配を嗅ぎ取って、落ち着かない様子を見せたので確認すると伏兵を発見。排除に動いたというのが事のあらましである。


 ……何のことはない。結局美味しいところはほとんどこの狼に持って行かれた。エルモがやったのはただの露払いだったというのが情けない。


 ……衆人環視の中、動物に向けて人間にするみたいに頼みごとをするのは相当恥ずかしかったと付け加えておく。



   ●



「ウォーセ? ……あの、ウォーセさん?」

「――――――」


 恐る恐る声をかけたエルモに対し、白狼の反応は皆無だった。

 呼びかけている彼女のことなど見えていないかのようにまるっと無視し、転がる死体に鼻先を近づけて臭いを確認。たまに気に食わない死体があるのか、いくつかの喉笛を喰いちぎっていた。

 まるで面倒な作業を押し付けられた清掃員のような雰囲気で死体を一通り嗅いで回ると、狼はやれやれやっと終わったと言わんばかりの仕草で、血痕のついてない地面を見つけて腹這いに伏せてしまった。


 この間、白狼はエルモを一瞥すらしなかった。相手をする価値もないとでも言いたいのか、興味なさげな表情を隠しもせずに作業に没頭する仕草はどこぞの猟師を思わせる。


「もしもーし? 私、一応お礼とかも用意してるんだけど……」

「――――――」


 お礼、という言葉に反応したのか、白狼が腹這いになったまま首をもたげてエルモを見やる。しかしそれも束の間。彼女がインベントリから取り出した兎肉をじっと見つめると、心底馬鹿にしたように鼻を鳴らして、ぷいとそっぽを向いてしまった。そしてそのまま顎を前脚に乗せて本格的に『待て』の態勢に移行する。


 ……なんだかすごく虚仮にされた気分だ。


「……この狼、なんか雰囲気が猟師そっくりなんだけど。特に全方位に喧嘩売ってるような仕草とか……!」


 あと、あの男がいるときといないときで態度がまるで違うのはどういうことなのか。

 猟師の前では野生を失ったのかと言いたくなるほどの馬鹿犬っぷりだというのに、他人しかいない場所だとこんな風に唯我独尊に振舞う二面性。気難しいにもほどがある。


「ちょっとー? お肉よー? 一昨日狩ったわりと新鮮な兎。食べたくないのー?」

「…………」


 ぱたん、ぱたん、ぱたん。白狼はノーリアクション。廃村の方向をじっと見つめ、貧乏ゆすりのように尻尾で地面を叩いている。

 ……いや、これは本当に貧乏ゆすりかもしれない。この狼、猟師から待機の命令を受けていたらしく、エルモをこの場に連れて来たはいいものの廃村の方向へは頑なに行きたがらなかった。

 命令に従いながらも、それでもエルモを先導してくれたのは猟師が心配だったからだろう。だから今はこうしてじっと身を伏せている。今からでも最低限命令を守ろうと。そしてあの男の身に何かあれば、真っ先に駆けつけるために。


「忠犬ねぇ……」

「――――フン」


 呆れた表情でエルモがぼやき、返事をするように白狼が鼻を鳴らした。そして、


「あれは……」

「ゥゥゥゥゥ……」


 ――――廃村方面の上空が、真っ白に輝いた。



   ●



 男の号令に応えるように廃村周辺の茂みがざわめき…………何事もなかったように静かになった。


「…………」

「…………」

「…………」


 気まずい静寂。意気揚々と掲げた彼の左手がぷるぷると震えはじめた。貧血だろうか? 一見するとそれなりに鍛えているようだが、流石に右腕を失った直後に長時間同じポーズを続けるのは疲れるのだろう。いや気持ちはわかるとも。俺も腕を繋げ直して数カ月は箸を持つのも大変だったよ。


 ――冗談はさておき、なんというか沈黙が非常に痛いです。

 期待していた援軍が影も形も見えない。これは彼の人望が壊滅的で仲間が逃散したとか、潜伏中に偶然通りかかった魔物に蹴散らされたとか、とにかく碌でもない展開の産物に違いない。個人的には前者に一票を投じたいところ。


 まあ何にせよ、この男が用意していた手勢はどういうわけか消え去ったわけだ。……切り札は全て晒したか? ならば決着(ショウダウン)と洒落込もう。


「……締まらない最期だ、兄弟そろって。――そうは思わないか、ええ?」

「ちっ、近寄るな!」


 そのご要望は聞けません。生憎クロスボウがどっかに飛んで行ってしまってね、お前を殺すにはそっちに寄らないといかんのです。


 わざとらしく足音を立てて歩み寄る。肩に担いだ戦鎚ひとつ。それだけあればこの男には充分だ。


「さてさて覚悟はよろしいか。――あぁ、お前の薄汚い首なぞ要らんぞ。ただでさえあとで焼死体を回収せねばならんのでな」

「ふざけるなっ! お前の相手はまずはそこの小娘だろう!? ――お前もだアーデルハイト! なぜ黙って見ている!? 父親の仇が背中を向けているというのに、なぜ剣を取らない!?」

「叔父上……」

「……あきれた。ついさっき殺そうとした姪に取り縋るか。支離滅裂だ。自覚がないのか?」


 声を裏返させて喚く男に、歳相応の落ち着きなど見当たらない。青ざめた顔に血走った目つき。傷の痛みと失血が彼を錯乱させているのだろうか。

 無様だ。無様極まる。勝機を見据えての生き汚さは大いに好むところだが、この男はただ往生際が悪いだけだ。これでは四代続いた家系も浮かばれまい。


 ――とはいえ、男の言い分に一理ないとも言い切れない。俺と彼女は事実敵同士でもあるのだし、確かに俺が背を向けているこの瞬間が好機ともいえる。


「……構わんぞ、アーデルハイト。続きがしたいなら付き合ってやる」

「付き合う? ……私を殺す気もないくせに、どの口がそれを言うんですか」


 背後から聞こえる声は、どこか開き直った様子すら漂わせていた。


「それにもう、仇討ちは意味を失っています。――叔父上」

「アーデル――」


 言い募ろうとした男を遮って彼女は言った。淡々とした口調の中、どこか痛ましげな響きすら滲ませて、


「既に、我が家の行く末は定まりました。……ロイター家は、断絶します」

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