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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
立ちはだかる猟兵
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エルフの弓術

 息もつかず矢継ぎ早に放った矢が、三人の男の喉元に突き刺さった。男たちは傷口からぶくぶくと赤い泡を吹き出しながら倒れ込む。その様を目端に捉えながら、エルモは短弓を手に樹上から飛び降りた。

 ……今の三射で居場所は割れた。恐らく敵はこちらめがけて殺到するだろう。急ぎ場を移さなければならない。


 ――その前に、小細工を一つ。


「――――ふっ!」


 着地とともに弓を構える。上方に向けて一射。さらに水平にもう一矢――敵ではなく、何もないひらけた空間に向けて。それはひと際矢羽の大きく、歪な形をした矢だった。

 そこに、


「――、――、――」


 鈴の音のような声が聞こえる。か細く、しかし確かな音色だ。エルモの耳に届いた歌声は、しかし男たちには聞き取れない幻聴に他ならない。


 ――エルモから離れて隠れていた風精霊シルフは、気配も見せずに姿を現しその魔力を放出した。

 気圧が歪み、局地的に風向きが変化する。横合いから突風を受けた矢は軌道を逸らされ、まるで蛇のようにうねった軌跡を描きながら目標へ飛翔した。


「げぅ……」


 断末魔が響く。先ほど放った上空への曲射が集団の中心に落ち込み、まるで羽根飾りのように一人の男の脳天に突き立っていた。思わずその場の全員の視線が彼に集まる。

 ――そう、周辺への警戒が一瞬緩んだのだ。その機を逃さずエルモは大胆に駆け出した。木陰から木陰へ音も立てずに。

 そして――


「がっ……!?」

「な……!? どこから射てきている!? 囲まれてるのか!?」


 仕込みの一矢が的中したらしい。横合いから飛び込んできた矢に肩を射抜かれ、また一人男が悲鳴を上げる。

 動揺した男たちはどこから狙われているか把握も叶わず、落ち着かない様子で視線を周囲に彷徨わせた。


 ――――これがエルフの弓術。風魔法と弓を織り交ぜた、森林で無敗を誇った戦術である。

 一度放った矢に風魔法で干渉し軌道を捻じ曲げる。優れた弓兵は風を読んで矢を放つというが、風を操るエルフは逆に風を用いて矢を飛ばす。矢は風に乗せるもの。ならば風を操る者こそが矢を自在に操るということではないか。


 時には弧を描き、ある時は飛燕のように空を跳ね、またある時は蛇のようにうねりながら敵に襲い掛かるのだ。

 入り組んだ大森林でエルフが用いる弓箭は、行く手を阻む枝や幹の隙間を文字通り縫い上げる(・・・・・)。魔弾のごとく向かってくる矢に反し、敵は射手の姿を捉えられない。視界を遮る森の葉を突き破って飛来する矢の大元を、一体どうやって見極めろというのか。そもそも、横向きの曲射自体が人間の技術の埒外にあるというのに。


「ぎゃっ!?」

「あと、二人……!」


 走りながら射かけた矢が男の手の甲を貫いたのを見て取り、エルモは小さく呟いた。……敵総勢は二十人。うち四人は射殺し、さらに二人は負傷させた。残った集団の中で、弓を手に持っているのはあと二人。

 弓兵は厄介だ。彼らは多くの場合、暗闇を覗き気配を探るスキルをもつ。すなわち森の陰から射込むエルモを発見するのは、恐らく彼らとなるだろう。

 一度存在を把握されれば再び隠れるのは難しい。猟師なら可能かもしれないが、それほどの隠密の技術をエルモは有していなかった。

 よって敵射手を優先して潰す。殺すのが最上だが、目か手を射抜くのも有効だろう。……とにかく、相手の弓を機能不全に陥らせなければ単身のエルモが不利だ。


 エルモ自身は魔法を用いない。身体強化もカットしている。――まずいないはずだが、敵に魔力感知を使うものがいる可能性を考慮してだ。せっかく身を隠して奇襲に徹しているのに、不用意に居場所をさらす危険は冒せなかった。

 ……まあ、代わりにシルフにサポートさせているので支障はなかったが。


「――――」


 正面の木の幹を駆け上がる。うろに右手を引っかけ、体操選手のように跳びあがって枝の上に着地した。

 幸か不幸か視界は開けている。眼下には二人の射手。未だエルモを見つけきれていないのか、見当違いの方向に矢を向けている。これ以上ない絶好機。


「これで、ゼロ……ッ!」


 立て続けに放った二本の矢は狙い違わず直線を描き、一本は片方のこめかみを貫き、もう一本は最後の射手の頬から喉を貫いた。



   ●



「なに、が……!?」


 なにが起こっているのか。

 唖然とした表情を隠せもせずに、ロイター家元執事ロイスは言葉を失った。


 気が付けばバタバタと味方が倒されていった。周囲の茂み、その四方八方から射かけられる矢に翻弄されて。

 もちろんただで済ませるはずがない。飛来した矢の方向から居場所を見当づけて仲間をけしかけた。しかし予想していた茂みの中に敵の姿は影も形も見当たらず、代わりに後方で控えていた兵が横合いから矢を射かけられて絶命した。


 ……どこにいる? どれだけいる? 姿を見せないのはなぜだ? まるでいたぶるような真似をして……!


「ぎっ!?」

「いたっ! そこだ!」


 私兵の一人が声を上げた。傍らには仲間の死体。彼を犠牲にして敵の居場所を見極めたのか。

 男が指差す方向を見ると、若いエルフの女が地を走っていた。手には短弓を持ち、ロイスたちの視界から逃れようと木陰に向けて駆けている。


「――――か……」


 一瞬、そのエルフと目があった。

 八人やられたこちらの状況を確認したかったのか、エルフはちらりとこちらを流し見て、


 ――――その、まるで虫でも見るような目つきに、ロイスはどうしようもない憎しみを覚えた。


「かかれぇっ! 奴は一人だ! 全員で囲んで殺せ!」


 怒りに任せてロイスは叫んだ。口から吐いた出まかせが真実であると自覚のないまま、仲間を鼓舞して自らも剣を掲げ、エルフに向けて駆けだそうと――


「遅いわね、欠伸が出るわ」


 炸裂。

 そうとしかいえない勢いで、エルフの動きが加速した。自らの放つ矢すら上回るのではないか。そう思えるほどの速度で、あっという間に私兵たちの視界から消え去り姿を隠す。

 そして数瞬後、


「――――シルフよ、足場を」


 黒い影が空を飛んだ。

 姿など判別できずとも何者か理解できる。あのエルフだ。

 呆然と見上げるロイス達を尻目に、空へ跳んだエルフはどういう手品か、空中で再びの跳躍をして見せた。

 小柄な身体が高々と上空にある。高度にして50mは優に超えよう。

 その影の手元に、陽光を反射してきらりと光る物体を目にして、ロイスは声も枯れよと絶叫した。


「盾を掲げろ! 急げ……!」


 命令を聞く暇があったのかどうか。

 次の瞬間、ロイター家の私兵に、怒涛のように矢の雨が襲い掛かった。

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