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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
立ちはだかる猟兵
137/494

関係者以外立ち入り禁止

 戦いのときは近い。

 コロンビア半島のとある廃村、そこからほど近い森の中に身を潜め、ロイター家元執事ロイスは太陽の位置を確認した。

 計画決行の予定は昼過ぎ。上空の日輪は頂点からやや傾き始め、間もなくロイター家の運命を決する瞬間が来ることを知らせている。


 付近にはロイター家旧領から集めた旧臣二十名が待機している。思い思いの武装に身を固め、戦意を露わにその時を待っていた。

 装備こそ古びたものが多いものの、みな志の高い有意の士たち。襲撃成功の暁には、相応の立場でもって迎えられるだろう。


 八年にわたる逼塞は、彼らロイター家の元私兵に少なからぬ打撃を与えていた。

 代々続いてきた兵士身分の家系、誇り高き竜騎士の従者といえば聞こえはいいものの、実情を明かしてみれば、戦闘そのものは竜騎士がドラゴンに吐かせるブレス任せの実戦知らず。領内の見回りも、その小領さゆえに数人程度で事足り、持ち回りにしたところで二十人もいれば暇を持て余すほど。

 ある種の特権階級と化していた彼らがその寄る辺を失えばどうなるだろうか。結論は見ての通り、あられもない凋落である。


 もとは四十人近くいた私兵は散り散りになった。大半のものは旧主に見切りをつけ、新たな道を見つけ糧を得ようとした。

 それまでの蓄財を元手に商人になったものもいる。猫の額ほどの土地を買い、田畑を耕して生きることにしたものもいる。若い者なら手に職を付けようと領都や芸術都市に移り住んだ。移住といえば、半島を出てしがらみのない地でやり直そうと、西の騎士団で従者になったものもいると聞く。


 他に生きる道はあるのだ。恥を忍び、こだわりを捨てれば。……それが出来ないからこそ、ロイスたち二十人はここにいるのだが。

 もっとも、その二十人とて半数近くは知らない顔ぶれだった。元の人員ではなく、その子弟たちが名乗り出たのだ。どこにも士官が望めず一縷の希望をロイスたちの蜂起に託した落ちぶれ者である。

 結局、一度味わった蜜の味は忘れられないということか。ロイター家にあった一時のささやかな栄光を捨てきれず、だれも見向きしないような自尊心に取り縋って、惨めな八年間を生きてきた男たち。

 ロイスが執事として勤めていたころ着服した恩給の流れ先、その一部が彼らの元だった。たとえ少額でも彼らの足しになるようにしたいと、前領主の弟君に頼み込まれたからだ。

 あの頃はなんと義侠心に溢れた方だと感心したものだが、自分が追放された身分になった今考えてみれば、やっていたのはただの着服。自らの懐を痛ませることなく旧臣の支持を得るための姑息な手口だった。


 それでもロイスは今、彼に従っている。

 理由は単純だ。再び返り咲きたい。

 追放された今でもなお言える。己に落ち度はなかったと。アーデルハイトの前でも、ロイスは胸を張って主張するだろう。


 落ちぶれていく旧臣を座視する旧主がいるだろうか。自らも苦しい立場にいるからと、さも当然のように困窮している元家臣を見捨てる主君が。

 あの恩給は本来前領主が受け取るべきもの。あの娘がいいように扱っていいものではなく、道理を言うなら前領主に仕えた家臣全てに配るべきではないのか。

 所詮は道理も弁えぬ小娘。魔法だ剣だ仇討ちだとうつつを抜かし、下のものを顧みもしない。

 これなら、たとえ姑息でも弟君の方がはるかにましだ。


 娘と猟師を戦わせ、結果如何にかかわらず残った方も殺す。そして弟君を擁立するのだ。この計画を知っているのはここにいる二十人だけ。すなわちロイスたちは弟君の弱みを握っていることになる。姪とは言え主君殺しは重罪だ。辺境伯に訴えると仄めかすだけであの男はいいように踊ってくれることだろう。

 執事職に返り咲いたあかつきには、以前以上の待遇も夢ではない。


「――だが、二十人は少し多いな……」


 己の計画にほくそ笑みつつ、周囲の仲間を一瞥してロイスはひとりごちた。

 ……秘密を知る者は少なければ少ないほどいい。彼らは、数年後に適当な罪を被せて間引く必要があるだろうか。


 いずれにせよ、全てはこの件が済んでからの話だ。襲撃は慎重に進めるべきだし、その際に数人程度の被害が出ることは予想している。数を減らす計画より、保全する工夫をしなければならない。

 彼らは今はまだ、貴重な人材だ。安易に磨り潰してその後の領地経営に支障が出ては面倒だし、計画が済んだあと、家臣の少なさを辺境伯に怪しまれるわけにもいかない。


 ――さて、そろそろ頃合いだろうか。


 今頃はアーデルハイトと猟師が決闘と称してじゃれ合っているところだろう。結末に何が待っているかも知らずに。


「皆! 気を引き締めてかかれ! 相手は弱っているだろうが、片や魔法の使い手、もう片方は逃げ足に長けた平民だ。手負いの獣を追い立てるように、逃げられないように、少しずつ活力を奪っていくのだ」


 周囲に集まった仲間に向けて、ロイスは大声で喝を入れた。戦いのある村からは大分離れている。多少音を立てても問題はない。

 ロイスの言葉に対し、男たちは戦意に満ちた表情で頷いた。彼らは自分たちを待ち受ける薔薇色の未来に向けて、栄光の一歩を踏み出そうと――


「――――はい、そこのむさい男性方? 確認したいのだけれど、あなたたちロイター家の家人ね?」


 唐突にどこからか響いた、若い女の声が男たちの鼓膜を震わせた。


「な……!?」


 馬鹿な、たった五分前に哨戒を立てたはず。どうやって近付いて来れたというのか……!?

 驚愕とともに辺りを見回す。……人影は見当たらない。仲間たちも困惑の表情で周囲を警戒している。


「何者だ!? 姿を現せ!」

「あぁいえ。別に返答してもらう必要はないわ。だってさっきからずっと、あなたたちが囀るやかましい会話がこっちまで聞こえてくるのだもの。

 正体なんて、始めからわかっていたわ、ロイター家の元私兵さん?」


 ロイスの呼びかけに答える様子もなく、ただ女の声だけが響いた。その声に、言いようもない違和感を覚える。

 ……おかしい。聞こえてくる声が明瞭に過ぎる(・・・・・・)。声を張り上げているような調子ではないというのに、まるで耳元で囁かれているような声量で、鮮明に聞き取れる。

 仲間たちも不審に思ったのだろう。しきりに周囲を見回しては首をひねり、耳の辺りを小突いている男もいる。


 そんな男たちの様子を可笑しく思ったのか、女の零す声には微かに笑いが混じっていた。


「声の聞こえ方がおかしくて不思議かしら? ――木霊の術式といってね、離れた相手の耳元に声を届ける魔法よ。無線みたいな使い方ができる反面、相手の居場所がつかめないのが短所であり長所でもあるわね。……戦闘時、エルフは森に散らばって音も出さずに潜むから、こういう術が発展したのでしょうね」

「エルフ、だと? 何故エルフが我々にちょっかいをかける? 返答次第では斬り捨てるぞ!」

「何故といわれると、あの猟師には借りがあるから。あなたたちごときに殺されては私が困るのよ」

「なに……っ!?」


 侮られたと感じたロイスがいきり立つ。しかしエルフはそれを気にした様子もなく、ぼやくように呟いた。


「……ここは、ビョルン君の機転に感謝ね。彼が兵舎に駆けつけてこなければ、あいつがふらっといなくなったのもいつもの狩りのためかと気にも留めなかったところだわ」


 何を言っている? 誰の話だ?

 会話の内容がつかめず苛立ったロイスは、荒々しく腰の剣を抜き放った。


「いい加減にしろ! 一体何者なんだ、貴様は!?」

「あら、名乗ってなかったかしら? これは失礼」


 対して女の方は落ち着き払ったものだった。姿も見せず、声だけを響かせているというのに、ふてぶてしい態度が目に浮かぶほどの口ぶりで、


「――――ハスカール猟兵隊、エルフのエルモと申します。

 各々方に警告します。この周辺は『鋼角の鹿』による認定を受けたもの以外、非武装地帯となっております。速やかに武装を解除してください。

 繰り返します。直ちに武装解除し、投降してください。さもなくば所属不明の反乱分子と見なし、殺害を含めた上で排除に移ります」

「この……っ! 傭兵風情が、何様のつもりだ!?」

「傭兵様のつもりよ。主君殺しより数段ましね」


 激昂した男たちに、エルフの女は冷ややかに言った。


「――さて、警告は済ませたわけだけれど。……その様子じゃ、降伏の目は薄そうね」

「傭兵ごときに誰が従うか! 我々は誇り高き、ロイター家の者だぞ!」

「誇りで戦いに勝てるなら苦労はないわ。森の中でエルフに挑むということがどういうことか、まさか知らないのかしら?」

「姿も見せない臆病者が何を言う! お前が何人引き連れているか知らないが、この二十人ほどではあるまい!?」

「…………」


 黙り込んだ女の気配に、ロイスはかすかに笑みを浮かべた。


 ……何だかんだ言って所詮は寡兵であったらしい。今の挑発もこちらを揺さぶるためのブラフに過ぎないのだろう。

 今に見ているがいい。愚弄の報いを受けさせてやる。この人数でしらみつぶしに森を探索すれば、エルフの女など――


「――――計算はちゃんとできないとモテないわよ。あなたたち、もう(・・)二十人じゃないんだから」


 その言葉に、ロイスは今度こそ思考を停止させた。


「―――――」

「…………」


 背後から聞こえる、誰かが無言のうちに絶息しどさりと倒れる音。隣にいた男が狼狽えた悲鳴を上げた。

 振り返る。緊張し、静まり返った森の中、ロイスの視界に飛び込んできたのは、背中に矢を受けて絶命した二つの死体だった。

 死体は殺されたとは思えないほど穏やかな表情で、背中を互いに真逆の方向に向けてうつぶせに倒れている。

 それはまるで、一瞬のうちに同時に、別方向から射撃を受けたようで――


「ふ、伏兵がいる! 早く殺せぇ……ッ!」

「――――――」


 ロイスの悲鳴じみた号令に応じるように、エルフの射手は一度だけ鼻を鳴らした。

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