勝手に殺すな
ハスカール秘伝、空蝉の術!
――説明しよう! 空蝉の術とは敵の攻撃が着弾する直前に、インベントリから身代りの死体を取り出して放置し、自らは全力で離脱する欺瞞手段である!
死体には偽装として俺のトレードマークみたいになっている銀装と外套をでっち上げて身に着けさせ、インベントリから取り出した瞬間、幻惑用に闇魔法を纏わせるという徹底ぶり。ぶっちゃけ悪趣味極まりないです。
正直俺も、この死体に死に化粧を施している段階で気が滅入ってかなわなかった。鉄の装備を銀装に似せて成形して貰った爺さんもぶつくさと文句を垂れていたっけ。
しかし効果はご覧の通り。誰一人としてこの空蝉を見破った者はいないのであった。
……ちなみに、死体役は二年前にお相手したヴェンディル氏(能島モデル)にお願いしております。以前使ったオークの死体なんか目じゃないくらいのクオリティでした。
この死体を引き取るのに地下王国側は難色を示した。そりゃそうだ、下手すれば雪原を支配しかけた一級の死霊術師のリッチーもどき(廃人)である。悪用されてはたまったものではあるまい。
しかし、奴と最後にやり合ったのが俺であること。インベントリに入れておけば時間経過がなく復活の可能性が低くなること。俺が死ぬなりログアウトなりすれば、奴の死体も後腐れなく消滅することなどなどを説明し、この身体の所有権を勝ち取ったのだった。
……つまり、今後ろで転がっているあの焼死体、あとでちゃんと回収しなきゃならんのです。あー気持ち悪い。
あ、でもこの死体、ほっといても勝手に再生するみたいで、再利用の観点からするとある意味お得なのかもしれない。でも触りたくねぇなあ。
――あの時、彼女の突撃に対応しようと、俺は風に散らされた霧に未練がましく意識を通した。ひょっとしたら何かが見つかるかもしれないと望みを託したのだ。
するとどうでしょう。霧が流された先に偶然反応があり、確かめてみると廃村の外れの茂みの中から、こちらに向けて狙いを定めている男がいるではありませんか。
アーデルハイトの用意した伏兵かと危惧したものの、今にも何かをこちらに発射しようという態勢の男に対し、この娘ったらまったく意に介さずに突っ込んでくるんだもの、すぐにその線は消えてなくなった。
無粋な横槍笑止なり。しかし発射を阻止するには距離があり過ぎる。――というわけで、被害を抑える方向で頑張ってみました。
あれの射程がどれほどが知らないので、目の前に迫る少女をとにかく遠くに弾き飛ばした。なにぶん急な展開だったもので彼女には痛い思いをさせてしまったが、緊急だったということで許してもらおう。
そして身代りを設置してその場を離脱。なんとも嫌な予感が止まらなかったので、残ったMPをすべて身体強化につぎ込んでの大跳躍だった。予感は的中、あの野郎洒落になってない威力の爆発を引き起こしやがった。おかげで体のあちこちが未だに火傷でひりひりしている。
横向きにぶっ飛んだ俺の身体は、爆風に乗せられ村の外まで持って行かれた。村はずれの森の中、太い木の幹にしたたかに腰を打たれて悶絶したが、これはいまさらどうでもいい。
……いやほんとに恨みとかないですよ? あったとしても肘を吹っ飛ばしてやったんだからこれでチャラだ。ザマあみろ。
問題は消費したMPの方だ。勢い余って魔力変換まで使用してしまったらしく、HPまでごりっと削られていました。
MP全損、HP中破となれば意識が朦朧となるのは必然。まったく身動きが取れなくなった。むしろ良く昏倒しなかったものだと褒めていただきたい。
全身に軽くない火傷を負っていたので、MPが回復する都度光魔法と水魔法で冷却と治癒を並行し、ついさっきまで体力の回復に努めていたのだった。
そしてどうにか動けるようになり、状況を確認してみるとあら不思議。何やら仲間割れを起こしているではありませんか。
少女の方はなぜか戦意を失って項垂れてるし、男の方は下卑た顔して剣を振り上げようとしてやがる。これはまずいと焦ったね。
男の腕を撃ち抜こうにも、得物のクロスボウは娘とやり合ったときに放り捨てたばかりだ。仕方なく走ったよ。矢よりも速く、風より速く。
そんな調子で、どうにかこうにか窮地に間に合い、颯爽たる猟師の再登場と相成ったワケですが――――ん? 何だかテンションがおかしい?
そりゃそうでしょう! だって目の前でアホみたいなDV現場を見せつけられたんだぜ? こんなもん、おちゃらけでもしなけりゃ、
――――正気が保てそうにないものでね。
「――で?」
地面にめり込んでいた戦鎚を引き抜き、肩に担ぐ。視線は前方、積みあがった瓦礫の山に向けた。
瓦礫からは、右腕の肘から先をなくした男が這い出てくるところだった。
「助太刀だか横やりだか知らないが。お前、いい年したおっさんだろう? 少しは空気を読んで場を弁えることを考えたらどうだ?」
「が、あああああぁあああ……! 腕が、俺の腕がぁ……!?」
男は左手に持つ宝珠ごと傷口を押さえ、止血を試みているようだった。刃物で切断したわけでもない断面は綺麗とはとてもいえず、突き出ている白い骨が凄惨さをにじみ出していた。
――まったくもって無様な悲鳴だ。どうせすぐ消える命なら、少しは潔くしたらどうだ。
「途中から話は聞いていたよ。この娘の叔父なんだって? だったら貴族も同然だろう? 道理も作法も弁えない狼藉者がどう処されるか、貴族なりの見解というやつを聞いてみたいもんだな?」
「この、この、この……ッ!」
挑発まじりに声をかけると、男は憎悪に染まった瞳で俺を睨みつけた。
「平民風情が。猟師ごときが! なにが『客人』だ! 大陸を混乱に陥れる疫病神が! ……俺を誰だと思っている。ロイターだぞ! 四代続いた竜騎士の家系、その次代当主がこの俺だ!」
四代ぽっちで偉そうに言われても。――ちなみに俺の家系は平安初期に渡来した傀儡師の血筋だそうです。ほら、血筋自慢なら俺の勝ちだ。
……あぁ、話が逸れたか。
「いやいや、お前は後見人だろう? 次代はこの娘、アーデルハイトだ」
「誰が認めるか、そんな小娘!」
呆れ混じりの訂正に、男は地面に唾を吐いて怒りを示した。
「兵どもも家臣たちも、旧領の民や旧臣どもだって俺を支持している! とっくに根回しは済んでいるんだ! あとはその娘を殺し、お前を殺して名誉を取り戻せば、全てが丸く収まる! そう、全てがだ!」
背後で少女がびくりと身を震わせる気配がした。……そうか、もはやこの娘の実家にすら、彼女自身の味方はいないのか。そこまでしてこの娘を追い詰めたいのか。
「――――痴れ者め。ただで済むと思うなよ」
「ただで済まないのはお前の方だ、クソ猟師!」
そう叫んで、なにがおかしいのか男はゲラゲラと笑い声を上げた。
残った片手に握った宝珠が、赤く光を放っている。眩しく、熱く。
……これは、火炎の魔法か?
「アーデルハイト! 俺は言ったな? 二十人は集めたと! それだけの人数、お前の決闘が終わるまで悠長に屋敷で待機させていると思うか? 馬鹿めが!
お前たちを殺す用意は、とっくにできてるんだよ……ッ!」
撃ち上げられた火球は上空で爆発し、花火のように轟音を響かせる。
「殺せ! ものども、こいつら二人がロイター家の敵だ! 囲んで嬲り殺しにしろ……ッ!」
男の号令に応えるように、廃村を囲む茂みがざわめいた。




