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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
立ちはだかる猟兵
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その首を貰います

 彼女の用いる魔法は、傍から見ればおかしな所ばかりだった。


 まず、展開が早すぎる。

 魔力を運用し各属性に変換、そして形状を整えて射出するにはそれなりの集中がいる。一発ならまだしも、あんな風にポンポン連射がきくものではない。可能だとしてもそれは長い修練を積み上げた先にあるもので、成人にも達していない少女に扱えるものとは到底思えない。

 王都で流通しているというスクロールとやらを使えば可能なのかもしれないが、エルモ曰く、スクロールは魔法に馴染みのないプレイヤーの補助として生み出されたものであって、この世界のNPCに使用は不可能なのだとか。


 次に、予兆がまるで見えなかった。

 魔法を撃つには体内の魔力を外に向けて流出する必要がある。当然起点となるのは人体の中心、心臓近くからであり、そこから射出地点である腕や脚に血液のように魔力が流れ込んでからコトが始まる。よって、相手の魔法発動を見極めるなら全体を観察すればタイミングを計れるという理屈だ。

 だが彼女の身体を流れる魔力は、火球を放つ段になっても変化を見せなかった。まるで左腕が勝手に魔力を吐き出し、炎を生み出したようにすら見えるほど。


 そして最後に、つい先ほど急激に減少した彼女の魔力量。

 少女の魔力が唐突に激減した時は、何かの副作用で命を落としたかと一瞬焦ったほどだ。だがそんなことはなく、彼女自身もそれを予想していた様子で疲労を受け入れていた。

 予定された魔力枯渇? 魔力を後払いにする手段がある? そんなことをして一体何のメリットが?


 そこまで考えれば自ずと答えは浮かんでくる。

 いうなればあれは鉄砲。矢をつがえ弓を引き絞り続ける労力が必要なく、狙いを定め気軽に引き金を引くだけで鉛玉を打ち込めるという、機能(・・)を求めた結果の産物。

 魔力の動きがなかったのも当然だ。すでに譲渡は(・・・・・・)済んでいる(・・・・・)。あとは『それ』に命じて蓄えさせた魔力を火炎弾に変換し吐き出させるだけ。

 先ほどみせた魔力枯渇は、『それ』に魔力供給を催促されたが故か。


「…………よく見破りましたね。その通り、この魔法は火の精霊を用いたものです」


 その言葉に応えるように、少女の袖が蠢いた。袖口から何かが顔をのぞかせる。

 赤い鱗の生えた体表、縦に割れた瞳でこちらを睨み、鋭い牙の隙間からチロチロと舌を出して威嚇を見せている。


 ――火蜥蜴(サラマンダー)。風の精霊がシルフだったことから、このファンタジーな大陸にもいると予想はしていた。……腕に巻き付いて服の下に隠れられるほどのサイズだったとは驚きだが。

 だがそのサイズでありながら脅威は並どころではない。魔物の魔法の適性は人間より上だ。威力はともかく、本能で操る分()が早い。たとえばうちの灰色は風を操るが、風魔法を専門に扱うエルモもあれほど迅速に風魔法を展開するのは無理だと言っていた。


「――いまさら、人間ひとり相手に魔物と二人がかりで、なんて野暮なことは言わないがね。そんなもんとどうやって契約したのやら」

「少し、縁がありまして。――平原と砂漠の狭間、騎士団領の西の防壁の外れで、この子が死にかけているのを見つけたのです」


 ありがたいことに、時間稼ぎに付き合ってくれるらしい。あちらもそれだけ魔力枯渇が深刻ということか。

 少女を視界に収めたまま、弧を描くように歩を進める。ひとところに留まっては、この仕掛け(・・・)は看破されるかもしれない。

 煙に紛れて霧を振り撒く。先ほど火球を迎撃する際に発生した水蒸気は、奇襲のために足場にしたせいでほとんど残っていなかった。


「ほう。そりゃ運がいいな、お前も、その蜥蜴も。……だがその縁が、そのうち厄介事を招くことにならなければいいが」


 うちの小僧と灰色みたいな感じで。あいつらほんと手がかかってかなわんというか。――あ、杖発見。あれだけ派手に火が飛び交ってたのに無傷で突っ立ってる。回収しておこう。


「……そんなこと、今殺し合っているあなたが心配することではないでしょう」

「違いない。要らない世話だったか」


 押し殺した声に生返事を返し、黒杖を引き抜いた。くるりと小脇に挟んで調子を見る。……うん、悪くない。

 改めて少女に向き直ると、彼女も用意は完了したのか火蜥蜴を腕の中に直して剣を正眼に構えた。


「……身体の調子は戻ったか?」

「お蔭様で。――あなたも、その霧で何をする気なのかわかりませんが……」


 言うと、その小さな体から魔力が放出されるのがみえた。澱みなく発動された風魔法は周囲を吹き抜け、せっかく辺りに漂わせていた霧を簡単に吹き飛ばしてしまう。


「――企みは事前に潰しておきます」


 ばれてーら。


 内心舌打ちしつつも杖を構えなおした。……かくなる上は奥の手抜きで彼女と相対しなければなるまい。

 ――――まあ、散った霧も完全に制御を離れたわけではない。意識にとどめておけば何かしら使いようはあるだろう。


「……さて、頃合いか。いい加減小手先勝負も飽きただろう? ここはひとつ、真っ向勝負と洒落込もうか」

「私はそれでも構いませんが。ただ――」


 俺の挑発に乗った少女は、しかし静かに鼻を鳴らして目を瞑り、


「――ただ、私の小手先が品切れと思われるのは心外です」

「む……?」


 その言葉に含ませた何かを読み取ろうと、僅かに警戒を強めたとき。


 ――――足先に、違和感を感じた。

 やけに冷たい。もう五月だというのに、雪でも踏みつけているような――


 隙を承知で少女から視線を切り、足元を一瞥すると、


「これは……」


 いつの間にか地面から生えた氷塊が、俺の脚を踝まで拘束していた。



   ●



「これは……」


 猟師がみせた隙を、アーデルハイトは見逃さなかった。

 回復したばかりの魔力を脚に注ぎ込み強化する。亀裂が入るほどに地面を踏み込み、一息で間合いを詰めんと跳躍した。


 ――――用意した召喚魔法がひとつだと誰が言ったのか。

 火蜥蜴は手元に置いて魔道具のごとく扱った。そしてもう一つ、水の精霊ウンディーネは地中に潜め、罠として彼の足を絡める機会を窺わせていたのだ。

 四大元素に縁深い彼らは世界に溶け込みやすく、隠密に優れている。気付かれないと踏んでいた。


 都合二体の多重召喚、同時使役。

 一流の魔術師でも一体の使役で身動きが取れなくなるそれを、複数扱いながら近接戦の手段とする。――魔術の麒麟児との呼び声高いアーデルハイト・ロイターであるからこそ可能な芸当である。


「――――ぁ……!」


 溢れた声は自らを鼓舞するためか。彼女自身にもわからない。

 左腕を前に掲げた。少女の意を汲んだ火蜥蜴が袖口から猟師目がけて火を噴きつける。放射された火炎は男の身体を包み込み、骨まで焦がさんと焼き付ける。


 ……だがそれでは仕留められない。きっと倒せない。

 ――――ほら、火が消えた。爆炎の向こうから姿を現した彼は、あちこちを焦がしながらも重傷を避けている。半身に黒杖を構え、目を伏せて。

 蒼い燐光を放つ、銀の額当てと篭手が見えた。斬り合っていたときには身に着けていなかった装備。いつの間に装備したのか。あれが炎を防いだのか。

 わかっていた。あなたはそんなものでは揺るぎもしない。その背中に追いつけもしないのだと。

 魔法も、召喚も、全ては小手先に過ぎない。所詮余技は余技。邪道は邪道。復讐を為すなら正道をもってしなければ意味がない。

 だから雌雄を決するは正面から、この剣で。最初から決めていた。


「ぁぁ――――」


 剣を刺突に構え突進する。火蜥蜴の炎に足を拘束する氷は溶けたものの、猟師は避ける様子を見せなかった。迎え撃つ気なのだろうか。


 ……身体が熱い。胸が熱い。頬を伝うものは何だろうか。

 このまま燃え尽きても構わない。消え果ても構わない。だって生きていても何も残っていないのだから。それが私の生涯だったのだから。

 すべて捨てる。すべて捧げる。そうでもしないと、あなたに届かないと理解していた。届いたとしても、その先に何もないと理解していた。


 ――――そう、あなた自身が私の最大の未練だというのに、それを斬り捨てて何が残るというのでしょう。


「ぁぁあああああああああ――――ッ!」


 だからお願いです。逃げないでください。向き合ってください。

 私を斬っても構わない。貫いても構わない。そんなものは覚悟の上です。


 ただ、願いがあるとすれば――


 正面から、お願いだから正面から受け止めてほしい。

 最期に、最期だから。

 あなたの顔を、フード越しでないあなたの顔を、もう一度だけ見たいのです――


「――――――ッ」


 ――――猟師が動いた。

 伏せていた眼を見開き、ぎしりと音を立てて杖を握り直し。

 爛々と燃え上るような瞳は、真っ直ぐにこちらを――


 ――――どこを(・・・)見ている(・・・・)……?


「――この阿呆、退がれ……ッ!」

「が、ぁ……ッ!?」


 すり抜けた。見えなかった。

 まるで縮地。右手の剣を突き込むより前に、いつの間にか目の前まで猟師が踏み込んでいた。

 胸に叩き込まれた掌底は砲弾のごとく。見下ろしてみれば鎧が見事に陥没している。息苦しさはするが痛みはさほどでもなく、肋骨までは折れていないと把握する。


 だがそれまでだ。

 アーデルハイトの身体は冗談のように吹き飛ばされ、


 ――――次の瞬間、世界は白い爆炎に支配された。

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