大抵の場合、燃える剣は役に立たない
撃った。
撃ち続けた。
ひたすら撃って撃って撃って、爆炎で猟師の姿が見えなくなるほど撃ち続けた。
そして残弾が無くなった頃、目の前はもうもうと立ち込める煙で、何も判別できないほどになっていた。
「…………」
眼下に広がる煙は風にさらわれ、アーデルハイトの滞空する高さまで立ち昇ってきている。そんな光景を見て、彼女は静かに地面に降り立った。
意識は明瞭としている。魔力枯渇による酩酊感はまだない。それ以前に、MPの消費は風魔法以外にほとんどなかった。
それも当然だ。そもそもあの火炎弾はそういうものではないのだから。
詠唱の省略と威力の向上、その両立を目指すために考案されたこれは――
「う……」
そうこうしている間に『それ』が始まった。体内の魔力が強引に吸い上げられる。ごっそりと持って行かれた魔力は左腕に集まり、そこにいたモノにあっという間に暴食された。集中して生成する魔力量を増やすも、生み出す端から奪われていくのが感じられる。
腰に提げた瓶を手に取り、蓋を開けて中の魔力回復薬を一気に飲み干す。……これでMPの回復量が多少は増えるはず。
……頭が痛い。酷い吐き気にくらくらする。もとより覚悟していたことではあるが、遅ればせながらやってきた魔力枯渇はやはりきつい。
所詮は魔力消費を前後の分割払いにしているに過ぎない戦闘法。戦闘中に隙をさらす機会は減るが、全体からみると非効率な代物だった。
「あの人は……」
仕留めきれただろうか。朦朧としてきた意識の中で気配を探る。
手応えはあった。乱射する火炎弾の中ではっきりとは見えなかったものの、煙の中彼らしき影に火球が当たるのを見た。直前、あの男は生み出した水球で迎撃し、相殺した際に生じた水蒸気爆発でいくつかの火球が軌道を逸らされた。だが、それもたったの数発凌いだに過ぎない。最後の何発かは命中したはず。
気配はない。視界を遮る煙のせいで目視による探査は諦め、魔力感知を多用しているが、それでも猟師の気配はない。
半ば殺害を確信しつつも、アーデルハイトは油断なく周囲を探った。あの猟師は隠密の達人。死体を確認するまで気を緩めることは――
「――――ッ!?」
何かが微かに鼓膜を振るわせた。視界の端で、何かが蠢いた。
――ィィィイイイイイ、と。異様な音が聞こえてくる。近づいてくる。
まるでドワーフの機械細工、その歯車が高速で回転するような、そんな音を響かせながらそれは真っ直ぐにアーデルハイト目がけて飛来し、
「はぁっ!」
煙の中から飛び出してきた円盤形の何かを、アーデルハイトは右手の剣で迎え撃った。
がり、と相手の軋む音。空中で弧を描きながら飛来してきたそれは、少女の剣と数瞬拮抗したあと呆気なく地面に落ちる。
がらんと一際大きな音を立てて転がるそれを改めて観察すると、それは、
「円盾……?」
焼け焦げ、へこみ、見るも無残に変形しているものの、それはなんとか原形を留めていた。
大きな盾だ。直径にして一メートルほどもある。黄色みがかった金属板を重ね合わせ、表面にはほとんどが燃え尽きているものの何かの皮革が打ち付けられている。
その円盾には見覚えがある。ワイバーンのブレスすら防ぎうると評判の盾。二年前からあの傭兵団が使い始めた、『亀鹿』のあだ名の大元となった――
「――――ドワーフ謹製の盾。これで防いだと……?」
「――――」
「な……ッ!?」
確かに聞いた。アーデルハイトの耳はそれを、猟師が小さく鼻を鳴らす音を確かに捉えた。
背筋に氷でも突っ込まれたような悪寒。最悪の状況に息が荒くなる。
煙は未だ晴れきっていない。五メートル以上を見渡すことは不可能。猟師の姿は未だ捉えられていない。
こんな中に無防備に突っ立っている自分は、あの猟師のいい的でしかないのだから――――!
背後を振り返る。……いない。左右を見渡す。……見つからない。魔力感知は既に全開。だというのに居場所を掴めない。目の前の白い煙からすら、あの男の気配が滲み出てくるようで――
殺気が少女の首筋を撫でた。真後ろから心臓を一突きに? いや、これは――――
「違う、上……!」
「――――」
右の剣を振り上げる。ほとんど勘任せの闇雲な一振り。しかしそれは一拍遅れて降りかかってきた象牙色の短刀と鍔迫り合うことに成功する。
ずしりと腕に重みがかかる。上空から打ち落とされた猟師の一刀。一体どれほどの高みから落下してきたというのか。剣ごと腕の骨をへし折られそうな痛みに苦鳴を噛み殺す。
流せるか? 否、受け流せばこの猟師が目の前に着地する。不意打ちを防いだアーデルハイトの腕には痺れが生じている。二撃目は防ぎきれない。
よって取れる手段は一つのみ。
「あ、ぁああああああっ!」
全力で押し返し、吹き飛ばして間合いを離す。これより他に生きる道はない――!
「…………ほう?」
それは、感嘆の声だったのか。
瞠目した猟師の短刀から、一瞬だけ力が緩んだ。見逃さずに剣を押し上げ、浮いた胴体に回し蹴りを押し込む。腕で防がれるもそれは問題ではない。踏み足にさらに身体強化を注ぎ込み、力尽くで蹴り飛ばす――――!
――思えば、こんな蹴り技。騎士の闘法にないこんな野蛮な戦いは、猟師の得手ではなかったか。
あれは確か三か月前のこと。樹上から襲いかかった自分を、彼はこんな風に蹴り飛ばしたのだっけか。
不意に、そんな事を思った。
ざりざりとブーツで地面を削りながら、猟師が十歩も離れた場所に着地した。追撃に火球を一つ放つ。男は慌てもせずに、傍らに転がっていた盾を蹴り上げ掴みとり、向かってきた火球を正面から迎えた。
「らぁあああっ!」
裂帛の気合。真っ向から衝突した火球と円盾。ずん、と杭のように脚を地面に突き立て、男は衝撃に一歩も引かず競り勝ってみせた。
振り上げる盾に押し負け、火球が上空に弾き飛ばされる。
「…………なるほど。からくりは大体読み取れた」
「――――――」
落ち着き払った様子で猟師が言った。手に携えた短刀と円盾が青白い粒子となって霧散する。
「何か仕込んでいると思っていたが。――その左腕に巻き付いてるものは、召喚魔法によるものか?」




