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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
立ちはだかる猟兵
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明かす奥の手

 首を狙って横に薙いだ剣閃を、お辞儀でもするように深く身を屈めて潜り抜けた。

 杖で受けることはしない。魔力感知が少女の体内で脈動する尋常でない魔力を捉えたためである。

 杖は強化が可能とはいえ所詮は木製。通常の女子供の細腕ならまだしも、魔力で強化された剛剣を受けきれるものでもない。

 鳥居受けでもしようものなら、押し負けて脳天を割られるか、杖を両断されるだけだろう。


「――――」


 身を畳んで剣を躱し、身を起こす勢いを使って杖を突き込む。発条仕込みのように射出された打突は、一直線に喉元を狙い――


「ぐ……っ!?」

「――――ほう」


 無手の左手。横合いから打ち込まれたその掌底に軌道を逸らされて、杖は少女の首筋を掠め、髪の毛を数本引き千切るにとどまった。予想外の妙手に感嘆の声が出る。

 しかしそれでは終わらない。刀槍と違い、杖は刃を持たず穂先を持たない。それは決定打に欠けるという意味ではなく、部位全てが凶器たると捉えなけれなければならない。


 手首を返す。杖の石突が弧を描いた。反転したもう片方の先端が少女の側頭部を襲う。

 アーデルハイトは先ほどの打突をいなすのに体勢を崩している。躱す術はなかった。

 しかし――


「なに……!?」

「う……ッ!」


 瞬間、眼前で風が弾けた。

 比喩ではない。今まで何もなかった俺と彼女の間の空間が、突如としてぐにゃりと歪んで球形をかたどった。大気で形成された風の球体。透明な空気で構成されながら、それを通した向こうの景色がひどく屈折して見える。一体どれほどの空気が押し込められているのか。

 何事かと疑問に思う間もなくその球体は弾け、内包していた膨大な風圧を両者に叩きつけた。

 たまらず後方に吹き飛ばされる。危惧したほどの痛みはない。トラックタイヤが破裂した際、その爆風は人を殺しうるとのことだが、恐らくそれ以上の衝撃を受けながら無事で済んでいるのは強化されたステータスの賜物だろう。


 五メートルほど吹き飛ばされるも態勢を整えてどうにか着陸する。軽く脳を揺さぶられてふらつく視線で敵を探すと、


「どこの魔族だ……?」


 何もない空中、高度にして十メートル以上の高みに立ち尽くす娘の姿があった。

 浮かんでいるわけではあるまい。脚部の緊張と足下の空間が歪んでいるのが見て取れ、空気を固形化させて足場にしているのだと推察できる。


 ……水ならば俺にも同様なことができようが、空気とは。

 あの足場一つにどれだけの魔力を注ぎ込んだのか、見当もつかない。おそらくMPなら彼女は俺以上だろう。


 ガン、と音を立てて杖を地面に突き立てた。次いでインベントリからクロスボウを取り出す。装填はとうに済ませた。あとは照準し引き金を引くだけ――


「――――」


 今にも狙い撃たんと彼女を注視していたのが奏功したのか。

 少女の唇が微かに動き、何事かを呟くのが見えた。


 ――――掃射、開始、と。


 刹那、彼女の掲げたその細い腕先から、無数の火弾が発生した。


「おいおいおいおい……!?」


 あんまりな事態に悲鳴を上げる。……なんだそれはチートにも程があるだろうが! スクロールとやらを使っているにしても、魔法陣が現れるどころかタイムラグすらほとんどない。

 ぱっと見で二十を超える火球を一瞬で形成する技量、下手しなくともあのチンピラ魔族を余裕で上回っている。


 おまけにあの魔法、初動(・・)がまるで感じられない。体幹から手先に流れ火炎へと変換されたはずの魔力の動きが、魔力感知に毛ほども引っかからなかった。

 あれほどの火球を予兆も無しに顕現させる? 有り得ない。エルラム氏にもできないことだ。彼の火魔法は高い火属性耐性を誇るワイバーンすら跡形もなく焼き融かすほどだが、それほどの芸達者でも彼女ほどの火球を用意するなら詠唱と集中と収束が欠かせないという。

 ならば、それらを全て省略しているように見える彼女の魔法とは何だ。

 それは――――


「ぬ、ぐぁあああっ!?」


 迫る火球、飛来する死の予感。思考を中断して回避に専念する。

 弩弓を投げ捨てる。倒れ込まんほどに身を傾けて重心を崩し、地を蹴って横っ飛びに火球を躱した。そのまま少女の視界から逃れようと横向きに疾走。

 しかし当の砲撃手は空中に滞空しているのだ。瓦礫すら僅かなこの廃村に、まともな遮蔽物などどこにあるというのか。


「逃すか――――ッ!」


 機関砲のような撃発音が少女の左手から迸っている。ばばばばばば、と連続した爆音とともにその腕を砲身のように旋回させて、アーデルハイトは獲物に向けて火球を掃射し続けた。


「――――っ!」


 走る背中を振り返る暇もない。なにせ真後ろからは数十を超える火球が背中を掠めて地面に着弾し、次第に追いすがってくるのだ。どこかに身を隠れる場所を見つけなければ――って熱っちぁあああ!?


「なに勝手に燃えてんだこのクソマント――わわわわっ!?」


 ここはあえてすっころぶ。そして真後ろに向けて蓑虫のごとくゴロゴロと逆回転。火急が頭上をかすめて通り過ぎるのを目の端で確認し、どうにかやり過ごすのに成功。同時に外套で発生した火災も消し潰すことができた。


 ……ごめんなさい、私が悪うござんした。今までは王子戦法を馬鹿にしてきたけれどこれかからは考えを改めます。つーか何なんだあの小娘はあれだけ撃って息切れどころか――まだ撃ち続けて……!


「この――――!」


 引き返してくる機関砲の火炎弾。起き上がり膝をついたこの態勢での回避は困難。身体強化を駆使して跳躍すれば数発は凌げようが、滞空している間に狙い撃たれる。――否、どこにどう逃げようが躱すだけでは埒が明かない。

 ならば――


「――――――」


 意識を沈める。閉ざした眼は己が内面を俯瞰する。

 体内を流れる魔力に異常はない。問題はこれをいかに迅速に外界に引きずり出すか。

 すでにここは死地、一瞬の遅れが死を招く。目の前の焼け野原から察するに、あの火炎弾は一つ一つがワイバーンのブレスに匹敵する。火属性耐性の未だ低い俺の身体などひとたまりもないだろう。


 ――――だがそれが何だというのか。まるで問題にすらならない。そんなものは鼻で笑ってくれよう。

 一瞬の遅れが命取り? それだけあれば充分だ。


 意識を練り上げろ。己が身体に意図を通せ。思考は無用。全てを衝動に変えて前に奔れ。

 そうとも、この熱だ。胸の猛りだ。この熱こそが刹那すら引き延ばす神速の――――!

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