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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
寒村に潜む狩人
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故なき善意はまず疑え

「このクロスボウ、ペダルがついてないのか」


 さっそく入手した武器の性能を試すべく、山小屋の裏にあった射場で検分してみる。

 因みにボルトは武器棚に添えるように20本だけがあった。大事に使おう。ただ、そのうち7本ばかり状態の悪いものがあったので、これを練習用に使いつぶすことにする。


 さて、適当な切り株に腰掛けてクロスボウを取り出したのだが、どうにも俺が知っているものとやや形状が違う。先端にあるはずの、弦を引くために爪先を突っ込んで地面に固定する際の補助具が存在しないのだ。

 試しに弦を片手でぐいっと引っ張ってみると、なんとか引くことが出来た。

 ペダルがなく、片手で引ける程度の張力ということは、そうたいした威力は望めない。あくまで兎や狐を狩るための狩猟用クロスボウ、ということか。

 しけてるなーと若干落胆するが、所詮は初期装備だ。こつこつ資金を貯めていけば、これを強化するなり新たに買い求めるなりできるようになるだろう。


 初期装備といえば、最初に俺が着ていた白の上下だが、いつの間にかあの爺に没収されてしまった。魚に齧られたり雷に打たれたりと、相当ぼろぼろだったので別段惜しくはない。代わりに支給されたのが今着ている麻の上下である。

 ……さすがに肌着は死守したよ。ここの下着って着心地悪いし。


 話を戻そう。

 埃を被るほど放置された武器をそのまま使うほど不用心でもない。何処か不具合がないか素人目で点検してみる。弓に罅はないか。弦にほつれはないか。弦受けは引き金と連動しているかなどなど。

 そんなこんなを見ていると、アナウンスがなった。


≪経験の蓄積により、『鑑定』を習得しました≫

≪スキルレベルの上昇により、魔力値が上昇しました≫


 弩弓を見ただけでそんな経験になるのか。確かに機構としては弓より複雑かもしれんが。

 改めて意識すると、クロスボウの詳細が表示される。



狩猟用のクロスボウ(古) 品質:F 耐久:D

攻撃値:7

中小動物を狙うために取り回し、速射性を重視した軽弩弓

製作から80年以上が経過しており、各部位に損傷が生じている

構造自体は単純であり、基本部分は実用に耐える



 ……うん、俺の目利きとほとんど同じだ。特に役に立たない説明である。

 というか、鑑定? そんな中二心溢れるフレーズのスキルが存在していたのか。



『鑑定』

類別:フィールド  関連ステータス:魔力

鑑定を行ったアイテム、人物等の詳細情報を閲覧する。

品質:F のアイテムの詳細鑑定が可能

戦力値:100以下の対象に詳細鑑定が可能

戦力値:200以下の対象に簡易鑑定が可能



 詳細だの簡易だの言われたってぴんと来ない。運営は初心者を舐めているのか。

 耐久や攻撃値が判明したのは便利だが、それだけだ。あまり使い道のないスキルのように思う。


「……ふむ、こんなもんかね」


 大体の点検は済ませた。一応使用は可能だと鑑定のお墨付きも出ていることだし、さっそく試射をしてみよう。


 銃床を腹にあてて支えにし、両手で弦を引いて弦受けに引っ掛ける。ボルトをセットして見よう見まねで構えてみた。

 的はとりあえず、前方五mにあるヒノキっぽい木だ。慎重に照準を合わせて、引き金を引く。


 ―――スタンッ!と

 心地よいほどの音を立てて、ボルトが幹に突き立った。

 ……狙ったやつの右隣の木の幹に。大外れである。


「ふむう……」


 なんだ、何が悪かった。ボルトに特に歪みはなかったし、矢羽も弾道が狂うほど乱れていなかった。反動も覚悟していたほどではなかったし、最後まで照準はぶれていない。射出の際弦と本体が干渉する感触があったが、そんなに酷いものだったか?


 もう一度弦を引いてボルトをセットする。検証のため狙いは同じく目の前の幹だ。引き金を絞る。

 ―――今度は左の茂みに飛んで行ってしまった。

 あんまりな結果に思わず手元を見下ろす。


「……どうするんだ、これ……」


 弩弓は語らず、静かに弦を震わせた。



   ●



 何本かボルトが駄目になった。試射用の七本だけでなく追加で使用した二本もである。

 およそ九本を犠牲にして判明したことだが、弾道が左右にぶれる原因は恐らく弦を引く際の力加減にある。左右の腕で引き具合が偏ると弾道がそちらに引っ張られる。

 ……つまり、弦の中央からちょうど同じ距離の部分をつかんで、ほぼ左右均等に弦を引きセットする必要があるのだ。

 お手軽兵器の代名詞的な存在だったクロスボウにも、なんだかんだで使用上の注意というものがあったらしい。


 最後の一射を的中させて、本日の射撃訓練は終了とする。


 …………。

 あの、的中させましたよ、アナウンスさん?



   ●



 たかだか五mの的に当てたくらいではスキルは生えないらしい。

 気を取り直して大掃除にかかろう。


 幸か不幸か、小屋の中には箪笥や食卓といった大き目の家具しか残っていなかった。これならそう手間もかからず終えられるだろう。小物類はことごとくが盗難に遭っていたが、さすがの泥棒も箪笥を抱えて山道を行く覚悟はなかったらしい。……ひょっとすると、NPCはインベントリを持っていないのかもしれない。

 そうそう、インベントリといえば今まで所持枠が十しかなかったのだが、いつの間にか一つ枠が増えていた。きっかけはわからない。レベルか、スキルレベルか、戦力値か。あるいは考えつかない何かか。……なんにせよ持ち運べる量が増えたのは喜ばしいことだ。大掃除の際は特に便利に思える。

 独力では持ち運びに難儀する家具をインベントリにしまい込む。どんな大きな物でも使用する枠は一つだ。重量も関係ない。しまった途端に異次元に収納したように手ごたえがなくなるのだ。後はこれを外に避難させて屋内を一掃しよう。


「……っげふっ」


 はたきで高みの埃を落とし、舞い上がる埃にむせつつ雑巾がけを開始する。……こういう時に水魔法は便利だ。わざわざ掃除用に川から水を酌んでくる必要がないし、水桶を掃除用に汚す必要もない。

 天井の梁を拭って真っ黒になった雑巾を、玄関先に掘っておいた穴に持っていく。虚空から水を流して雑巾の汚れを落とせば、さあ拭き掃除の再開だ。



 ―――跪いて床を磨きながら物思いにふける。

 結局のところ、あの老人の頼みを断るという選択肢は存在しなかった。

 村の規模を見ればわかる。明らかな寒村。家屋数からみるに50世帯あるかないかだろう。田舎特有の閉鎖主義に支配された彼らは、村の代表の鶴の一言で容易に悪意の塊と化す。……素朴な村人との心温まる交流なんて幻想である。

 ……身一つで流れ着いた俺に、断る選択肢は存在しなかった。

 雑貨屋、八百屋、魚屋に村鍛冶。彼らに嫌われては生きていくのに必要なものすらも揃わない。どうにかして取り入っていく必要があるが、果たしてそれが可能であるか……。


「クソじじいめ……」


 親切ごかしたようで悪意が覗いて見える長老の計らいに思わず毒づく。

 必要なものはくれてやる? 酒場にいけばただ飯を用意してやる? ……他の住民からどう思われるか想像してみるがいい。突然ふらりと現れた不審な男が、長老の厚意をかさに着て物をせびって酒をかっくらってる。その癖ろくに獲物は持って帰らず、人との交流を断つように山奥の小屋に引きこもっている。……こんな男、ひと月と経たずに村八分だ。出来上がるのは長老にいいように顎で使われる傀儡である。


 考えれば考えるほど行き詰った感がある。

 とにもかくにも成果が必要だ。できるだけ早い段階で狩猟技術を習得し、村の利益に還元しなければお先が真っ暗。だが周囲には指導者も教本もない。すべて独力で手探りで習得するとなると、どれだけかかるかわからない。


 ……死に戻り覚悟で大物に挑み続けるか? ひょっとしたらラッキーパンチが決まるかも。……だめだ、後がない。


 そう何度も使える手ではないのだ。死ぬときの痛みだって嫌だし、そもそも死に戻るということはダメージを受けている―――防御値に経験が蓄積され、いずれはレベルアップに繋がるということだ。レベル10に達した時に生きる手段を知らないという状態は避けたい。


 悶々と悩み込みながらも雑巾を持つ手は止めない。いつの間にか床の大半を拭き終えたのか、指先が何かに突き当たった。


「―――ん、なんだ、これ……」


 それは、一抱えもある箱だった。

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