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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
立ちはだかる猟兵
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双緑の激突

 ハスカールが栄えてきたからといって、半島そのものの人口密度が激増したわけではない。

 流民難民がうちの村に流れ着いてくるということは、その分人口が減った集落があるということでもあり、過疎化に耐えられず住民に放棄された村落もあるということである。


 土地を捨てた住民を責めることはできない。土地を捨てざるを得ないほどにあのスタンピードの影響は強く、流民となった彼らは下手すると留まる以上の苦難を味わうことになったのだから。

 それに、ハスカールの発展は人口の流入によるところが大きい。彼らの不幸で身代を大きくした我々は、彼らにそれ以上の安寧をもって応える責任があるのだろう。


 ――――ここはそうやって住民に放棄された廃村の一つ。ハスカールの北に二日ほど歩いたところにある土地だった。


 人影はなく、ろくな民家も残っていない。建物のあったと思しき場所はあるものの、すべて打ち壊されて瓦礫と化している。

 ……住宅を打ち壊したのは、俺たち傭兵の仕業だ。残しておけば賊が住みついて拠点にしてしまう。それを防ぐために壁と屋根をなくしてしまった。

 村の再興は難しくなってしまうが、当面の治安を優先したのだ。

 よってこの場は今や廃墟。建材で有用なものは使い回し、残ったものには火をかけた。残骸に混じったささやかな値打ち物も、抜け目のない連中が漁り尽したあとだ。だから何も残っていない。


「――――――さて」


 そんな廃村に、どうして俺がやってくる羽目になったのかというと、


「逢引の場所としては不適当。そうは思わないか?」

「………………」


 目の前に無言で佇む、一人の少女に呼び出されたせいだったりする。


 少女の出で立ちは以前と随分と変わっていた。

 胸を重点的に守る軽鎧に、要所を金属で補強した篭手やブーツを身に着けている。フードを被らず、露わにした翠色の髪の毛を後ろに纏めて、額に鉢金を巻いていた。

 鎧に施された意匠に見覚えがある。確か、あの謁見の時に集まっていた連中のそれに似ていた。――竜騎士、あるいは簡略化されているところから見て従者の纏う鎧だろうか。


 ……凛々しい武者姿と形容すればいいのか。その表情と相まって、ひどく硬い印象を受ける。

 鎧の上に羽織っている、ひどく薄汚れくたびれた深緑の外套が随分とちぐはぐに見えた。


「――それで? 俺に何の用だ、アーデルハイト。俺を殺すにはまだまだ鍛錬が足りないと、前回に身に沁みて理解しただろう?」

「書状に書いたはずですが。――果たし状と」

「自殺志願なら他を当たれ。俺だって忙しいんだ」

「……自殺? あなたという人は、いつまで私を侮る気なのですか」


 そう言うと、アーデルハイトはおもむろに左手を掲げてみせた。

 ゆらりと歪む空間。その掌を中心に魔力が収束し、赤く変換されていくのが見える。そして――


「――――っ」


 彼女の左手から現出した火球が、俺めがけて射出された。速度は強弓より放たれた矢のごとく。内包する魔力から類推するに、秘めた熱量はいつぞやの魔族のそれに匹敵しよう。

 顔面を消し炭に変えようと飛び来る火球に対し、俺は――


「――――ふん」


 手元が青白く閃光を放った。インベントリより取り出した得物をろくに見もせず、引き抜きざまに火球めがけて一閃する。

 パン、と軽い破裂音を響かせて、火球は目標に到達することなく消滅した。


 ――エルフ謹製の黒杖。硬く重く扱いづらいが、表面の漆は魔力を通しやすく、それによって耐熱性を上げることも可能だ。速度とタイミングが合えば、このように相手の放った魔法を打ち落とすくらいは造作もない。


「……お前が魔法の使い手だってことは聞いていたが」


 くるりと杖を小脇に挟み、やや半身になって前方で剣を抜き放った少女に向き直る。


「今回わざわざ解禁したってことは、何かしら心境の変化でもあったのか?」

「ままごとは終わり。ただそれだけの話です」


 対し、竜騎士の娘は落ち着き払っているように見えた。


「――遊んでいる時間は無くなりました。今日、私は私の持つ全てをもってあなたに挑み、父の仇をとります」

「出来るつもりなのか?」

「できなければ死ぬまでです」


 迷いない即答。思わず心地よさを感じるほどだった。切腹前の武士ですらここまで覚悟を決められるものはそういまい。父親とは大違いだ。鳶が鷹を産むとはこのことか。


 ……まだ十代の子供が、こんな覚悟を持てるものなのか。俺が彼女をここまで思いつめさせたのか。


 比べて俺はどうなのだろう。彼女を容赦なく殺せるだろうか。

 首を刎ねるか。腹を貫くか。頭を潰すか。胸を砕くか。……駄目だ、まるで出来る気がしない。 

 先ほどからどう思い描いても、あの子供を殺す自分がまるで想像できない。想像する自分を許せない。

 人を殺す手段など百通りでも披露してやろう。惨いやり方、綺麗なやり方、それこそいくらでも思いつく。

 だが彼女は駄目だ。殺せない。殺してはならない。子供だけは断じて。

 もし殺せば俺が死ぬ。心が死ぬ。誇りが死ぬ。誓いが死ぬ。だからできない。

 その一線(・・・・)を越えることは、俺が俺であることを放棄するのと同義なのだから。


 ……まったく忌々しい。やれるはずがないだろうが。


 内心吐き捨てて途方に暮れる。なんたる無様か。あれだけ偉ぶった言説を垂れておいて、俺自身が結論を得ないままここまで来てしまった。

 あの目を見ろ。俺を殺すことだけを一念にして、それだけを思いつめている。先のことなど何も考えていない。一体何に焚きつけられたのやら。

 最悪だ。死兵なぞ敵としても、人間としても最悪だ。これなら昔、クソみたいなカルトどもを焼き殺したときのほうがマシだった。


 だがもはや遅すぎる。彼女は曲がりなりにも、敵として俺に立ち向かう覚悟をもってここにいる。ならば俺は、心中はどうあれそれに真摯に応えなければならない。


「いざ……」


 可憐な唇から掠れた声が漏れ出た。少女は右手に剣を握り、左手は魔法の起点とするためか無手のままだらりと下げている。


「已む無しか……」


 応えて俺も杖を構えた。下段に腰を落とし、前方に先端を突き出す。……待ちの姿勢になってしまったのは迷いのためか。


 奇しくも、両者の纏う外套は同じく緑。こちらが若草色、あちらが深緑。その色合いのギャップに思わず年齢的に逆じゃないのかと突っ込みたくなって、


「尋常に、覚悟を――――ッ!」

「――――っ」


 是非もない。言葉を放つ余裕すら。

 八年来の因縁にけりを着けようと、二つの緑影は激突した。

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