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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
立ちはだかる猟兵
128/494

よく下駄箱に突っ込まれているアレ

「聞いたぞう、コーラルや」


 半島の付け根、大要塞の南東にある森林から有用な薬草を採集し、村に戻って薬師小屋に納品すると、皺くちゃの老婆にそんな言葉を浴びせかけられた。

 残念ながら魔物の成果はない。大物はみんな、独立してそこに縄張りを構えた灰色の娘が狩り尽くしてしまった。ちなみに独身で、現在一匹狼の雄は絶賛ヒモ生活のチャンスです。


 ……しかし、俺のプライバシーはどこにいったんだ。あの娘との因縁なんて、そう面白いものでもないだろうに。


「……どいつもこいつも噂好きな。今度はどこ情報なんだ、婆様?」

「ビョルンじゃよ。北の山から樹皮を採ってきてもらったときにな」

「よし、撃ち殺そう。死体の目と耳と口を縫い合わせて晒せば見せしめにもなる」


 これぞファンタジーの見ざる聞かざる言わざるである。

 ……ちなみにこの三猿、ヨーロッパの方では持たざるだか貰わざるを加えるんだとか。戦前、三猿ににインスピレーションを受けた芸術家が作ったそうで、掌にコインを乗せている姿は割とシュールだった。


 ――と、話が逸れたか。


「手はどうしたらいいと思う? やっぱり切断?」

「これこれ。街を建て替えるという話が広まったくらいで、どうしてそう物騒な発想になる」

「…………。あー」


 そっちね、なるほど。タイムリーな話の振り方だったもんで、つい勘違いしてしまった。

 俺も最近は気が立っているのかもしれない。


「……まあ、でっかい街をつくるって話は本当だよ。征服王時代の計画をもとにして、大掛かりな工事になるんだとか」

「長生きはしてみるものじゃの。まさか、生きている間にそんなものを見られようとは」


 もっとも、計画の細部に変更はあるのだが。

 何しろ三百年前と現在では流通しているものも物の値段も変わっている。麦の価格など言うに及ばず、全体的に物が安くなっているのだ。木材は大要塞近辺の森から伐り出せるし、伝手を使って地下王国の石工も招く予定だ。当初の計画より、もっと大規模で複雑なものになるだろう。

 そして何より交易路に変更があった。征服王の立てた計画では、湿地帯のリザードマンを追い払って街道を整備し、エルフとの交易を陸路で繋げようとしていたが、東辺海航路がつながった以上その重要性は下がっている。開発の重点は陸路方面の南ではなく、港のある東側になるだろう。


「……そんなわけで、だ。その内『あれ』も移転する予定だ。もう少しの辛抱だから、婆様も堪えてくれ」

「仕方がないのう」


 ――わははははははは!


 婆様がこれ見よがしな溜息をつくと、それに応えるように小屋の外からどっと笑い声が響いてきた。十人や二十人ではきかない数の爆笑。どうやら芸人渾身の一発ギャグが決まったらしい。


 ――薬師小屋のすぐ隣には、どういうわけか芝居小屋が建てられていた。

 こんな所に劇団が居を構えた理由は想像がつかないこともない。薬師小屋は村から少々離れた位置にあったから住宅が少なく、恐らくはそれが理由なのだろうが。

 公演する演目はたいてい喜劇。大衆演劇だから仕方ないのかもしれないが、おかげで観客の笑い声がこちらにまで響いてきてやかましいことこの上ない。先日も、いきなり湧いてきた爆笑のせいで調薬の手元が狂ったと老婆がぼやいていた。


 ……本当、あれの扱いどうしよう……。


「栄えるのはよいことなのじゃがな、ここまでがらりと変わってしまうと、物寂しさを一抹覚えてしまう。……年寄りの感傷かのう?」

「鍛冶屋も似たようなことを言っていたよ。年々村が別のものになっていってるみたいだって」

「エルフがやってきて薬を売り始めてから、売り上げが下がったわ。……儲ける気もない商売じゃから、別に構わんがな」

「大丈夫だって。あっちは高級薬、婆様のは大衆向けの安い薬だろう? 住み分けは出来ている」

「――――左様」


 どこか得心したように老婆は頷いた。……嫌な予感。この婆様、面倒なことを言い出すのではないか。


「新しくつくる街じゃがな、この婆の薬屋の話なんじゃが――」

「大丈夫、ちゃんといい場所を見繕っておくよ。物静かで綺麗な水が汲み上げられる場所だろう? 調薬には水が重要だからな」

「いや、そうではなくな。……婆は、この村に残ることにするわい」

「…………」


 言葉を失った俺に、村唯一だった薬師は言い重ねた。


「お主らがこれから造り上げる新しい街じゃ。きっと立派なものになるじゃろう。疑ってはおらん。それはきっと、婆が若い頃夢見た、素晴らしい街並みに違いない。いくら眺めても見飽きぬじゃろうな」

「だったら――」

「じゃが移らぬ。婆はもう歳じゃ。老い先短い老害が若い街に住み着いたところで、それはまっさらな木材に張りついてきた白蟻のようなもの。良い結果にはならんじゃろう」

「そんなことはない。婆様にはいつも助けられてきた。傭兵たちが腰に結んでいる薬袋は、みんな婆様の仕事じゃないか。魔物除けの果実の改良だってまだ途中だ、あれにはもっといい設備がいるだろう? それに――」

「コーラルや」


 言い募る俺を遮り、老婆は穏やかに微笑んだ。

 ――まるで、出来のいい物語でも読み終わったような、満足げな表情で、


「これが、婆の分相応じゃ。ここまでしか来れない婆を許せ」



   ●



「………………」


 薬師小屋を退出し、村へ向かう道を歩く。昔は雑草に覆われていたこの道も、行き交う人が増えて土色に削られていた。

 村から一歩離れた場所にあった、薬師小屋に続く道も、こうなるほどに村は栄えていたのだ。


 ……何となく、そんな予感はしていた。

 実のところ、数人の村人はこの元廃棄村に残る選択をしている。代表的なのは漁師のエトン氏だろう。彼は職業柄、海の近くに居を構える必要があり、場所を移すことに難色を示したのだ。

 この海に愛着があるし、今更職を変えるのも気が引けるから、と。


 時は進み、万物は変化していく。それはさながら川の流れのように、絶えることはないが同じ水ではないように。

 変化への対応は人それぞれだ。来る者に去る者、生まれる者に亡くなる者、そして進む者に留まる者。その多様さを抱え込んで人の営みは続いていく。そういうものなのだろう。

 大事なのはどんな道を選ぼうと、胸を張っていられるかだ。

 ならば、俺は――


「――――あぁ、そんなところにいた! コーラルさん!」


 村の方向から、ビョルンが走り寄ってくるところが見えた。

 婆様は彼を薬師として鍛えるつもりらしい。弟子にするには歳を食っているが、割と小器用なところがあるから芽はあるだろうと。

 既に修業は始めかかっていて、山に入って薬草を採ってきたり、調合の手伝いもさせているのだとか。

 そういうわけだから、彼を便利屋扱いするのはやめろと言われた。……彼にはいろいろと含むところがあるが、婆様に言われたからには仕方がない。


「――どうしたんだ、ビョルン? 俺に近づきたがるなんて珍しい」

「村の役場に、身なりの立派な人がやってきて、これを猟師に渡せって……」


 息を切らせながらビョルンが手渡してきた手紙には、ただ一言、簡潔に書き記してあった。



 ――――果たし状、と。

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