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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
立ちはだかる猟兵
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団長の忠告

「聞いたぜ。災難だったみたいじゃねーの」


 すったもんだの末に怪我人もなく魔法訓練を終了させ、その日の夕食を酒場で頼んでいたときのこと。

 『鋼角の鹿』団長、イアンが楽しげな様子で話しかけてきた。手にはエール入りのジョッキがあり、すっかり出来上がっているように見える。


「……災難なんてもんじゃない。あわや人死にが出るところだった」

「それはそれは。人選を間違ったか?」


 それはどうだろう。この村で魔法を習得しているのはエルモと村長、そして俺くらいだ。村長は多忙のため除外でエルモが不適任となれば残るは俺だが、その俺だってまともに教えられる自信がない。

 なにしろ、最初に魔法を覚えた契機がメガロドンの丸呑みだ。参考になるかどうか。

 あるいは――


「……溺れさせながらの魔法訓練に、はたして効果はあるのかねぇ?」

「なんだそりゃあ?」


 話についていけない団長に苦笑しつつ、加入して二年になるエルフに思いを馳せる。


 ……わりあいしっかりしている印象のあったあの小娘が、今や荒くれ者どもを張っ倒すギャンブラーと化すなどと、一体誰が想像できたであろうか。

 給料日に借金を七割がた返済して、二週間後には金欠し、遠征で大物を仕留めてその特別報酬で食いつなぐ。余った金額は残りの借金返済へ――というわけではなく、どういう理屈か賭場に直行して一攫千金を狙うのだから始末に負えない。

 勝てば勝ったで蓄財するわけでもなく、前から気になってたの、などとのたまって健康グッズやダイエット用品をいいように買わされるカモネギっぷり。そのうちねずみ講に引っかかるのではあるまいか。


 一見絵に描いたような駄目人間街道を邁進している彼女だが、あれはあれでそれなりの信望を得ているというのだから世の中は不思議なものだ。

 風魔法に長けた魔法戦力として――ではなく、その人柄で、である。


 ……いや俺だって信じられんが本当なのよ。後輩から姐さん呼ばわりされて慕われてる所を見たときは目を疑ったわ。


 彼女が真価を発揮するのは遠方の敵を狙い撃つとき――ではなく、喧騒渦巻く賭場だった。

 その鋭敏な感覚を用いて座頭市のごとくいかさまを見破り、詐欺師相手に竜巻纏った拳で鎧袖一触。彼女が見破れなかったいかさまは存在しないと言われるほど。……丁半博打でボロ負けする癖に、そういうところだけは目端が利くのはいかがなものか。

 おかげで博徒どもからは元締めみたいな扱いを受けていて、それはつまり、飲む打つ買うが大好きな傭兵からもリスペクトされているという意味である。


 ……今日のあのラリったハートマン軍曹みたいな講義内容でも反発を食らわなかったのは、講師が彼女だったからという理由が大きいだろう。


「なぁ団長。エルモを団長直属にできないか?」

「やだよ扱いづれえ。勇者豪傑は大好きだがよ、酔っぱらった女傑なんて手に負えねえ」


 ですよねー。


 思った通りの返答に肩を落とし、使い古した食卓に突っ伏した。……酒場の端にある古い長机だ。鍛冶屋と初めて出会ったあの夜から、どういうわけか俺の定位置みたいになっていた。最近は景気も良く、酒場の食卓は大半が新調されている中、これだけが古いまま残っている。

 随分と記憶に馴染んでしまった。今では木の節目から小さな傷までありありと思い起こせるほど。


 ――――あれから、八年経った。くぐった死地を思い出として懐かしめる程度には、物語は過去のものになった。

 あの約束。戦鎚の山賊長。スタンピード。暗躍した魔族。そしてあの竜騎士。

 大人からすれば大したことはないが、子供からすれば長い年月だ。右も左もわからない幼子が、未熟ながら大人になろうとするには十分な年月。


 ……その人生の半分を、あの娘は憎悪に焦がれて生きてきたのだろうか。


「――――なぁ、コーラル」

「ん?」

「八年前の因縁が、纏わりついてきたんだって?」

「――――――」


 頭の中を見透かしたような言葉に思わず振り返ると、隣に座った団長は片手のジョッキを呷りつつ、もう片手で皿に積んだつまみをいじっていた。

 その横顔に、酔いは見えない。


「役場にな、変な男が来るようになったんだってよ。……誰に話しかけるでもなく、団員の予定表をじっと眺めて、お前の名前を見つけたら帰っていくんだと。

 ドワーフの爺さんからも聞いたぜ。女子供相手はやりづらいんだって? ……それだけ聞きゃ俺にも見当つく」

「お喋りな爺さんだ。いや、口止めした覚えもないんだが」


 茶化してみたが、笑いは取れなかった。

 くすりともせず、団長はジョッキを呷り、


「――――コーラル。お前、死ぬ気なのか?」


 そんな台詞を口にした。


「…………。藪から棒にどうしたんだ? 俺が死ぬようなタマに見えるとでも?」

「それを続けてたら遠くない内に死ぬだろうが。もう何カ月続いてる? あの竜騎士の娘に、挑まれて、いなして、追い返してを何回繰り返した?

 ――――あの魔導の申し子に、アーデルハイト・ロイターに、いつまで粘れるつもりでいるんだ?」

「魔導の申し子?」

「知らなかったのか? ――地水火風光闇の六属性を操る麒麟児。人間でこれだけの多彩な使い手は王都の宮廷魔術師筆頭くらいだ。竜騎士を継がなけりゃ、半島一の魔法使いとして大成する才能なんだとさ」


 ……それは知らなかった。相対するとき、彼女はどういうわけか魔法の行使を身体強化に絞っているようだったので、てっきり属性魔法は得手でないのかとも思っていたのだが。

 どうして彼女が自らの手札を出し惜しんでいるのか、疑問は尽きない。だが今は、団長の問いに答えるのが先決だろう。


「……そうそう見くびるなよ。たかだか魔法が得意な小娘相手だ。俺がやられるはずがないだろう?」

「そう言って、ずるずるといつまでも引き延ばすのかよ」

「かもな。千日手を繰り返して、根負けしたあの娘が諦めるのが先か、手元が狂ってあの娘を打ち殺すのが先か――」

「あるいは、お前が不覚を取って死ぬのが先かってか? それともあれか。これをあと何年も続けて、あの娘が大人になったら殺してやろうとか、そんな悪趣味な考えじゃねえだろうな?」

「なかなかいい考えだ。検討しておこう」

「ふざけるなよ」


 団長が苛立った様子で言った。


「お前は子供を殺さねえ。死なせねえ。今までの付き合いでよくわかった。だがそれは、子供が歳を食ったら殺してもいい、なんて考えでもねえ。

 お前にとって、一度相手を守るべき子供と捉えたら、その認識は大人になっても続いたままなんだ。……つまりお前は、竜騎士の子供を殺せないまま何年も相手をし続けて、しまいにゃ復讐者に追いつかれて殺されちまう。

 ――そらよ。やっぱりお前は死ぬ気なんじゃねえか」

「その時はその時だろう。たとえ俺が死んだとしても、その時は俺を殺せるほどの竜騎士があとに残る。戦力的には帳尻があっている。目的は達せられるわけだ」

「そんなお題目の話はしてねえんだよ! 俺は、そんな根暗な殺し合いで、うちの二枚看板が亡くなっちまうのが嫌だって言ってるんだ!」


 団長が声を荒げて机を叩いた。この酒場で大声は珍しくない。いくつかの好奇の視線が向けられるが、すぐに喧騒に紛れて目立たなくなった。

 そんな周囲を気にした様子もなく、団長は意を決した表情で、


「なあ、コーラル。お前が殺せないっていうなら――――俺がやってやろうか?」

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